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イランとイスラエルが「盟友」だった時代があった

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モサドの元情報官エリエゼル・ツァフリル=2017年8月、渡辺丘撮影

■友達を選ぶ余裕はなかった

2017年8月。地中海に近い閑静な住宅街にあるアパートの一室に、モサドの元情報官エリエゼル・ツァフリル(84)を訪ねた。

ツァフリルは1934年、イスラエル北部ティベリアスに生まれた。イエス・キリストゆかりの場所でもあるガリラヤ湖に面した街だ。父方はクルド系、母方はモロッコとスペイン系の家系だった。

イスラエル北部のガリラヤ湖=2016年4月、渡辺丘撮影

母語のヘブライ語に加え、大学でアラビア語を習得し、英語、フランス語、スペイン語も得意とした。イスラエル国内の治安維持を担当する治安機関シャバクに1955年から65年まで勤め、アラブ(パレスチナ)系イスラエル人の村々などを担当した経験が情報官としての基礎をつくった。「彼らの家を訪れ、寝食を共にすることで、相手との関係を強め、深く理解するようになった」

首相府勤務などを経て1970年、その専門性を評価されてモサドに身を転じた。7475年、イラク北部のクルディスタン(クルド人地域)に現地責任者として派遣された。クルド人は「国を持たない最大の民族」とされ、約3千万人がイラク、トルコ、イランなどにまたがった地域に住んでいる。独立志向でイラク政府とは緊張関係にあるクルディスタンに対し、イスラエルはモサドや軍の担当官を送り込み、それまでの中東戦争でアラブ諸国から獲得した大砲などの武器を供与し軍事指導を続けてきた。

周囲をアラブの「敵国」に囲まれているイスラエルの情報機関はそのころ、革命前のイランやトルコの情報機関とも秘密協定に基づき、半年に一度、いずれかの国に集まり、情勢報告や情報交換をおこなっていたという。「非アラブ民族との関係を重視したからだ。我々には『友達』を選ぶ余裕はなかった」とツァフリルは回想する。

イスラエルとイランは、イラクに敵対する点で立場を同じくする「盟友」だった。両国は、クルド民主党(KDP)を率いてイラク国内の抵抗闘争を指揮していたムスタファ・バルザニの部隊に支援を続けていた。

クルディスタンに駐在するモサド情報官はそれまで3カ月おきに交代していたが、ツァフリルは初めて1年間、現地にとどまることになった。最大10人前後の要員を率い、クルド人とより良好な関係を築こうとした。クルド人が住む山岳地帯の冬の寒さは厳しく、零下20度にも達したという。

1974年、イラク北部のクルディスタンに駐在していたエリエゼル・ツァフリル=本人提供

ツァフリルの自宅の書斎には、イラクの山岳地帯でクルドの伝統衣装に身を包む男性の写真がいくつも飾られていた。若き日の本人だ。クルド人の指導者らと一緒に笑顔で映った写真もある。相手と同じ衣装をまとうことで警戒心を取り除き、信頼関係を築こうとしたのだろう。

1974年、イラク北部のクルディスタンに駐在していたエリエゼル・ツァフリル(右から2人目)=本人提供

「我々の誰もが、高い道徳観や国を持ちたいという動機を持った美しき山の民に魅了された。非常に困難だったが、最良の1年だった」

幸福な関係は突然、終わりを迎えた。イラクと対立していたイランが753月、国境画定での合意を理由にクルディスタンから軍を撤退させ、イラク軍がクルディスタンに大規模な攻勢をかけてきた。イスラエルはやむなく、要員を即時撤収させた。「クルドの人々は裏切られたと感じ、怒った。だが、我々には退避以外の選択はなかった」

ツァフリルはその3年後、今度はイランの首都テヘランに支局長として赴任した。親欧米で急速な近代化路線を走った王制が打倒されたイラン・イスラム革命の前年だ。

■イラン脱出を指揮

情勢は日に日に悪化していた。イランの国家建設に貢献してきたエンジニアやビジネスマンら約1300人のイスラエル市民を退避させることが最大の任務になった。「当時のイランは戦略的にも経済的にもイスラエルにとって非常に重要だった。退避は戦略的に早すぎてもいけないし、自国民の安全確保のために遅すぎてもいけなかった」

結局、最終盤になっても大使館員ら34人が残った。テヘランで数万人の群衆が政府機関を襲撃し、ラジオが革命を伝える中、ツァフリルは全員の退避を指揮した。

ツァフリルはイスラエルのレバノン侵攻後の8384年には、レバノンに現地責任者として駐在した。その離任から数週間後、モサドは現地駐在を終了させた。クルディスタン、イラン、レバノン。緊張をはらんだ3カ所での任務を終えて96年にモサドを退官したツァフリルは、自らの経験をもとに3冊の本を書いている。情報官にはどんな能力が求められるのか、聞いた。

■情報官に必要な能力は

「電子情報収集もサイバー空間の情報収集も大切だが、人的情報は非常に重要だ。特にテロ関連では、ISなどの過激派組織に属する人々の思考を理解する上で欠かせない」

「今はインターネットでモサドの所在地もわかるし、就職のための応募もできる。ただ、私の世代の方がアラブ人やイスラム教徒のメンタリティーをより良く理解していたかもしれない。パレスチナ人を含めて相手との間で、今よりもずっと関係を持っていたからだ」

イラク北部クルディスタンに駐在していた当時の写真を見せるエリエゼル・ツァフリル=2017年8月、渡辺丘撮影

「ジェームズ・ボンドではないけれど、情報官は普通の人以上に知的でなければならないし、地域の歴史や政治にアンテナを張っていなければならない。他者に影響を与えられる人格も重要だ。ときには自国や自国民を裏切るよう説得しなければならないからだ」

「アラブの協力者の中に、いつももっと報酬を払うよう求める人がいた。『私の給料より高い』と言ったら、彼は『あなたは自分の国のために働いているが、私は自分の国の人々を裏切っている。もっと払うべきだ』と言った。ある意味で正しい。ただ、混迷を深める地域で、協力者を見つけるために、自分の国の政府や軍と同じ考えを持たない人を探すことはそれほど難しいことではない」(続く)

■短期集中連載「イスラエル情報機関「モサド」の素顔に迫る」