チマ・チョゴリを着て朝鮮学校に通ったのに、
アボジ、オモニと言いながら育ったのに、
私の言葉は全然違うんです。
服も、化粧も、髪型も…。
ここも日本と同じです。
在日は<外国人>です。
(金仁淑「二ム(あなた)にささげる手紙」2004より抜粋)
在日コリアンのアーティスト、金仁淑(キム・インスク)は「自分の中にあるコリアと日本の比重を同じにしたくて」2003年に韓国へ渡り、2018年までソウルを拠点に活動してきた。写真インスタレーションの中に綴られた冒頭の彼女の言葉は、渡韓して1年、まだ慣れない韓国での生活で感じた「外国人」としてのジレンマを吐露したものだ。その後韓国の言葉にも習慣にも慣れていった金だが、渡韓当初に痛感したのは、日本語訛りの言葉、日本風のファッションなど、どこから見ても自分が日本人だという意識だった。
金は在日2世の父と日本人の母の間に生まれ、高校を卒業するまで大阪の朝鮮学校で教育を受けた。1950年代生まれの父親と高校の同級生だった母親は、あからさまな在日コリアン差別を目の当たりにしながら子供たちには二つの母国語を理解して世界へ羽ばたいてほしいと願い、あえて朝鮮学校に進学させたのだという。
南北分断以前の統一朝鮮を標榜する教育の影響もあり、金のアイデンティティは韓国と北朝鮮、そして日本という三つの国の間で揺れ動いてきた。それは彼女の代表作「SAIESEO:between Two Koreas and Japan」と題された作品に表れている。SAIESEO(サイエソ)とは「はざま」(between)を意味する。在日コリアンの家族を訪ねてインタビューした後に家族の集合写真を撮るというプロセスを経た作品には、日本の畳と韓国のカレンダーなど、日本とコリアが混在している。金は家族によって、個々人によって異なる多様な歴史や生き方に着目し、一括りに捉えられがちな在日コリアンの個性とつながりを映し出すことを試みた。
さらに金は、ドイツに住む韓国系の家族を取材した作品シリーズ「Between Breads and Noodles」を制作する。かつて渡独した数多くの韓国人が現在どのように暮らしているのか、興味をもったことがきっかけであった。1960〜70年代にかけて、深刻な就職難の解消と外貨獲得を目的として、朴正煕(パク・チョンヒ)政権下の韓国政府は炭鉱労働者と看護師を当時の西ドイツに派遣した。自国の3倍以上もの賃金を求めて高学歴の若者も応募に殺到したという。
金は在独1世からその孫の3世までを取材し、「サイエソ」シリーズと同様に写真とインタビュー映像を撮った。炭鉱労働者だった男性と看護師の女性夫婦の出会いのエピソード、4カ国語に堪能な孫娘を自慢する祖父、1歳の女の子の韓国式セレモニーを祝うパーティーの様子など、微笑ましく温かな物語が作品に収められている。
金は出会った2世と3世のほとんどが自身を「ドイツ人」と認識していることが興味深かったと語る。確かにインタビューを見ると、皆自分の中に存在する韓国人のルーツを誇りにしつつ、ドイツ人としての自覚が強い。在独韓国人と結婚した2世の女性は、韓国人コミュニティを中心に生活しているが、韓国に住むことは考えられないと語る。またドイツ人の父と韓国人の母を持つ兄弟は韓国語をほとんど理解できない。しかし「(ヨーロッパとアジアの)ミックスでよかったと思いますか?」という金の質問に対して兄が「デバク(大当たり)!」と拙い韓国語で答えるシーンが印象的だ。そして皆口々に学校やドイツ人の友達から差別を受けたことはないと語る。
彼らはKorean German(韓国系ドイツ人)としてのアイデンティティをごく自然に享受しているように見える。同様の視点で考えれば、金はKorean Japanese(韓国系日本人)であり、国籍のみにこだわった「外国人」としての扱いはナンセンスだ。しかし、今年再び日本に拠点を移した金と、同じく在日コリアンの夫にとって住居探しは至難の業だったという。見学を希望した30件の東京の物件のうち実際に内見できたのはわずかに4件だった。日本語が母語の彼女たちが「外国人」として差別され、賃貸契約を拒絶されるのである。そもそも外国人差別自体が問題ではあるが、在日コリアン3世の金が外国人として扱われることの理不尽さには怒りと絶望を感じる。
しかし、金の作品は社会批判を目的にしているわけではない。それぞれの国の歴史や政治、社会に翻弄されながら人々がさまよい、出会い、愛し合い、家族を築き、文化の多様性の中で生きていくそのさまを彼女は描く。政治的言説や偏見を超えて、一人一人の生活に焦点を当てる金は、その日常の中にこそ見いだすことのできる価値と強さを表出してみせるのだ。
外国人労働者の受け入れを促進することを決めた日本は、さらなる人種のダイバーシティと向き合うことになる。今後の日本社会を考えるとき、異なる文化が交錯する家族の魅力を表現した金の作品には、未来へのヒントが見える。
複数のアイデンティティを持つことは個人に悩みや迷いを生じさせるが、同時にそれは強みにもなる。日本に住む多様なルーツを持つ人たちが「デバク!(大当たり)!」と言える社会をめざしたいと心から思う。
参考文献:『ゴー・ビトゥイーンズ展:こどもを通してみる世界』(平凡社、2014年)