夏休みはあまりポコと遊べなかった。学校が始まる前に、思い出に残る旅をしたいな。そう思いたち、8月半ば、ポコを連れてカンボジアに虫を食べにいくことにした。
カンボジアのすべての人が虫を食べるわけではない。でも首都プノンペンや、アンコールワットのあるシエムレアプでは、「写真撮影は1ドルもらいます」という紙を掲げた食用の虫の売り子さんをあちこちで見かける。
私がカンボジアで初めて虫を食べたのは2年ほど前、カンボジア人の助手さんと移動中にスクンという町に立ち寄った時のことだ。有名な虫の市場があり、さまざまな種類の虫が売られている。量り売りもあれば、一匹ずつ売る虫もある。
私は大きなバッタを一つ買って食べてみた。ザクッ。おっ。日本の居酒屋さんにある「ゴボウ揚げ」みたいな風味でおいしい。別の虫も試してみよう。次に手を伸ばしたのは、山盛りになったタランチュラ。猛毒を持つとされるクモだ。助手の奥さんは「スナック感覚」でよく食べていると聞いて、大きめのものを一つがぶりといってみた。おや、ちょっと半生の食感……。残念ながらこの時は、あまり気に入ったとはいえなかった。助手さんは「次はフレッシュなのを食べよう」。いずれにしても、虫は食糧難の救世主とも言われる。取材したいと考えていた。
今回はカンボジアで旅行会社を営む吉川舞さんの、「コンポントム州でコオロギを食べる」ツアーへの参加だ。私たち家族は西部シエムレアプから約3時間バスに乗り、コンポントムまで移動した。ポコに「何をしにいくかわかる?」と聞いたら、「虫を食べに行くんでしょ」。ふふ、特にいやがってもいないみたい。いい感じだ。おとっつあんも淡々としている。
ツアーには私たちの他に5人の日本人の参加者がいた。うちお二人ははるばる日本と香港からの参加だ。この日は農地で虫を捕る「虫ハンター」の仕事ぶりを見せてもらう。ハンターはソクメンさん(14)と、いとこのミニアさん(11)。なんと、どちらも若いお嬢さんだ。学校のない時間に家業を手伝っているという。
農地まで20分ほど、雨の後でぬかるんだ道をみんなで歩く。カシューナッツの木が育つさらさらした砂地の農地に入ると、ソクメンさんが手に持ったクワで地面を指して言った。「これアピンの巣ですよ」。アピン?よく見ると、砂地にきれいな穴があいている。ソクメンさんはクワで穴をこわし、15センチほど掘っていく。すると奥の方に黒いものが1匹見えた。タランチュラだ。
「土の中に住んでいるとは思わなかったね」と、ポコとじっと見入る。クワでつんつんすると、タランチュラはすごい速さで穴をはい上がり、ささーっとポコの立っている場所に向かって行った。きゃあああと逃げるポコ。ハンターのソクメンさんはタランチュラを器用に押さえつけて取り上げると、毒が出る危険な牙をクワの先端に引っかけてパキッと折った。この処理をすれば、触っても問題ないのだそうだ。1匹600~1200リエル(100リエルは約2.5円)で仲買人に売れるという。
ネットで調べると、タランチュラには、人が命を落とすほどの毒はないともいう。おそるおそる手の上に乗せてみた。タランチュラはじっとしている。ポコは怖がって触ろうとしない。真っ黒なクモだと思っていたが、捕らえられた3匹はそれぞれ色みが違い、特に、青みがかったタランチュラの美しさに一同魅せられた。
宿泊は、カンボジアの世界遺産「サンボープレイクック」周辺の村で、現地のご家族が営むホームステイにお世話になった。庭でできたレモングラスを木の器に入れて棒でたたき、ウコンや木の葉っぱも取って使う。自然のものをそのまま調理するうらやましいライフスタイル。へびのスープも特別にごちそうになった。朝食にはカンボジアの納豆とひき肉を合わせたものがおかゆとともに出された。もろみのような、おしょうゆ風の味がする。カンボジア料理は日本ではあまりなじみがないが、滋味深くて本当においしい。
テーブルには、市場で買ってきてくれたという「コオロギ揚げ」が置かれていた。つくだ煮ほど煮詰めてはいないが、ちょっと甘口の味がついている。ポコは嫌がるかと思いきや、手づかみでばりばり食べている。翌日には、このコオロギでかき揚げを作ることになり、小麦粉とタマネギ、さらに「コオロギパウダー」と合わせてかりっと揚げていただいた。うまい!このパウダーは、カンボジアを拠点に食用コオロギの生産と販売をするECOLOGGIEの代表、葦苅晟矢(あしかり・せいや)さんが手がけているものだ。参加していた葦苅さんは、鉄分やカルシウム、亜鉛、アルギニンなどを含むコオロギのすごい栄養価について話してくれた。アルギニンは日本のエナジードリンクにも入っているアミノ酸だ。滋養強壮にも効果が期待できるといい、摂取量などを考慮すれば、いろいろな使い道がありそうだ。
ホームステイ先で、ポコは吉川さんのお子さんや現地の子どもたちとどろんこになって遊んでいた。現地では大人から赤ちゃんまで使うハンモックが大好きになり、ぶんぶん揺らして喜んでいたのだが、ここでプチ事件発生。その夜、原稿を書かなくてはならなかった私が、「すぐ下に行くからね」と言ったまま約束を守らず、高床式のお宅の2階であわあわと仕事をしていると、うらめしそうな顔をしたポコが泣きながら姿を現した。1人でハンモックを揺らして後ろにガーンと落っこち、後頭部を打ったらしい。ごめんーと思いながら、そのまま寝たポコのたんこぶをペットボトルの水で冷やした。だが翌日にはケロリ。旅の感想を聞くと、「虫が好きになった!」とうれしい反応が返ってきた。一緒に遊ぶお友だちができたこともうれしかったという。吉川さんたちは11月に、私たちが訪ねた地域で親子で楽しむ「おやこ旅」を企画しているという。
おいしいものもたくさん発見した。中でもぴかいちだったのが、ホームステイ先のお母さんがレモンとバナナと砂糖を保存容器に入れて作った飲み物だ。「おなかの具合が悪いときの薬にもなる」という。少し味見をさせてもらうと、大人たちの目が輝いた。それはまさしく、懐かしき日本の「レモンサワー」の味だったからだ。カンボジアの田舎町に突然現れた焼酎抜きのレモンサワーに私たちはざわめき、吉川さんに通訳をお願いし、「レモンは何個ですか」「バナナはどういう種類を?」などとお母さんを問い詰め、レシピを教えていただいた。ハノイに帰るとすぐ、いそいそと、容器とレモンとバナナを買い求めた我が家のマスターシェフが、「おとっつあん流カンボジアのレモンサワー」を仕込んだことはいうまでもない。