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発売初日に72万部 ミシェル・オバマが回想録につづった率直な言葉

Bestsellers 世界の書店から 更新日: 公開日:
西田裕樹撮影

ミシェル・オバマ前大統領夫人の回想録『Becoming』。発売前から注目を集め、昨年11月の発売初日には72万部以上を売り上げた。本書では幼少時代からホワイトハウスでの生活まで、彼女が何を考え、どう行動してきたかが語られている。

シカゴの労働者階級出身。両親は教育熱心で、幼い頃から常に人より上を目指す努力家だった。

名門プリンストン大学に進み、同級生の多くが白人男子であるのを見て、初めて自分がマイノリティであることを強く自覚する。ハーバード大学ロースクールをへてシカゴの有名法律事務所に就職。そこにインターンとしてやってきたのが、バラク・オバマだった。

ミシェルは彼の教育係を務めたが、バラクは初日に遅刻。第一印象は最悪だったものの、やがてお互いの生い立ちや将来の夢を語り合うようになる。「彼が自分自身の人生に確固とした方向性をもっていることに驚かされた」。猛烈な読書家で、人のために何かをするという目標を持つ彼に強く惹かれていった。

結婚後も仕事を続けたが、バラクが政治の道へ進むと、子育てとの両立が難しくなった。彼の人生に自分を合わせるのはいつも大変だったと振り返る。不妊治療や流産、夫婦カウンセリングも経験した。

もともと政治には興味がなかった。夫の能力は信じていたが、「Hope」や「Change」のスローガンだけで党派対立や人種差別がなくなるとは思っていなかったし、ファーストレディには何の権限もなく、服装ばかりが話題にされるのもつらかった。心がけたのは普通の生活。ホワイトハウスの敷地内に自然菜園を作り、マイノリティの子どもたちの教育にも力を注いだ。

トランプ大統領については、国籍陰謀論で2人の子が危険にさらされたことを「決して許さない」と言及している。ただ、前評判に比べてトランプに関する記述が少ない点で、若干の物足りなさはあった。

発行直後、私は小児科の待合室でアフリカ系の少女がこの本を誇らしげに読んでいる姿を見た。ミシェルはロールモデルであり、憧れと希望の存在なのだろう。メディアも「自らの人生が率直な言葉で語られている」と好意的だ。政治家にはならないと本書で宣言しているが、彼女の人気は高まるばかりだ。

■スタートアップのウソを暴いた記者魂

Bad Blood』は、シリコンバレー最大の詐欺事件とされるスタートアップ企業セラノスの隆盛と崩壊を追ったノンフィクション。著者はウォールストリート・ジャーナル紙の記者ジョン・カレリュー。本書はジャーナリストと新興企業との闘いの物語でもある。

セラノスの創業者エリザベス・ホームズは2003年秋、19歳でスタンフォード大学を中退。指先から採取したわずか12滴の血液だけで、多様な血液検査を即座に、そして正確におこなえる携帯機器を考案し、スタートアップ企業を設立。スタンフォード大学の上級副学部長などの後押しを受け、有名投資家や大企業から多額の投資を受けるようになる。彼女の支援者には、ジェームズ・マティス米統合軍司令官(当時)、ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官、メディア王ルパート・マードックなど数多くの著名人が名を連ねた。

13年までには会社の評価額は100億ドル近くにまで膨れ上がり、米大手ドラッグストアチェーンのウォルグリーンやセーフウェイとパートナーシップ契約を結んだ。また、大手広告代理店を使って大規模な企業キャンペーンも展開。ワイアード誌やフォーブス誌をはじめテレビを含めた多数のメディアに取り上げられ、シリコンバレー初の大成功した女性起業家として「第2のスティーブ・ジョブズ」と呼ばれるようになった。 

ホームズの成功の要因のひとつは、そのカリスマ性にあった。ジョブズを思わせる黒いタートルネックに軽く後ろでまとめたブロンドの髪。彼女は青い大きな瞳で瞬きをせずに相手をまっすぐに見つめ、豊かなアルトの声で「私は医療業界に革命を起こしたいのです」と語りかける。人々は年齢よりもはるかに落ち着いた態度の彼女に、まるで催眠術にかけられたかのように魅了された。

問題はセラノスの革命的な技術が、開発段階のものに過ぎなかったことだ。シリコンバレーでは、投資家が開発途上であっても成功の見込みがあるプロジェクトに、多額の投資をするのは特にめずらしいことではない。だが、セラノスが扱っていたのは、コンピューターソフトではなく医療機器だった。その不確実性は、セラノスの検査結果を信じた人々の命を危険にさらすことを意味していた。

セラノスの転落の最も大きな原因は、企業が機能していないことにあった。ホームズは設立当初から、公私共のパートナーで20歳ほども年上のラムシュ・サニー・バルワニとともに、秘密主義と恐怖で社員を支配した。

部門間のeメールのやりとりを禁じ、社内のすべての連絡を自分たちに集約。各部門の出入り口には監視カメラを設置した。社員の入れ替わりは激しかった。バルワニは社員を罵倒し、彼らに異議を唱えた社員は突然、降格させられるか、あるいは弁護士の立ち会いのもとに秘密保持契約書に署名させられ、即日解雇された。仕事内容を外部に持ち出していないか、個人メールのアカウントや携帯電話の履歴も調べられた。

15年に入り、著者カレリューは、知人からの電話をきっかけにセラノスについて調べ始める。前年12月発行のニューヨーカー誌に掲載されたホームズに関する記事は、セラノスの技術に疑問を投げかけていた。製品に関するホームズの説明は、専門家には通用しない。まるで高校生が化学の授業で話すような曖昧なものだった。

カレリューは匿名を条件にセラノスの元従業員たちに取材を申し込んだ。彼らの多くは秘密漏洩による会社からの告訴を恐れ、一様に口が重かった。中には自殺者もいた。著者は粘り強く取材を重ね、セラノスの嘘に確信を深めていく。

カレリューの取材を知ったセラノス側の反撃は凄まじいものだった。米国で最も敏腕と言われる有名弁護士を雇い、カレリューと、彼と接触した元従業員たちに告訴をちらつかせながら圧力をかけ始めた。彼らは行動までもが監視されていた。

1510月、セラノスの不正を告発するカレリューの最初の記事が、ウォールストリート・ジャーナル紙に掲載された。当初、ホームズは記事に徹底的に反論していたが、2016年春にはNBCテレビの特集番組に出演し、責任の一部を認める発言をした。これをきっかけにパートナーのバルワニとの関係も解消。ホームズの転落が始まる。183月、ホームズは米証券取引委員会から「入念に計画された長年にわたる詐欺行為」によって投資家を騙したとして提訴された。続く6月には有線通信不正行為の罪で告発され、CEOを辞任。同年9月にはセラノスの解散が発表された。投資家や企業、政府機関、従業員などからの訴訟は現在も続いている。 

ビル・ゲイツは自身のウェブサイトで本書について「結末に悲劇が用意されているスリラー」「驚くような出来事が詳細に記されていて息を呑まされる」「映画化が決定したのも頷ける」と絶賛。同時に、この事件によって女性起業家や新たな医療技術への投資が滞ることのないことを願うとも語っている。

3年半以上をかけた綿密な取材によってセラノスの嘘を暴いたカレリューのジャーナリスト魂には感銘を受けた。また、印象に残ったエピソードに次のものがある。ホームズは、ウォールストリート・ジャーナル紙の親会社の会長で、セラノスに出資していたマードックに、カレリューの記事のもみ消しを依頼した。その際、マードックは「私はウォールストリート・ジャーナルの記者たちを信じている」と言って、あっさりと断ったという。

■オバマの写真でトランプを風刺

Shade』は、オバマ政権ホワイトハウス専属カメラマン、ピート・ソウザによるオバマ前大統領の写真集。1711月にもソウザはオバマ前大統領の写真集を発刊し、ベストセラーになったが、本書は前作とは趣向が大きく異なる。副題に「A Tale of Two Presidents(ふたりの大統領の物語)」とあるように、トランプ大統領のツイートやメディアの報道などを左側に、大統領当時のオバマの写真を右側にレイアウトして対比させることで、両者のちがいを浮き立たせる構成となっている。

本書はトランプ大統領就任以来、500日間にわたるソウザのインスタグラムへの投稿をもとに作られている。ソウザはトランプが就任した最初の週にインスタグラムに新しい個人アカウントを作成。大統領執務室のデスクの脇に立っているオバマの姿を捉えた、当たり障りのない写真に「新しいどぎつい金色のカーテンよりも、このカーテンの方が好きだ」というキャプションをつけて投稿したところ、膨大な数の好意的な反応に驚いたという。

内容をいくつか紹介しよう。例えば、171月、トランプがイスラム系7カ国からの難民受け入れを禁止した際のツイートの右側には、オバマがマレーシアの難民受け入れ施設の子どもたちに囲まれている写真がレイアウトされている。184月、米英仏がシリアにミサイル攻撃をした際のトランプのツイート「Mission Accomplished(任務完了)!」の横には、ホワイトハウスの地下にある部屋で、オサマ・ビンラディン殺害作戦の動向を側近たちとともに固唾をのんで見守るオバマの写真。同年5月、イスラエル訪問時にテルアビブ空港で、メラニア夫人がトランプの手をはねつけたという見出しの横には、ミシェル夫人と手を繋いで座っているオバマの写真。182月、FBIのロシア疑惑捜査に対するトランプのツイート「WITCH HUNT(魔女狩り)」の右には、オバマがホワイトハウスのハロウィーンイベントで魔女のコスチュームを着た少女を指差し、笑顔で向き合っている写真を並べ、「別の種類の魔女狩り(201010月)」というキャプションをつけるといった具合だ。

ソウザの写真とキャプションはどれも気が利いていて思わずニヤリとさせられる。著者はオバマだけでなく、レーガン元大統領の専属カメラマンでもあった。「自分は大統領の仕事というものがどういったものなのか、よくわかっている」とソウザは語る。表題の「Shade」は、誰かに対して軽蔑や嫌悪の意を示すためにさりげない冷笑的な表現をするという意味の「throw shade」からとった言葉だ。現大統領の言動に辟易している人々には痛快な写真集だ。

米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

2018年12月23日付The New York Times紙より

『』内の書名は邦題(出版社)

1 Becoming

Michelle Obama ミシェル・オバマ

ミシェル・オバマ元大統領夫人による回想録。

2 The Point of It All

Charles Krauthammer, edited by Daniel Krauthammer チャールズ・クラウトハマー、ダニエル・クラウトハマー編集

昨年死去した米コラムニスト/評論家の未発表著作などを集めた本。

3 Educated

Tara Westover タラ・ウェストオーバー

ケンブリッジ大で博士号を取得した女性が語る過酷な生い立ち。

4 Killing the SS

Bill O’Reilly and Martin Dugard ビル・オライリー&マーティン・デュガード

第二次世界大戦後におこなわれたヒトラーの側近たちの捜査を追う。

5 Sapiens

『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(上・下)』(河出書房新社)

Yuval Noah Harari ユヴァル・ノア・ハラリ

ホモ・サピエンスはいかにして地球を支配する種となったのか。

6 Leadership

Doris Kearns Goodwin ドリス・カーンズ・グッドウィン

米国の4人の大統領のリーダーシップについて論じる。

7 Beastie Boys Book

Michael Diamond and Adam Horovitz マイケル・ダイアモンド、アダム・ホロヴィッツ

白人ヒップホップの草分け的存在とされるニューヨーク出身のバンドの物語。

8 Shade

Pete Souza ピート・ソウザ

オバマ政権ホワイトハウス公式カメラマンによる写真集第2弾。

9 Bad Blood

John Carreyrou ジョン・カリリュー

シリコンバレーのスタートアップ企業セラノスの興隆と破綻。

10 Ship of Fools

Tucker Carlson タッカー・カールソン

Foxニュースの番組ホストが米国政治を独自の視点で分析。