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「ロシア国民は世界で一番読書をする」は本当か?

迷宮ロシアをさまよう
これは、本連載の「次々と新機軸を打ち出すモスクワ地下鉄」(2018年10月2日)ですでに紹介したモスクワ地下鉄のラスカゾフカ駅。駅の壁にロシア文芸の巨匠たちの名がびっしりと書き込まれている。(撮影:服部倫卓)

確かに見て取れる読書の伝統

かつて、社会主義の超大国だったソ連邦は、「ソ連国民は、世界で一番読書をする国民だ」と自負していました。そして、ソ連邦の継承国となった今日のロシアでも、国民はそうした自意識を引きずっているところがあります。

現実には、かつてのソ連で読書が盛んだったのは、硬直的な社会主義経済の中で、他に娯楽が乏しかったからという要因が大きかったと思います。他方、思想の自由が認められず、知識人などは文学など芸術の世界に逃げ場を求めたという側面もありました。そうした中、ソ連は識字率や教育水準の向上では高い成果を挙げたので、当局は社会主義体制の優位を喧伝するために、「ソ連国民は世界で一番読書をする国民だ」と喧伝するようになったのでしょう。

かつてのソ連国民が、本当に世界で一番本を読んでいたのかは、今となっては検証もできません。ただ、今日のロシア社会を眺めていても、「なるほど、読書の好きな人たちなんだな」と、その伝統を感じるのは事実です。

ロシアのご家庭を訪問すると、本棚に文学全集がずらっと並んでいることが多い印象があります。今や日本の電車の車内は全員がスマホいじりという感じですが、ロシアでは分厚い本を熱心に読んでいる人をいまだに見かけます。また、こちらが日本人と分かると、村上春樹のことを話題にしようとするロシア人が結構いるような気がします(私自身が村上春樹を読んだことがないので、その話題に乗ってあげられないのが心苦しいのですが)。

これは北カフカス地方のチェルケッスク市の街角で見かけた「電子図書館」(撮影:服部倫卓)

独自の発展を遂げる電子書籍文化

もう一つ、ロシアの読書文化に関して注目されるのは、近年の電子書籍の発展です。ただし、ロシアの場合には、それが商業的な市場を形成するというよりも、多くの作品が無料で利用できるようになっている点に、特徴がありそうです。

一連の無料電子書籍が、合法なのかどうかは、筆者も良く分かりません。いずれにしても、ロシアの古典的な文学作品については、一連の関連サイトなどから、EPUB形式やPDF形式等で、いくらでも無料でダウンロードできるようになっています。

また、ロシアでは近年、上の写真に見るように、街角で「電子図書館」と称するものを見かけるようになりました。この中に紙の本が入っているのではなく、本の背表紙の画像にQRコードが表示されており、スマホでそれを読み込むと、その作品が無料でダウンロードできるのです。電子書籍をダウンロードするのに、ウェブサイト経由でなく、街角に物理的に置かれたオブジェからアクセスするという方式が、何ともユニークです。

確かにロシアでは読書が盛ん

それでは、今日のロシア国民の読書習慣は、諸外国と比べると、どの程度のレベルなのでしょうか。これについては、2017年に世界的な調査会社のGfKが実施した国際比較調査があるので(こちらからダウンロード可能)、その結果を見てみましょう。

GfKでは、世界主要17ヵ国の国民の読書習慣を、①ほとんど毎日、②少なくとも週一度、③少なくとも月一度、④ほとんど読まない、⑤まったく読まない、という5段階に分けて、調査を行いました。各国1,000~1,500人程度を対象としたそれなりに本格的な調査ですが、ネットを通じたオンライン調査ということですので、そのバイアスが(おそらく読書習慣のデータを高める方向で)あるかもしれません。

その調査結果を、読書習慣の高い国の順に並べたのが、上のグラフです。なお、①の順番で並べるのか、①+②の順番で並べるのか、①+②+③の順番で並べるのかによって、順位が変わってきます。ロシアのメディアは、①+②の数字を重視し、「ロシア国民は世界で2番目に読書をする頻度が高いことが明らかになった」と報じていましたので、本稿でも差し当たりそれを採用したいと思います。

この調査を信頼する限り、主要国の中で国民が最も高い頻度で本を読むのは、中国です。ロシアは、世界一とは言えないまでも、諸外国と比べて、確かに読書の頻度が比較的高いことが明らかになりました。少なくとも日本よりは本を読む習慣が根付いていると言えそうです。

ロシアでも読書頻度は低下の傾向

一方、今年5月にレバダ・センターという調査機関がロシア国民を対象に実施した社会調査があるのですが、その結果を見ると若干異なるニュアンスも感じます。この調査は、回答者が自由時間に何をして過ごしているかを、その頻度とともに問うたもので、結果は上掲のグラフのようになりました。

前掲のGfKによる国際比較調査は、単に読書の習慣を尋ねたものでしたので、そこには実用書なども含まれていることでしょう。それに対し、このレバダ・センターの調査では「文学作品を読む」と、より限定的になっているので、グラフに見るとおり、その頻度はだいぶ低下しています。今日のロシアにおける娯楽の王様は自宅で映画やドラマを観ることであり、それに比べると文学作品の読書は分が悪くなっています。

下表は、2019年の調査結果を、1994年のそれと比較したものです。これを見ると、ロシア国民が文学作品に触れる機会はやはり趨勢的に低下していることが確認できます。おそらく読書量が減っているのは全世界的な現象ではないかと思われますが、ロシアの場合にはそれに市場経済化・自由化による娯楽の多様化という要因も加わってのことでしょう。

ロシア文学の古典的名作十選

近年のロシアでは、仮に読書をするにしても、推理小説のような軽い読み物が増えたと、嘆く声も聞かれます。

それでも、ロシア文学の真価が、巨匠たちの残した数々の傑作長編小説にあることは、間違いないでしょう。ロシアのこちらのウェブサイトに、ロシア文学の古典的名作十選というものが掲載されているので、最後にそれを紹介して、本稿を締め括りたいと思います。同じような名作ランキングは他にも多数見つかりましたが、筆者はこの十選が一番しっくり来ました。なお、一人一作品というルールになっているものと思われます。

1.レフ・トルストイ『戦争と平和』
2.ミハイル・ブルガーコフ『巨匠とマルガリータ』
3.ニコライ・ゴーゴリ『死せる魂』
4.フョードル・ドストエフスキー『罪と罰』
5.ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』
6.アレクサンドル・プーシキン『エブゲーニイ・オネーギン』
7.ミハイル・レールモントフ『現代の英雄』
8.イワン・ツルゲーネフ『父と子』
9.アレクサンドル・グリボエードフ『知恵の悲しみ』
10.アントン・チェーホフ『桜の園』