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人類の系図に新たな枝が フィリピンで見つかった「ルソン原人」とは

ニューヨークタイムズ 世界の話題
フィリピン・ルソン島のカラオ洞窟における考古学プロジェクトでの発掘作業。人類の家系図をさらに拡大する化石が見つかった=Callao Cave Archaeology Project via The New York Times/©2019 The New York Times。考古学者たちは「ホモ・ルゾネンシス(ルソン原人)」と命名した

フィリピンの洞窟で、科学者たちは人類の系図を構成する新たな支流を発見した。

今日では絶滅してしまった人類の一種が、すくなくとも5万年前、フィリピンのルソン島に住んでいたと科学者たちが4月10日に発表した。彼らの背丈は3フィート(1メートル弱)以下だった可能性があり、「ホモ・ルゾネンシス(ルソン原人)」と名付けられた。

この発見で、人類の進化の歴史にさらなる複雑さが加えられた。それは、かつて考えられていたように単純に前進してきたわけではない。私たち人類の系統は、その進化の過程で、不思議な形態の、豊かな支流が生じることを前提としてきた。

カラオ洞窟で発見されたホモ・ルゾネンシスの上の歯。左側の二つは小臼歯で、右側の三つは大臼歯=Callao Cave Archaeology Project via The New York Times/©2019 The New York Times

私たちの種であるホモ・サピエンスは、現在は比較的孤独な世界に生息している。

「地中から化石を掘りだせば掘りだすほど、今日、私たちが自身に見る多様性をはるかに超えたそれが過去には存在していたことがよく分かってくる」。そうマシュー・トシェリは言う。カナダのレイクヘッド大学の古人類学者だが、今回の発見には関わっていない。

2000年代の初期に、当時、フィリピン大学(UP)の大学院生だったアルマンド・サルバドール・ミハレスはフィリピン最初の農民の痕跡を追ってルソン島のカラオ洞窟で発掘調査をしていた。そしてすぐに、もう少し深く掘り進めてみることにしたのだった。

インドネシアのフローレス島で、研究者たちは約6万年前の人類のような驚くべき種の骨を見つけ、「ホモ・フローレシエンシス」と命名した。

ホモ・フローレシエンシスの特徴のいくつかは私たちと似ているが、その他の点では別のホミニン(hominin=ヒト族の総称)に近かった。科学者たちは、現代人や私たちの系統に属す他の種を指す言葉として「ホミニン」という用語を使う。

ホモ・フローレシエンシスは、たとえば、石器をつくることができた。しかし、成人でも身長はわずか3フィートで、脳も小さかった。この奇妙な組み合わせは、彼らの祖先が正確には誰だったのかについての論議を呼んだ。

600万年以上前にさかのぼるホミニン最古の化石は、すべてアフリカで発見されている。ホミニンは何百万年もの間、背が低く脳は小さい二足歩行の類人猿だった。

ざっと250万年前、アフリカ・ホミニンの系統の一つが新たな特徴を進化させ始めた。より平らな顔、より大きな脳、より高い背丈などである。こうしたホミニンが、これまでのところ、私たちホモ属(Homo)の最初として知られている。

アフリカの外でようやく出現したホモの最も古い化石は約180万年前のものだ。よくみられる種のひとつはホモ・エレクトスで、それは東アジアや東南アジアに広がっていた。インドネシアで発見された最も直近のホモ・エレクトスの化石は、14万3千年前のものとみられている。

私たちの系統はアフリカで進化を続けた。ホモ・サピエンスは約30万年前に出現し、10万年前になってようやくアフリカ大陸の外へと出発しはじめる。5万年前までには、オーストラリアに到達した(それは6万5千年前にさかのぼれるとみる研究者もいる)。

ホモ・フローレシエンシスはホモ・エレクトスから進化したとする一つの仮説がある。では、フィリピン考古学者たちの疑問は――。ホミニンはフローレス島と同じようにルソン島にも到達したのか、である。

「私はこの問いに導かれて現場に戻り、もっと深く掘ることにしたのだ」。現在、UPの教授になっているミハレスは、インタビューにそう答えた。

2007年、彼はカラオ洞窟に戻った。彼の研究チームは洞窟の地床を掘り進めていき、骨の層にぶつかった。ミハレスは当初、そうした骨のほとんどがシカなど哺乳動物の化石だったことにがっかりした。

だが、UPの考古学者フィリップ・パイパーが発掘物をえり分けていた時、その一つがヒトの足の骨に似ていることに気づいた。それは小さかった、とミハレスは言う。「そして、何か不可思議な感じがした」とも言う。だが、一つの骨だけでは、多くのことは分からなかった。

2011年にも発掘調査をした時、ミハレスらはさらに、複数の歯と大腿(だいたい)骨や手の骨の一部など人類に似た化石を見つけた。そして2015年、彼らは少なくとも5万年前にさかのぼれる二つの大臼歯を発見した。

そうした化石は、三つの個体のモノであることが分かった。それは注目に値した。

歯は独特の形をしていた。たとえば、私たちの歯根は通常それぞれ一つしかないが、その前歯には三つの根があった。それに、歯はどれも小さかった。

「それらの成人の歯(複数)は、これまでに知られているどのホミニンよりも小さい」。オーストラリア国立大学の古人類学者デビー・アーギューは言う。やはり今回の研究には関係していないが、こうも問いかける。「それらの歯はホモ・フローレシエンシスよりも、さらに小さい成人のものだろうか?」

ホモ・ルゾネンシスの身長を推定するのに十分な骨はまだ見つかっていない。しかし、それらの形質は独自の組み合わせになっている。たとえば、1本のつま先の骨は、300万年以上前にアフリカに住んでいた初期のホミニンのモノとほぼ同じように見える。

ホモ・ルゾネンシスのつま先の骨=Callao Cave Archaeology Project via The New York Times/©2019 The New York Times。こうした骨のサイズから、成人でも背丈が1メートル弱以下しかなかったことがうかがえる

「そうした組み合わせを、これまでに見たことがまったくない」とマリア・マルティノン=トーレスは言っている。スペインの国立人類進化研究センターの所長で、この新研究には関係していない。

こうしたことを総合し、ミハレスらは(発見した化石が)ホモの新種であることを示していると結論づけたのだった。

だが、わずかな骨からそうした結論を導き出すのは危険であるとハウ・グルーカットは指摘する。独マックス・プランク化学生態学研究所の古人類学者だ。

それでも、「今回のケースは、新種との主張にかなりの説得力があるように思える」と彼は言っている。

ホモ・エレクトスは、フローレス島とルソン島の両方の小さなホミニンの祖先だったのかもしれない。恐らく、嵐で木々にしがみつき、島々に押し流されてきたのではないか。ホモ・ルゾネンシスは何十万年も前にルソン島にやって来たホミニンの子孫だった可能性もある。

他の発掘チームが昨年、ルソン島の別の洞窟で、殺されたサイの骨を見つけた。そのそばで、70万年前にさかのぼれる石器も発見した。

少なくとも、この二つの研究はルソン島に70万年前と5万年前にホミニンが存在したことを示している。そこで、彼らが同じ個体群に属していたのかどうかという疑問が出てくる。

「私は、同じ系統の可能性があると思う」。昨年の研究の共同論文執筆者である豪ウーロンゴン大学の考古学者ガート・ファンデンバーグは言っている。彼は、ホモ・エレクトスが何十万年もの間に、ルソン島での暮らしに適応するために縮んだのではないかと推測する。

しかし、(カナダ・レイクヘッド大学の)トシェリは、その解釈には同意しなかった。

「私は、島での暮らしに適応するために縮んだホモ・エレクトスという見方をまったく支持しない」と彼は言うのだ。そのかわり、小さな島のホミニンには小さな祖先がいたという見解を提示した。たぶん、アフリカの小さなホミニンがアジアに広がり、より大きなホミニンがいる場所から退避してフローレス島やルソン島に住みついたのではないかとみている。

「でも、それは新たな疑問を生む」とトシェリは言い添えた。「もし私たちがこうしたものをアジアで見つけているなら、アフリカまで逆戻りできる記録が大陸各地にあるはずである」

そうした可能性をはっきりさせるには、ホモ・ルゾネンシスの化石をもっと見つける必要がある。おそらく、東南アジア沖合の多くの島々の化石も求められるだろう。

「私は、人類の進化におけるいくつかの試みが、こうした島々で並行して展開されていたことを知るすばらしい機会になると思う」。そうファンデンバーグは話している。(抄訳)

(Carl Zimmer)©2019 The New York Times

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