1. HOME
  2. LifeStyle
  3. 夫に「主夫」になってもらうのか、家政婦を雇うのか 女性特派員が至った決断

夫に「主夫」になってもらうのか、家政婦を雇うのか 女性特派員が至った決断

子連れで特派員@ベトナム 更新日: 公開日:
おとっつあんが作ったある日のポコの朝ご飯=鈴木暁子撮影

わが家のポコは、毎日朝6時59分に起きる。7時45分にはバスで学校に行かなければならないのにのんびりだ。私もたいていポコと一緒に起きる。毎朝早起きし、ポコのため、ある時はお餅を網で焼き、ある時はほかほかのご飯とおみそ汁を用意するのはおとっつあんだ。「ちゃんと食べなさい、学校に遅れるでしょ!」と怒るのもおとっつあんだ。

おとっつあんは私が仕事に出ている間、主夫として家事をしてくれている。住まいのサービスアパートは、お掃除やゴミ出しは係の人がやってくれるというありがたい環境にあり、スーパー主夫とまではいえないが、「スーパーシェフ」とは呼びたい。

日本から家族が来た時に、おとっつあんが作ってくれたごちそう。手前の大根と鶏肉のショウガ煮が私の大好物です=鈴木暁子撮影

「ああ冷やし中華が食べたい!」。先日、アニメ「クレヨンしんちゃん」を見ていたポコが、食事の場面を見て騒いだ。「じゃあおうちで作ってあげるよ、明日の晩ご飯ね」とおとっつあんは約束し、翌日の食卓にはおいしい冷やし中華と唐揚げが並んだ。ベトナムで手に入る食材を使い、「肉じゃが」「小松菜と油揚げのおひたし」「大根と鶏肉のショウガ煮」などの料理でポコと私の胃袋をつかんでいる。おとっつあんがいない日、さあ久しぶりに料理でもするかーという私にポコは、「おかあさん、下にラーメンを食べに行こうよ」。もはやだれも私に料理を期待していない。

11月初旬、タイ、マレーシア、フィリピン、カンボジアをめぐる13日連続出張という長丁場があった。私がハノイに帰ると、不服そうなポコは、「どうしてこんなに長く顔を見られないのよー」と、以前同僚につれて行ってもらったスナックのママのような口調で出迎えてくれた。重たいリュックから、ポコが好きなマレーシアのアニメ「ウーピン・イーピン」の絵がついたお土産を出して渡すと、取引成立とばかり、にっかりと笑った。出張中もおとっつあんがポコをお風呂に入れ、寝かせ、送り迎えしてくれた。

「チオイ(お姉さん)、ありがたく思わないとダメよー」。ベトナム語を教わっている女性の先生にはよくこう言われる。国際労働機関(ILO)などのデータによると、ベトナムで就業する15歳以上の女性の割合は73%(2019)で、世界的にも働く女性が多い国だ。実際は主婦業もほとんど女性がやっているので、女性の負担がものすごく大きい。

食事を夫が作ってくれるなんて、多くの家庭では夢のまた夢なのだという。

学校のグラウンドでポコのサッカーの練習に付き合う=鈴木暁子撮影

仕事で国内外を飛び回る様子を見て、「大変ねえ、すごいねえ」と言われると、私自身、「違うんです!」と否定したくなるような、引け目を感じてきた。夫が家にいてくれるため、私は東京で共働きだった頃のように、ポコの送り迎えをどうするか、子育てと仕事をどうやりくりするかを悩むことなく仕事ができているからだ。

朝日新聞の社内を見渡しても、女性の特派員はまだまだ少ない。34の海外取材拠点のうち、私も含め5人しかいない。夫を伴って赴任する私は社内で珍しがられる。一方、男性特派員が妻をともなって赴任する例はこれまでもたーくさんあった。こういう男女の環境の違いを、入社以来「ふーん」と思ってきた。(出産で仕事を休まなくてもお子さんが生まれていいわね)(奥さんに家事を押しつけて好きなように働けていいわね)という心のざわめきがあったのだ。家事をこなしている男性もいるかもしれず、個々の家庭の事情など知らない私の先入観がだいぶ含まれている。でもまあ、不公平感を感じる面はあった。

ところが、ハノイに赴任し、おとっつあんが主夫になったことで、私は自分が「ふーん、いいわねー」と思ってきた立場になってしまった。これが後ろめたさのもとになっている。ベトナムでは月に数百ドルほどでお手伝いさんを雇うこともできる。外部の人の力を借りれば、夫に主夫を「強いる」ことなく記者の仕事ができるはずだ。それを証明して、夫が主夫ではなくても、女性が特派員になれるという具体例をつくらなければ!と焦った。

でも、主夫(主婦)を選ぶ人もいる。

「お手伝いさんをお願いする手もあるけど?」。何度か尋ねても、「家にいないとポコが泣くから」と話し、おとっつあんは主夫としての生活を選んだ。ジョン・レノンだって主夫をしていた時期があった。男性でも女性でもそういう選択をしたっていいんだ。

台所で丁寧にお肉を調理する=鈴木暁子撮影

海外で暮らしてつくづく思うのは、女性のネットワークの情報力はすごいということ。ポコのお友だちのお母さんと話していると、「学校の放課後活動の登録はいつが締め切り」「評判がいい少年サッカーチームはここだ」「あのレストランは経営者が別れて二つの店に分かれたが新しくできた店の方がおいしい」などと、有益な情報ばかり教えてもらえる。でもなかなか頻繁に会えない。我が家のシャイなおとっつあんに、1人でそのお母さんネットワークに飛び込ませるのも酷だ。

だから、というわけではないが、わが家ではうっかりミスがしょっちゅうある。ポコの学校では、家庭の手作りのおやつを一袋1万ドン(約47円)で販売するイベントがある。子どもたちは2万ドンのお小遣いで、好きなものを買えるお楽しみの日なのだが、先日はポコにお金を渡すのを忘れてしまった。放課後活動の登録をしそこなったことも何度かある。かわいそうなポコ。でも、怒りも泣きもしない。ぼんやりした親との日常には、すでに慣れっこみたいだ。

珍しがられることもあったけど、この仕事をするのが男性か、女性かということは、騒ぐほどのことじゃない。無理をしていないかな、と気にし合って、それぞれの働きに「ありがとう」ということができれば、「一般的」な形と違ったとしても、家族はなんとか回っていくのではないか。というのが、この3年の結論だ。