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招待状でスカウトされて25年 元モサド幹部が振り返る「インテリジェンス」

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元モサド幹部イスラエル・グリーン

■人生変えた一通の招待状

グリーンがモサドの門をたたいたのは1980年、大学卒業直後の27歳のときだった。それまでは、エルサレムにあるヘブライ大学で歴史学を学ぶ学生だった。将来は現代史を教える研究者になりたいと考えていた。ある日、テルアビブでの会合への招待状が届いた。不審に思い、友達に尋ねると、「それはモサドだよ」と教えてくれた。

「インテリジェンスには全然、興味も経験もない。輝かしい軍のキャリアもない。私が望んでいるのは、学術分野でキャリアを重ねていくことだ」。そう固辞したグリーン氏に、モサドの担当官は「作戦担当にならないか」と強く誘いかけてきた。「そんな能力はない」と言うと、分析官の仕事を最初に任された。だが、次第に作戦にのめり込み、作戦担当官として頭角を現した。情報官として25年のキャリアを積み、退職したのは2005年のことだった。作戦担当部門のナンバー2を務め、最後は人事部門の責任者だった。

「人生の選択のほとんどは偶然の産物です。私がモサドに入局したのも、おそらく先生の誰かが組織に私の名前を挙げ、説得するよう薦めたからだと思います。でも、誰が薦めたのかはいまだに知らないし、聞いたこともなかった。今でも新人を採用する際の最良の手段は第三者からの推薦です」

イスラエルは人口900万人弱の小国だが、中東の軍事大国として知られる。近年はハイテク産業が盛んで「第2のシリコンバレー」とも呼ばれる。その強みは、軍事やインテリジェンス分野への国家的な取り組みが基盤になっているとの見方は強い。

グリーンもこうした見方を支持する。「ハイテク産業では、イスラエル軍や情報機関で働いていた人も多い。例えば、シギント(電子情報収集)を担当していた人が退職後、同様の技術を民間企業で活用することができる」

イスラエルのスタートアップ企業が開発した読字サポートデバイス「マイアイ2.0」。2人の共同設立者はともにイスラエル軍で部隊の指揮官だった経験を持つ=太田啓之撮影

グリーンはモサドと米国の情報機関との協力を主導する立場にいたこともあった。イスラエル軍でサイバー攻撃への対応や情報収集などを担うエリート組織「8200部隊」と、電子情報収集や分析を行う米国家安全保障局(NSA)が一堂に会する場では、イスラエル側が高校を卒業して数年の2223歳くらいの若者が中心なのに対し、米国側は奉職して30年も経つようなベテランが多かったという。

NSAのような組織は非常に熟練しているが、革新性や創造力がやや欠けることがありました。これに対して、イスラエルは非常に革新的でした。この点は米国との安全保障上の関係が強い日本にも、見習ってほしいと思います」

■インテリジェンスが生死に関わる国

イスラエルが「ユダヤ人の国家」として1948年に建国したとき、最も早く国家承認したのは米国だった。米国は近年、年間30億ドルの無償軍事援助を続けており、米国からみれば第2次世界大戦後の累計で最大の援助国だ。だが、グリーンは「米国の軍事援助を頼りにしているが、インテリジェンスのような分野では完全に独立している」と断言する。

米ロッキード・マーチン製の戦闘機F35は、日本やイスラエルなど各国が導入を決めているが、イスラエルだけは電子戦に使う機器を米国勢のシステムに頼らず、自前のシステムを開発した。「この分野だけは他国に頼らない。人の生死に関わる強いニーズがあるからこそ、イスラエルではインテリジェンスが最優先すべき事項になる」と言うのだ。

グリーンはこう付け加えた。「日本では北朝鮮で今起きていることを尋ねても、90%の人は注意を払って見ていないでしょう。日本の人々の生活の一部ではないからです。イスラエルは違います。自分たちの周りで何が起きているかを知り、理解することは生きるために必要な生活の一部なのです」

「そして、やはりホロコースト(ユダヤ人大虐殺)のトラウマを指摘しないわけにはいかないでしょう。当時、ドイツが欧州で600万人ものユダヤ人を殺すなんて誰が信じられましたか?自分自身以外に誰も頼れないのです。そのためには周囲の状況を正確に理解しなければならない。だから、インテリジェンスは最重要となるのです」

「ホロコーストの教訓が、モサドのような世界有数の情報機関や軍の発展につながったということですね」と話を向けた私に、彼は二つの重要な視点があると答えた。

「一つは、我々は過去に学び、ナチスドイツがユダヤ人にしたような行いをどんな外国や外国組織にも許さないという強い決意です。そして、もう一つは、そうした行いは誰にでも、どの国でも起こりえるので、我々自身も道徳の観点から、ナチスがしたようなことをしない、他者を支配したりしないように気をつけなければならないということです。これは私がホロコースト生存者の父から教わったことでした」

グリーン氏自身もモサドの情報官として、この二つのことを肝に銘じ、その中間であるように心がけてきたという。パレスチナ占領から半世紀以上が経ち、イスラエルとパレスチナの和平が遠のく現実をどう見ているのだろうか。

「パレスチナ人に対してもあまりにも攻撃的であるべきではなく、ある程度の妥協は必要だと個人的には思います。私は左派が言うように彼らを愛せないし、私を愛してほしいとも思いません。ただ、私を私の国に住ませてほしいだけなのです。でも、パレスチナ人は今や政治的な解決を望んでいないように見えるし、イスラエル人は相手を信じておらず、右傾化が進む一方です。他者を支配することはイスラエル社会にとって、多くの危険があり、毒だと思います。でも、タンゴを踊るにはパートナーが必要です。パレスチナで起こっていることを見る限り、政治解決は難しいと言わざるを得ません。物事は変わりゆくものです。近い将来はなくても、40年後とか50年後には解決の道が見えているかもしれません」

 

モサド元長官エフライム・ハレビが語る「インテリジェンス」

世界地図でイスラエルがどこにあるか、探してください。隣国のシリアやレバノンといった国には、我々に敵対しようとするテロ組織があります。彼らはミサイルを撃ち込むなど国境を越えた作戦を実行してきました。テロ組織の武器や能力、意図などについて最良の情報を得る必要があります。周囲の国や勢力をよく知り、彼らが次にどのような行動をとるのか見定めなければなりません。情報の面で敵より優れていなければならないのです。

イスラエルにとって、なぜインテリジェンスが重要なのか。情報は生存のためだけではなく、国家の発展のためにも重要な鍵を握っているのです。敵に先んじられるよう、能力を強化する。そのための組織がモサドなのです。

モサド元長官エフライム・ハレビ=渡辺丘撮影

インテリジェンスとは単に情報を集めるだけでなく、敵と戦う手段でもあります。常に優勢を保つため、絶え間ない紛争の水面下で敵に気づかれることなく、事に当たらなければなりません。敵が何をしたいのか、どんな武器がほしいのかといった情報を集める。そのうえで、敵の攻撃を妨害するためのオペレーション(作戦)も行います。ときには敵に武器が渡らないよう第三国に働きかけることもあります。作戦について詳しくは話せませんが、我々に損害を与えたいと考える敵に、そのための能力を与えない。我々は、そのことにかなり成功してきたということだけは言えます。

外交官も情報を取りますが、この種の秘密情報収集は情報機関の仕事です。だから世界中のあらゆる国が情報機関を持っている。日本も例外ではないでしょう。

「敵国」との良好な関係を結ぶための秘密接触をすることもあります。1979年、イスラエルはエジプトと平和条約を締結しました。この際、モサドが両国をつなぐ重要な役割を果たしたのです。まず接点をつくる必要がありました。モサドは長年、モロッコ国王と関係があり、当時の長官が国王の支援を得て、イスラエル外相とエジプト副首相の秘密会合を設定できました。これが秘密の和平交渉の始まりでした。

94年に締結したヨルダンとの平和条約を巡っては、私自身がイスラエルのラビン首相の特使として、ヨルダンのフセイン国王と秘密交渉にあたりました。情報機関は重要な問題について、より落ち着いて話ができるよう、秘密接触を重ね、発展させていきます。

過激派組織「イスラム国」(IS)のような新しい脅威に対しては、まずは内部に情報源をつくり、ISが何をしたいのか、情報を得て、テロを防ぐ努力が必要です。日本もまたISの情報収集が必要です。そのためにどうしたらいいか。公にはできないが、日本の情報機関が求めれば、我々は話をするでしょう。

私はモサドで40年働き、日本とも関係がありました。日本を訪問したこともあったし、日本の当局者がイスラエルを訪ねてきたこともあります。当時から互いに協力し、今はより密接になっているのではないでしょうか。私は日本の「先生」ではなく、何かを教えるという立場にはありません。日本はこの分野で強い伝統があり、自信をもつべきだと思います。(聞き手・渡辺丘)

 

Efraim Halevy  1934年、英国生まれ。61年、モサド入局。98年から4年半、同長官を務めた。著書に「モサド前長官の証言『暗闇に身をおいて』」(邦題)。

■短期集中連載「イスラエル情報機関「モサド」の素顔に迫る」