色も形もバラエティに富む壊れかかった家々の姿が異彩を放つ。カンボジアのアーティスト、リム・ソクチャンリナによる写真シリーズのタイトルが示す「国道5号線」とは、カンボジアの首都プノンペンからタイ国境までの約400キロに伸びる道路のこと。驚くべきことに、開発中の道沿いに建つ住居が、道路の拡張部分を境にバッサリと切断されている。さらにはこれらの家に住み続ける住人もいて、目をこらすと生活の断片が見えてくる。にわかに信じがたいこの光景は、変化のただ中にある現在のカンボジアを象徴している。
リムは、写真をはじめビデオやインスタレーション、パフォーマンスなど多様な手法を用いて、カンボジアを取り巻く政治や経済、文化、環境などの問題にスポットを当てる。彼の作品の中にはしばしば仮囲いのフェンスが現れる。《都会のストリートナイトクラブ》(2013)では、カンボジアの観光名所を描いたフェンスが赤や青のどぎついライトに照らされている。その前を通る人の姿は、さながら演劇の舞台に立つ役者だ。囲いの中では大型カジノの建設が進行中だという。巨大な資本がうごめく中で虚像と実像が揺らぐさまが、リムが切り取るシーンを通して伝わってくる。
さらに《包まれた未来 II》(2017-)では、作家は蓮の花の咲く湖や森林にフェンスを持ち込んでいる。フェンスと牧歌的な自然の風景とのアンバランスな組み合わせに意表を突かれるが、そこには幻想的な美しさが漂う。
フェンスは過去と未来を隠す装置だ。かつてあったものは知らぬ間に消え去り、人はそれを思い出すことすらしなくなる。そして囲いが外された時に姿を現す未来とは何か?現在のカンボジアでは、古い建物が次々と壊され、道路やショッピングセンター、娯楽施設へと姿を変えている。中国や日本の莫大な資金が投入されて進む開発によって多くの人が住む場所を追われ、慣れ親しんだコミュニティーが失われていく。その様子をリムは記録し、警告し、予言する。彼が撮影した湖や森林が実際にフェンスで囲われ、ビルや道路へと変貌するのも時間の問題かもしれない。
フランスによる植民地支配からの独立後もベトナム戦争や内戦に巻き込まれ、クメール・ルージュによる大虐殺の悲劇の傷跡を今なお残すカンボジア。アジアの最貧国の一つである状況からまだ脱していない同国において、現代美術の自由な表現を国内外に向けて発信し活躍し続けるリムは先駆的な存在である。
彼は個人のアーティスト活動以外にスティーブ・セラパック(Stiev Selapak)というグループに属してNPO組織ササ・アートプロジェクツ(Sa Sa Art Projects)を運営する。ここではアーティストの滞在プログラムや展示、制作、レクチャー、資料の収集と公開が行われ、海外から来るゲストと地元の若者たちとの貴重な交流の場となっている。
変わり続けるカンボジアの過去と現在、そして未来を見つめるリム・ソクチャンリナにとって、アートとは世界への入り口であり、社会的実践の最前線なのだ。