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カンボジアの古代遺跡が教えてくれた全く新しい旅のかたち

アジアで働く
サンボー・プレイ・クックの古代遺跡と村の暮らしの中から、これからの生き方を考えるツアーに参加した20代の若者たちとともに

カンボジア中部コンポントム州にあるサンボー・プレイ・クック遺跡は「森の遺跡」と呼ばれる。木々の間に、まるで土から生えてきたようにひっそりと、れんが造りの寺院がたつ。6世紀末から8世紀にできた都市といわれ、アンコールワットなどで世界的に知られるアンコール遺跡群より500年ほど歴史が古い。2キロ四方の都があった跡を示す遺構があり、中国の書物には、かつて2万もの家があったと記されている。2017年、カンボジアで3つめのユネスコ世界遺産に登録された。

森の中にあるサンボー・プレイ・クック遺跡=鈴木暁子撮影

7世紀ごろには10万人がこの地域にいたといわれます。人々が行き交った時代から1400年の時をへて私たちはここにいるんです」。そういう吉川さんの顔は、とても嬉しそうだ。どうしてそんなに嬉しそうなんですか? そう聞くと「好きになっちゃったから」と、一層、嬉しそうに笑う。

吉川さんは2015年から、カンボジアで旅行業に就いていた夫の八木祐樹さん(32)と、このエリア専門の旅行会社「ナプラワークス」を運営している。扱うのは年間150人ほどの旅行者。人数は多くないが、遺跡近くの村でのホームステイや地元の人とふれあう合宿型プログラムなど、ほかにはない企画が売りだ。「カンボジアの人の日常の時間をお借りして、自分たちの当たり前と違うことを経験する。日常から飛び出して揺さぶられることこそ旅の面白さ」。吉川さんの信念だ。そしてここは、吉川さん自身も揺さぶられた場所だった。

英語ができる遺跡ガイドとともに、参加者に説明をする吉川舞さん=鈴木暁子撮影

札幌で育ち、「北海道で一番いい高校」を卒業して早稲田大に進んだ。勉強もバイトも何でも要領よくこなす優等生。「テングになっていたと思います」。子どものころから歴史と人の営みを感じるものが好きで、家族旅行で訪れたロンドンの大英博物館で、トーテムポールのようなオブジェを見て号泣したこともあった。学生時代は欧州に憧れた。ローマやドイツ南部、スイス、チェコなどを訪ね、将来は国連教育科学文化機関(UNESCO)で働きたいと思っていた。

大学2年生だった2004年の夏、「遺跡の保全と村づくりを学ぶ」と題した大学のスタディーツアーで初めて訪れたのが、サンボ―・プレイ・クック遺跡と周辺の村だった。早稲田大は1998年から、カンボジア政府とともにこの遺跡の調査研究・保全活動に関わってきた。

遺跡に足を踏み入れたとたん、「私はここに来るために生まれてきた」と思った。鳥や虫の声、葉っぱのざわめきを聞き、千年以上前から繰り返されてきた営みを思うと、不思議と安らかな気持ちになる自分がいた。

遺跡が建つあたりに見えた青い空=鈴木暁子撮影

近隣住民と過ごし、彼らの生きる力にさらに魅了された。村では食べ物も家も自分たちの手でつくる。「どれが食べられる草かわかる?」。ホームステイで過ごした村の人に聞かれて、吉川が草むらから選んだのは、地元の人が用を足した後でお尻を拭くのに使う草。「食事は作れる?」。もちろん、といいかけて口をつぐんだ。村に電気炊飯器はなかった。こんなやりとりを繰り返すうち、私って何もできないんだ、と思い知った。「村の人たちは、嵐が来ても倒れない強い木のように見えた」

帰国後、村人たちとの交流のための学生団体を立ち上げ、カンボジアに通いつめた。地元の高校生と一緒に地域を訪ねて歩き、早稲田大の遺跡調査にくっついて行っては、遺跡のあらましを現場で学んだ。

アンコール遺跡群の修復をする日本政府機関「アンコール遺跡救済チーム(JSA/JASA)」が広報活動を強化することを知り、大学卒業とともに2008年にカンボジアに渡り、現地広報に就いた。著名な専門家が研究のための世界各地から集まっている貴重な環境。一緒に囲む食事の席で彼らから遺跡や最先端の調査について学び、論文やヒンドゥー教、文明に関する本を読んだ。現地で暮らすうち「野生のクメール語」も身につけた。連携するNGOと協力しながら、広報としてカンボジアの子どもや一般観光客向けに遺跡現場のツアーを企画し、旅行会社に売り込む。年間1500人もの人が訪れる現場で、遺跡の説明をするカンボジア人の通訳をした。

だが、旅行会社のツアーに参加する客と同じ車に乗ると、こんな何げない会話が耳に入るようになった。「遺跡ばっかり見ていると、どれも同じに見えてきちゃう」「カンボジアのご飯ってあまりおいしくないね」「カンボジア人はいつもハンモックで昼寝している怠け者だ」

衝撃だった。自分をこれほど感動させるカンボジアの食や暮らしの素晴らしさに、大人数で動くツアーの旅行者は触れることができていなかった。おいしいクメール料理店はあっても、大人数では入れないから連れて行けない。返金を求められないよう、どんな天気でも、駆け足になっても、パンフレットに載せた有名な遺跡は全部見せる。不当に安いツアーの値下げ圧力などで、つらい思いをする現地業者もいると知った。「なんて息苦しい。不自由な旅の形なんだろう」と気がついた。

「この動物はなんだと思う?」と遺跡に彫られた彫刻を指さして=鈴木暁子撮影

遺跡修復のチームでは、自分は何者なのか、という問いにも苦しむようになった。勉強してきたものの、遺跡の専門家ではなく、「こちらは舞ちゃん。えーと、何て紹介すればいいかな?」と周囲の人が困ってしまう。フリーになり、外部の旅行会社に旅の企画を提案して働いた時期もあったが、やはり「日本式ツアー旅行」の壁にぶつかった。本当に心を打たれる瞬間を提供するには、自分で旅行業のライセンスを取得するしかないと決断。手続き方法が途中で急に変わるなど手間取ったが、1年かけてやっと旅行業のライセンスを取得した。

「村のご飯って芋虫なんじゃない?」。最初はこんな声さえ聞こえた大学生30人の団体が来たときは、地元で人手を必要としていた小学校の井戸掘りの手伝いをしてもらった。屈強そうなラグビー部の男子学生は、クワの使い方がわからず穴が少しも掘れず、クワを折ってしまう学生もいた。ところが歯が一本しかない地元のおじいさんがクワを手にするとどんどん掘り進み、学生から「おお!」と歓声が上がる。泥だらけで村人と農作業をした女子学生は、「メイクしなくても生きていけると気づいた」と話した。

ココナツをナイフで簡単に割って中のジュースを飲ませてくれる農民に、「どうしてできないの」と聞かれた参加者が「日本では水道水が飲めるから」と答えると、今度は地元の人が「へえー」と驚く。人と人の交ざり合いで生まれる、お互いへの関心と敬意。「何かあったときに、あの村のあの人どうしてるかなと思いをはせる人もでてくる。良い記憶の蓄積はその地域の力になる」

最近、シエムレアプから首都プノンペンに引っ越し、現場のあるコンポントムと行ったり来たりの毎日を過ごしている。新天地プノンペンでの新たな出会いからさっそく生まれたのが、6月と8月に予定している「コオロギをめぐる旅」だ。コオロギ食で知られ、コオロギの銅像まであるコンポントムの農家を訪ね、コオロギをつかまえる様子を見せてもらい、調理してビールとともにいただく12日のツアーだ。昆虫食といえば世界的にも注目されるテーマ。「カンボジアの地域の人たちの自然とのつきあい方から、世界の食べ物、食べ方、産業がどうなるのかといったことも見えてくると思います」。空き家や施設が連携し、地域ぐるみで来客をもてなす、イタリア発祥の「アルベルゴ・ディフーゾ」の取り組みをコンポントム市内に実現することが次の目標だ。

子育てをしながら遺跡ガイドとして働くクロイ・ソダニーさん(35)。ツアーの際にお世話になっている=鈴木暁子撮影

いま、多くの人がエネルギー不足の状態で生きていると感じている。とりわけ日本の都市部で、1人1人には魅力や個性があるのに、エネルギーがなかったり、足を引っ張る社会的要因があったりして、力を発揮できない人が多いと感じる。一方で、「能力を磨いてスーパーマンになれ!」と、これまでのように努力を求められることには拒否感を持つ人も多い。

でも、カンボジアには、自家発電のように自分で元気を作り出せる人がたくさんいる。そして、吉川さんを揺さぶった歴史と自然がある。「ここで古代の人たちの暮らしの核となった鍵を探し、日本から訪れた人たちの暮らしの中に組み込むことが(力を発揮する)ヒントになると思う」。カンボジアと旅人をつないで元気をチャージする「延長コード」。そんな人でありたいと思っている。