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導かなければ民は滅びる 「最強の情報機関」モサドのモットー

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モサド長官に指名され、自宅前でメディアの取材を受けるヨシ・コーヘン氏(2015年12月)=ロイター。二十数年前までは、だれが長官なのかは非公表だった

■かつては長官の名も非公表

1979年、イスラエル中部テルアビブで休日を楽しむ若者たち=朝日新聞社撮影

そのテルアビブ近郊にモサドの本部はある。モサド本部の所在は明らかにされていないが、関係者の話をもとにたどり着いた広大な施設は外側を高いフェンスや樹木で囲まれ、中の様子をうかがい知ることはできなかった。「モサド」を示す標識なども、もちろん一切なかった。

モサドはイスラエル建国の翌年にあたる1949年、前身組織が創設された。その活動を規定する根拠法がなく、ゆえに非合法的な活動もできると解釈されてきた。モサド長官の氏名さえ、長く伏せられてきた。公表されるようになったのは、ようやく1996年のことだ。

今では最低限度の広報の重要性も認識されるようになったのだろう。モサドの公式ホームページに、歴代の11人の長官の顔写真や名前、そして2016年1月から12代目の長官を務めるヨシ・コーヘン氏の顔写真や略歴が紹介されている。その活動内容は「当然ながら、公の目には触れない」と書かれているが、「情報収集の手段としてはヒューミント(人的情報活動)とシギント(電子情報収集)を行っている」と説明している。

モサドの公式ウェブサイト。歴代長官が紹介されているが、かつては非公開情報だった

ホームページにはまた、モサドが他国の情報機関との関係を築き、中にはイスラエルとの関係を公にしたくない国と水面下で関係を作ることにも関与してきた、としている。1979年にエジプト、1994年にヨルダンと平和条約を締結した際の交渉に関わったことを紹介している。

そして、モサドのモットーとして、聖書の箴言(しんげん)から次の言葉を紹介している。

「導かなければ民は滅びる」

モサドの要員数は1500~2000人とされ、米国の中央情報局(CIA)の10分の1、英国の秘密情報部とほぼ同等とみられる。モサド(長官)は首相直轄に位置づけられ、首相はモサドの全活動に責任を負っている。このため、モサド長官は首相が知るべきと判断した情報をすべて首相に直接報告している。

■毎日、スーツケース手に通勤

モサドの職員の日々とは、どんなものなのか。

連載1回目に登場した元秘密作戦担当副長官のラム・ベンバラク氏(60)はモサドの秘密作戦(オペレーション)に長く関わり、数々の成功と失敗を経験したことで知られる。

元モサド副長官のラム・ベンバラク氏=渡辺丘撮影

1958年、イスラエルで生まれ、結婚して間もない83年にモサドに入庁した。高校を中退しており、対外情報機関では重要な能力とされる語学は必ずしも得意ではなかったが、国民皆兵の兵役中の軍の評価が極めて高かったことから、指揮官としての潜在能力を買われてモサドに誘われたのだった。

ベンバラク氏は若き情報官としての日々をこう振り返った。「毎日、(北部ハイファ近郊の)自宅から車にスーツケースを入れてテルアビブ(モサド本部)に通った。午前10時に断片的な情報が届き、12時に(上官に)短い報告をする。午後4時に欧州行きの飛行機に乗り、深夜には作戦を実行した。1年かけて準備する作戦も、小さな作戦もあった。世界のどこにでも出向き、まるで王様になったような気分だった」

順風満帆だったキャリアが暗転したのは1991年、33歳の時だった。地中海に浮かぶ島国キプロスの首都ニコシアにあるイラン大使館に盗聴器を仕掛けようとして拘束されたのだ。不法侵入罪などで罰金刑に処され、イスラエルに戻った。この事件についてはベンバラク氏は多くを語ろうとしなかった。

■先制攻撃も辞さず

ベンバラク氏が考えるモサドの主要任務は、

① 主に敵国に関する情報収集
② 敵国の攻撃を阻止するための秘密作戦
③ 世界中のユダヤ人コミュニティーやイスラエル人への攻撃を防ぐこと、だ。

②について、一つの象徴的な事件が、2007年9月に起きたイスラエル軍によるシリアの原子炉空爆だった。

イスラエルは1981年6月には、イラクの首都バグダッド近郊で、核開発が疑われていたオシラク原子炉を戦闘機で攻撃して破壊した。イスラエルは自ら核保有を確実視されていながら、敵国が核濃縮施設や最新鋭の兵器を取得するのを止めるためには先制攻撃も辞さない、という考え方を持っている。

ベンバラク氏に会った2018年5月29日、ガザ地区からイスラエル南部に向けて数十発以上のロケット弾や迫撃砲弾が発射された。イスラエル軍はガザを実効支配するイスラム組織ハマスの関連施設などに大規模な報復空爆を続けていた。双方の攻撃の応酬はその後も断続的に行われ、2014年夏の大規模な戦闘の再燃が危惧されている。

 「イスラエルは大洋に囲まれた米国とは違う。周りを敵に囲まれ、いつも何かが起きる環境にいる。情報機関にいる人間は、人びとが平和な生活を続けられるようにもっと何か出来ないかという衝動に常にかられる。こうやって静かに暮らせていること自体が奇跡のようなものなんだよ」

波瀾(はらん)万丈の情報官人生を生き抜いてきたベンバラク氏は穏やかな笑顔を浮かべながら、そう言った。国家が生き残るために死活的に重要な役割を果たしてきたとされるモサド。その活動は謎に包まれているが、要人暗殺など一線を越えた作戦が明らかになるたびに、波紋を広げてきた。守るべきもののために何をどこまですべきなのか。日本でもインテリジェンスの重要性が議論されるようになって久しいが、そんな重い問いを投げかけられた気がした。

■短期集中連載「イスラエル情報機関「モサド」の素顔に迫る」