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マレーシアを掘る異色の古生物学者 執念で見つけた恐竜の化石 

アジアで働く
作業室に立つ曽根正敏さん。この部屋で恐竜の歯の化石を見つけた=守真弓撮影

ひたすら掘る

「マレーシアにも恐竜がいた!」「初の恐竜の化石を発見」

2014年2月、こんなニュースがマレーシアのメディアの見出しを飾った。それまで東南アジアでは、タイやラオスで恐竜の骨はみつかっていたが、マレーシアではほとんど研究されていなかった。発見したグループの中心にいたのは、マラヤ大学の准教授の曽根正敏さん(51)。自動車整備士を経験してから、世界を放浪した後にオーストラリアの大学に入学し、30歳を目前に研究の道に入ったという、異色の学者だ。

10月4日、マレー半島のジョホール州の気温は日中30度を超えていた。強烈な日差しの下、小高い丘の岩肌にはりつくようにして、学生たちが小石のような塊を掘り出してはトンカチで割る作業を繰り返していた。「本当に辛抱づよくないとできない作業。だから、マレーシアであまり人気はないんです」と曽根さんは笑う。

発掘作業は炎天下で行われることも多い。過酷な作業だ=守真弓撮影

この日は学生とともに午前9時半にマラヤ大学を出発し、日が陰るまで3カ所の化石が出る可能性の高い場所で掘削を続けた。午後6時半、学生の顔にも疲れが目立った頃に、最初の化石がやっと見つかった。

ウミユリという貝の化石。珍しいものではないが、発見した3年生のフィルダウスさん(21)の顔は明るくなった。「地味な作業だけど、自分で発見できると楽しくなっていく。生徒にもその面白さを知って欲しい」と曽根さんは言う。

この日、生徒が見つけたウミユリの化石=守真弓撮影

自動車整備士から准教授に

曽根さんは新潟県長岡市で、自動車整備工場を営む両親のもとで生まれ育った。東京の専門学校でエンジニアリングを学び、卒業後は新潟に戻ってトヨタに就職した。数多くの資格も取得し、いずれは独立するつもりだった。

だが、ある日、病気を患って入院することになり、仕事を続けることが難しくなった。それまで描いていた未来像が崩れるのを感じ、「広い世界を見てみたい」とふと思った。

インドやパキスタンなど、様々な土地をバックパッカーとして回ったが、じきに「もう一度勉強したい」と思うようになった。オーストラリアの大学が、多様な学生に門戸を開いていると聞き、応募。メルボルンのディーキン大学に入学を認められた。27歳だった。

研究室で学生と語り合う曽根正敏さん=守真弓撮影

入学当初は10代の同級生たちについていくのに必死だった。だが、さまざまな経験を経て入学した自分は、勉強へのやる気が違う。教授が何を伝えようとしているのか、次第に授業の意図がわかるようになり、面白くなった。

当初は「国立公園や自然の中で働きたい」という思いで環境科学を専攻したが、次第に地質学により引かれるようになった。「地球の46億年の歴史の中でわかっていることはごくわずか。それを発見していくことのできる学問にロマンを感じた」

ディーキン大学を卒業後した曽根さんは、研究員としてマレーシア国民大学に短期のポストを得た。ちょうどその頃、マレーシアのランカウイ島は、貴重な地質遺産を国際的に認定する「ユネスコ世界ジオパーク」への認定を目指しており、地質学者を必要としていた。手当は月1000リンギ(約2万5千円)。家賃と食費で消えるささやかな額だったが、ひたすら土を掘って化石を探す、研究生活には事足りた。オーストラリアに戻ってニューイングランド大学で博士号をとった後で、東南アジアの地域地質・古生物学の専門家としてマレーシアに舞い戻り、サラワク州のカーティン大学マレーシア校の講師などを経て、2010年、マラヤ大学に准教授として迎えられた。

顕微鏡で地層を分析する=守真弓撮影

恐竜化石発見への執念

「絶対にマレーシアにも恐竜はいたはずだ」

東南アジアの地層の研究を続ける中、曽根さんはこう確信するようになった。マレーシアの隣国のタイでは、「コラート層群」と呼ばれる高原地帯の地層から、すでに多くの恐竜の骨がみつかっていた。マレーシア半島にもこの地層ととても似た構造の「テンベリン層群」が山間部に分布していたからだ。

マラヤ大学に着任した曽根さんは、すぐに恐竜の痕跡を探すためのプロジェクトを提案したが、却下された。マレーシアは建国からまだ60年余りという比較的新しい国でもあり、古生物学への関心はあまり高くなかった。イスラム教徒の中には進化論に抵抗を感じる人がいることもハードルだった。マレーシア国内の地質学者や大学の同僚にも参加を呼びかけたが、応じる人はいなかった。

曽根さんはあきらめきれなかったが、自身の専門は古生物の中でも無脊椎動物や貝化石で、恐竜を発見したことはなく、協力者が必要だった。2011年にタイで開かれた学会で出会った古生物学者に「一緒に恐竜を探しませんか」と声をかけ続けた。その中で応じてくれた一人が、早稲田大学教授(古生物学)の平山廉さんだった。

「マレーシア初という言葉に引かれた。地層はいっぱいあるから見つかるかな、と思った」と平山さんは言う。

発掘のおもしろさを学生に伝えるのも教師としてのやりがいの一つだ=守真弓撮影

翌年9月、平山さんらと一緒に、手弁当でめぼしい地域を回るフィールドワークを実施した。初日は不発だったが、2日目、道路を切り開いた際に露出した地層が崖のようになっていた地点があった。そこで車を止めて地層を調べていると、グループの一員だったマレーシア人の女学生が一センチほどの真っ黒な塊をみつけた。サメの歯化石だった。すぐにその地点を掘っていくと、サメやワニ、亀の化石が見つかった。いずれも中生代後期白亜紀のものだった。

ワニや亀の化石が見つかった地層には恐竜の化石もある可能性が高い。曽根さんは、その地層の岩石サンプルを大量に研究室に持ち帰った。それから1年近く、研究室でひたすら砕いた岩を調べていった。台湾人の妻に手伝ってもらい、夜中まで作業することもしばしばだった。そして2013年8月の午前1時、ある岩の中から出てきた塊に思わず息が止まった。大型恐竜スピノサウルスの歯だった。

「必ずあるだろうと期待していたけど、実際に発見したらどうするかまで考えていなかった。ちょっと凍りました」

それから半年間、平山さんや、日本にいる恐竜の専門家とやりとりを重ねて、鑑定に間違いないと確信を得た上で、「マレーシアで初めて恐竜が見つかった」と発表することに踏み切った。

「マレーシア初、というのは名誉。それに僕も加われたことが嬉しい」と平山さんは言う。

恐竜の歯の化石の発見時、地元紙に掲載された記事

反発

曽根さんは、2014年11月には、草食恐竜の歯も発見したと発表。いずれもマレーシアのメディアだけではなく、外国メディアでも大きく報じられた。だが、研究チームのメンバーはほとんど日本人で、同国で多数派のマレー系のメンバーがいなかったこともあり、現地では反発も招いた。マレーシア地質調査所は曽根さんが2度目の発表をした直後、別の記者会見を開き、彼らも新たな恐竜の化石を見つけたと発表した。

「外国人研究者としての難しさも感じています。できれば地元の研究者や機関と協力体制を築けるといいのですが」

曽根さんは今も論文執筆とともに、発掘作業を続ける。マレーシアではほとんど研究されてきていない分野だけに、新たな発見への期待は高まる。

「マレーシアは新しい国だが、この土地には恐竜や巨大なワニが川に泳いでいるような古い世界がかつてあった。そういうことをもっと発見し、伝えていけたら」