人類発祥の地とされるアフリカ以外では最古の石器が中国西部で見つかったとの論文が、2018年7月に発表された。人類の系譜の中ではかなり古い「ヒト族(hominin)」によってつくられたもので、その時期は210万年前にまでさかのぼることができるとされている。
この発見は、ヒト族の進化の歴史に新たな一章を加えることになるかもしれない。アフリカを出たのがこれまで考えられていたよりはるかに早く、8千マイル(1万2800キロ)も離れたところにたどり着いていたことになるからだ。
今回、中国で見つかった石器の作成時期からすると、これをつくったヒト族は背の低い、二足歩行の類人猿で、脳はチンパンジーほどの大きさだったようだ。
ドイツのマックス・プランク人類史学研究所の古人類学者マイケル・ペトラグリア(この論文には関与していない)は、今回の発見について極めて示唆に富むものと評価し、「ユーラシア大陸の人類史を見直す必要がある」と見ている。
人類の祖先は、チンパンジーなどとは700万年以上前に分岐したと考えられている。その中で、アジアにもかなり長い人類史があることは、これまでも知られていた。
オランダの人類学者ウジェーヌ・デュボワは1891年、インドネシアで人間のような頭蓋骨(ずがいこつ)を見つけた。やがて、約50万年前の骨だと分かり、「ホモ・エレクトゥス(Homo erectus)」と名付けられた。その後、アジア各地で同じような骨が見つかり、160万年前と見られるものも出てきた。
アジアで出土したホモ・エレクトゥスの化石からは、背丈が今の人類ほどもあり、かなり大きな脳を持っていたことが判明している。チンパンジーだと、脳の大きさは今の人類の約3分の1しかないが、ホモ・エレクトゥスは約3分の2もあったと見られている。
アフリカで発見されたヒト族そのものの化石はさらに古く、最古だと600万年以上も前になる。
最も初期のヒト族は、二足歩行はしたが、脳の大きさはチンパンジーほどしかなかった。その後、進化し、190万年前までにはホモ・エレクトゥスもしくはその近縁の人類がアフリカを東に進んで、この大陸を出た最初の人類になった――というのが定説だった。
ところが、1990年代にアジアで見つかった古いヒト族の骨が、この説に疑問を投げかけるようになった。
その一つ、ジョージア(グルジア)のドマニシ遺跡。ここで出土した骨は175万年前のもので、見つかった石器の作成時期はさらに古く、182万年前にまでさかのぼった。
ただし、ドマニシ原人は、ホモ・エレクトゥスとはあまり似ていなかった。背は低く、脳も小さかった。
中国でも、初期のヒト族が生息していたことが確認された。陝西省西安市藍田(らんでん)県で1964年に、ホモ・エレクトゥスの頭蓋骨の化石が発掘された。当初は、115万年前のものと推定された。
しかし、広州市の中国社会科学院の地質学者、朱照宇は2001年、同僚たちとともに遺跡の洗い直しを始めた。すると、藍田原人の頭蓋骨は、実際は163万年も前のものであるとの結論に達した。
周辺地域も調べてみた。今度は、地表から200フィート(60メートル強)の地層で、古代の石器のようなものが見つかった。
さらに、詳細に調査をすることにした。急な斜面をはい回るようにして、石器など古代の人造物を探した。
「上り下りしながらの作業は、大きな危険も伴った」。2010年にこの調査に加わった英エクセター大学の古人類学者ロビン・デンネルは、こう振り返る。
しかし、結果は十分に報われるものとなった。17の地層から、100を超える石器が見つかったのだった。
といっても、作業は時間をかけて慎重に進められた。間違いなくヒト族がつくった石器であることを実証し、作成時期についても揺らぐことのないように確定させるためだった。
「水ももらさず、爆弾にも耐える。それほど堅い結論を導き出そうとした」とデンネルは語る。
今回の論文では、石器が人工的につくられたことを実証している。自然の石が壊れて、そういう形になったことはあり得なかった。周辺の岩石は草地土壌から産出されたもので、石器に用いられたものとは大きさも形状も異なっていた。
このため、藍田原人は遠く離れた山間の渓流まで出かけ、石器に適した石を探したと調査チームは見ている。食料採集の際に持ち歩き、仕留めた獲物の肉を切り離すのに縁を鋭くした石器を使ったようだ。
石器の作成時期の特定には、埋もれていた地層の磁気を測定した。地球の磁場はときおり南北が逆転し、地層にある鉱物にはこれが記録されている。その性質を利用して年代を測定した。
今回、確認された最も古いいくつかの化石は、地磁気が2回反転する間に形成された鉱石にはさまれた形で見つかった。一つは214万年前、もう一つは185万年前を示していた。デンネルらは、この二つの年代の間でも、古い方に近い212万年前の地層に石器があったと見ている。つまり、アフリカ以外で見つかった石器としては、最も古いものになる。
それは、アフリカを最初に出たヒト族が、定説のようにホモ・エレクトゥスだったとは考えにくいことを示唆している。デンネルは、ホモ・エレクトゥスより前のヒト族が先行していたと推測している。
この移動の引き金になったのは何か。それは、鋭利な石器をつくる技法を手に入れたこと自体だったのかもしれない。
「突然、獲物から肉を切り離すことができる霊長類が現れ、新しい世界の扉が開かれた」とデンネルは想像する。「単純なテクノロジーだけれど、アフリカから出てアジアに広がるのに十分な活力を生んだ」
今回の論文についての批判もある。米ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校の古人類学者ジョン・J・シェイは、そもそも人工的につくられた石器なのか、まだ確信できずにいる。自然の岩石が壊れてできたのか、石器なのか。統計的な支えも欲しいと話す。 さらに、こうした道具だけを論拠に、200万年以前からヒト族がアジアに存在したと主張することには極めて慎重だ。「ヒト族そのものの化石が出ていないのに、ヒト族がいたと断言することはできない」と指摘する。
それでも、デンネルは今後に期待する。藍田では、すでに163万年前の頭蓋骨が発掘されている。それよりもはるかに古い化石が、石器とともに見つかるのを待っているのかもしれない。
「確かに、時間はかかるだろう。でも、探すだけの価値は十分にある」(抄訳)
(Carl Zimmer) ©2018 The New York Times
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