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ゼネラリストが成功の近道、なぜ? 人生に必要な「Range=幅」の本

Bestsellers 世界の書店から
外山俊樹撮影

1万時間の努力を積めば、人はスペシャリストとして成功する─。2008年のベストセラー『天才! 成功する人々の法則』でマルコム・グラッドウェルが提唱した「1万時間の法則」は全米で大きな注目を集めた。本書『Range』の表題は「広範囲」という意味。一つの分野に集中してきた人よりも、失敗や方向転換など、一見、無駄に思える経験をしてきた人の方が、大きなことを成し遂げる可能性が高いと論じ、話題を呼んでいる。著者デイヴィッド・エプスタインは統計分析を用いた科学やスポーツ分野の調査報道で知られる。

著者はゴルフのタイガー・ウッズとテニスのロジャー・フェデラーを対比させながら持論を展開する。著者によれば、ウッズはスペシャリストの象徴、フェデラーはゼネラリストを象徴する存在だ。

ウッズはゴルフの神童として、父親から英才教育を受けた。2歳で試合に出場し、10歳以下の部門で優勝。21歳でマスターズで最年少優勝した。

一方、フェデラーは幼い頃からスキーやレスリング、水泳、バスケットボール、サッカーなど幅広いスポーツに親しんだ。やがて球技が好きだと気づき、10代にさしかかるとテニスに傾倒。それでもサッカーやレスリングを続けていた。他のスポーツ経験は、視覚と手の協調や俊敏さを鍛える上で、大いに役立った。
様々な分野の経験が成功につながることは音楽や科学、医学の分野にも当てはまるという。

著者はスペシャリストを目指すことを否定しない。だが、成長期に一つのことだけに集中すると、他の可能性を試す「サンプリング期間」を奪いかねないと指摘する。不確実性の高い現代社会では、ゼネラリストの広範囲な知識と多角的な視野が大きな武器となるとして、スペシャリストを育てるために幼い頃から有利なスタートを切ることこそが成功への道であるかのような風潮に警鐘を鳴らす。子育て中の筆者にとっても、考えさせられる指摘だ。

最終章で著者は、ウッズのような道を歩まなくとも「自分が劣っていると思わないこと」が大切だと読者にアドバイスしている。人は失敗や回り道と思われるような経験をする過程で成長する。その経験は確実に将来の糧になり、人生の成功につながるのだと。

■マイケル・ウォルフ『Siege』

昨年、大統領就任1年目のトランプ政権の内情を暴いた『炎と怒りトランプ政権の内幕』が発刊され、日本でもベストセラーとなったことは記憶に新しい。本書『Siege』はその続編。表題のSiegeとは、「包囲」。大統領は、彼を引きずり下ろそうとする敵に包囲されているという意味だ。

前作の続きとして就任2年目のトランプ政権の混迷ぶりが暴露されている。登場する人物は、側近だったが大統領批判に転じたコーエン元顧問弁護士、辞任したケリー前大統領首席補佐官やセッションズ前司法長官、マクマスター前大統領補佐官、サンダース前ホワイトハウス報道官。現職のコンウェイ大統領顧問や、トランプ大統領が最初の妻との間にもうけた長男トランプ・ジュニア、長女のイバンカ、娘婿のジャレッド・クシュナー、メラニア夫人の話も含まれている。

内容は痛烈で、ゴシップ的色彩のエピソードも多い。例えば、ジュリアーニ元ニューヨーク市長。70歳を過ぎてトランプ大統領の顧問弁護士チームに参加し、政治の表舞台に返り咲いたが、3度目の妻が悪妻で、トランプ大統領にも哀れまれている始末。アルコール依存症で認知症も進んでいると書く。また、トランプ・ジュニアは、自分の失言で父親の評判が下がるのを恐れて、急に人前で取り乱したりするといった具合だ。

本書に対するメディアからの反応は一様に厳しい。前作も事実と異なる内容があると物議を醸したが、本書は内容の正確さが相当に疑われている。

その理由は、本書の実名の情報源が、2017年8月までトランプ政権で首席戦略官および上級顧問を務めたスティーブン・バノンひとりに偏っていることだ。他の情報源はすべて匿名。前作で、バノンを筆頭に当時のトランプ支援者やホワイトハウスの側近たちの証言が、数多く実名で記されていたのとは大きく異なる。また聞きのうわさ話を聞いているような、これが真実かどうか疑いたくなる印象だ。しかもホワイトハウスを去った後、バノンは大統領とは一度も直接、連絡をとっていないという。

さらに本書では、マラー元特別検察官による、大統領選でのロシア介入疑惑捜査に関して、18年3月の時点で、トランプ大統領の訴追に向けた内部文書がFBI内部で準備されていたと記されているが、FBIはその事実を否定している。

これらの批判について著者は、「内部文書は存在する」「出版にあたっては、必要と思われる事実確認はしている」と反論する。情報源については、匿名にして欲しいと依頼された場合はすべて匿名にしたという。ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューにはこう答えている。「僕はこの本のためにホワイトハウスに足を運んではいない。だが、1冊目の時に僕に話をしてくれた人々の多くが、今も話をし続けてくれている。その理由の一つは、皆、トランプの話をするのをやめられないからだ」。前作が出版された時、「バノンは二度と自分と口をきいてくれないと思った。ところが実際、彼は話をするのをやめないのさ」。「僕はニューヨークの人間でトランプもニューヨークの人間。結局、僕らにはたくさんの共通の知人がいるんだ」

ウォルフは「自分は首都ワシントンの政治記者ではない。本書は政治ではなく、大統領の精神状態を描くことを念頭に置いた」という。トランプは自分が褒められるかどうかだけを考えている精神不安定な人間。周囲には彼を褒める人間ばかりが残り、自分の仕事に大統領が口を挟まないよう四苦八苦している。そんなトランプ政権の異常な状態をほぼリアルタイムの歴史として描き出す、直感的で読みやすい物語を目指したと著者は主張する。

ジャーナリストとしての責任については、「できる限り真実に近い、自分が経験した真実を書いた。どこかの委員会がまとめた報告書とは違う、僕の視点だ」と語る。トランプ大統領に対しては、これくらいの反論ができる人間でないと太刀打ちできないといったところだろうか。いずれにせよ本書は、就任2年目の大統領と、彼の側近にまつわる疑惑やゴシップをおさらいするには便利な本だ。著者の意図は成し遂げられている。

■メリンダ・ゲイツ『The Moment of Lift』

本書『The Moment of Lift』は、アメリカの実業家であり慈善家メリンダ・ゲイツの回想録。メリンダは、マイクロソフト共同創業者の夫ビル・ゲイツとともにビル&メリンダ・ゲイツ財団の共同議長を務めている。

財団は、世界で貧困や病気に苦しむ人々を救うことを目標に掲げ、2000年に創設。投資家で資産家のウォーレン・バフェットから世界最高額ともいわれる寄付を受けていることで知られる。本書は財団の活動を紹介するとともに、いかにして著者が熱心なフェミニストとなったかについて語られている。

財団が特に力を入れているのは、開発途上国の貧困地域の女性たちに避妊薬を普及させる活動だ。男性が支配する貧困地域の女性たちは10代初期から妊娠、出産を繰り返す結果、貧困から抜け出すことができない。この負の連鎖を断ち切るためには、安全な避妊薬へのアクセスと、家族計画が不可欠となる。

避妊薬によって女性が自分自身で妊娠の時期と間隔を決められるようになれば、教育を受け、収入を得られるようになる。そうすれば、子どもに十分な世話と、教育を与えられるからだ。将来への可能性を見いだした子どもたちは、貧困から抜け出すことができ、その結果、社会全体が変わっていく。そしてその実現には、男性を含む社会の意識の変化が必須だと著者は主張する。

カトリック信者である著者が避妊薬の普及について公言するまでには、大きな心の葛藤もあった。だが、財団の活動を通じて彼女は、女性の地位向上は、世界の貧困の救済につながるという信念にたどり着いた。

歴史を通じて、女性や少女たちは社会の片隅に追いやられてきた。それはアメリカでも同じだ。現在でも、地球上で女性が真の平等を獲得している場所はないと著者は言う。女性が男性よりも優れているというわけではない。男女同権を願うフェミニストの目指す社会は、女性だけでなく男性にとっても幸せな社会だと著者は繰り返し主張する。

慈善活動には、現地に自ら足を運んで話を聞くことや、そこでの課題に感情移入することも求められる。最も重要なのは、現地の人々が本当に求めているものを引き出すための的確な質問だという。

本書では著者が実際に出会い、話を聞いた、アフリカ諸国やインド、バングラデシュなどの貧困地域に住むさまざまな女性たちが紹介されている。幼児婚、多産多死、教育の欠如、低賃金、無報酬など過酷な状況下で、抑圧や差別と戦いながら生きている彼女たちの生の声には、胸を打たれる。

著者も、かつては虐待的な恋愛関係も経験した。23歳で入社したマイクロソフトでは、仕事の機会には恵まれたが、男性優位で攻撃的な社風に合わせるのは苦痛だったとも告白する。1994年に結婚したビル・ゲイツとの生活についても、お互いが本当に平等と思える関係を築くために、夫婦間で葛藤や努力もあったという。

世界で最も裕福な女性の一人である著者が、過酷な暮らしを強いられている女性たちの心に本当に寄り添えるのか。こういった批判は重々承知の上のようだ。「すべての人と同じ経験をする必要はない。大切なのは、状況の悲惨さを理解するのに十分なだけの共感力をもち、その上で自分に何ができるかを考え、行動することだ」と著者はインタビューで語っている。

自身の経験を語るより、財団の活動にもっと焦点を当てた方がよかったのではという疑問も残るが、世界の貧困地域の女性たちの問題やフェミニズムへの理解を深められる点で、男女にかかわらず一読の価値がある。

米国のベストセラー(電子書籍を含むノンフィクション部門)

2019年6月23日付The New York Times紙より

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 Unfreedom of the Press

Mark R. Levin マーク・R・レヴィン

米保守派の論客が、マスコミの民主党寄りの報道を厳しく批判。

2 Siege

Michael Wolff マイケル・ウォルフ

トランプ政権の内幕を暴いた『炎と怒り』の著者による続作。

3 Educated

Tara Westover タラ・ウェストオーバー

学校に通ったことのなかった女性が英ケンブリッジ大で博士号を取得するまで。

4 The Mueller Report

The Washington Post  米ワシントン・ポスト紙

2016年米大統領選の「ロシア疑惑」捜査報告書の原文と解説。

5 The Pioneers

David McCullough デイヴィッド・マカルー

ピュリツァー賞受賞の歴史家が開拓時代の米北西部を描く。

6 Howard Stern Comes Again

Howard Stern ハワード・スターン

米保守派の人気ラジオ番組ホストが、過去40年間のキャリアを掘り下げる。

7 Becoming

Michelle Obama ミシェル・オバマ

オバマ前大統領夫人の回想録。生い立ちやホワイトハウスでの生活。

8 Sea Stories

William H. McRaven ウィリアム・H・マクレイヴン

オサマ・ビンラディン容疑者の殺害作戦を指揮した米元海軍大将の回想録。

9 Range

David Epstein デイヴィッド・エプスタイン

スペシャリストよりもゼネラリストの方が成功することについて。

10 The Moment of Lift

Melinda Gates メリンダ・ゲイツ

マイクロソフト共同創業者の妻で慈善家の著者が女性の地位向上について語る。