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舞台は地球の裏側のスタートアップ大国 100人に会って働く国決めた

私の海外サバイバル
2018年のサッカーW杯では、各地のバーがユニフォーム姿のファンで盛り上がった

■私のON

「日本を出て海外で過ごしてみたい」。そう考えるようになったのは、30歳を過ぎてからです。大きなきっかけは08年のリーマンショックと、その後の不況でした。

私は帰国子女ではありませんし、それまで留学経験もありませんでした。それでも、日本でひとつの会社にずっと勤める人生はあまり考えていませんでした。そういう世代だったのかも知れません。私たちは、学生時代に山一証券の破綻などバブル崩壊を象徴するできごとを次々と目の当たりにしました。就職活動は「氷河期」のさなかです。「終身雇用制度は、もう成り立たないだろう」と考えていました。

私は外資系のコンサルタント会社に就職することができましたが、会社にずっといるつもりはなく、2年後、仲間と家具のレンタルやインテリアデザインの企業を立ち上げました。

起業家と言うと聞こえはいいですが、つまりは零細企業の経営者です。資金調達、企画、営業などをすべて自分でこなすことになります。少しずつ人脈を広げ、インテリアデザイナーの資格を取り、日々あがきながらなんとか続けていったというのが実感です。

それでもリーマンショックの影響は大きかった。私たちのような小さなビジネスにもここまで影響するのか、と思い知らされるほどでした。

そんななか、もともと持っていたMBA留学への希望が膨らんできました。経済や経営について、もう一度学び直す必要があると思ったのです。

コンサル会社にいたころから、キャリア形成の過程でMBAを取得するのは、当たり前の選択肢でした。ですが、なかなか仕事を離れることができなかった。

こんな苦しい時に会社を離れていいのか、という思いもありました。それでも40歳を超えると年齢的になかなかMBA留学も難しい。この決断は自分にとっては難しく、そしてとても大きなものだったと思います。

留学先には、スペインを選びました。日本人が少なそうだったからです。みんなと違う経験を積まないといいアイデアが出ないだろうと考えていました。

留学してみて気づかされたのは、日本企業の存在感の薄さです。米国などでは日本企業もそれなりの存在感があるのでしょうが、スペインでは中国や韓国企業はよく知られているのに、日本の企業はあまり知られていませんでした。

「日本の企業は、もっと海外に出る力があるはずだ」。そう思うようになり、自分も海外で働く道を探し始めました。

スペインの学校には中南米出身の同級生がたくさんいました。そこでインターンをしながら3カ月間、中南米13カ国をめぐり、いろんな人を紹介してもらって100人以上に会いました。最終的に決まったのが、自分が最初に就職したコンサル会社のブラジルオフィスです。

ところが、いきなり言葉の壁に直面しました。「英語の仕事もあるから」と聞いて入ったのですが、クライアント企業を訪ねると、会議はすべてポルトガル語。資料をまとめようにも、ポルトガル語ばかり。翻訳サイトがなかったら、仕事にならなかったと思います。

そして、ブラジルの人たちは優しかった。オープンというか、いろんな人が集まっているので外国人を受け入れる懐の深さがあります。言葉がさほどできなくても、自分たちにプラスになるなら話を聞くという態度で接してくれました。

サンパウロ州内陸部の農業系スタートアップに特化した起業支援施設を訪れ、ミーティングに臨む。(左上が中山さん)

会社を経営していた経験も生きました。経営陣や管理職など、経営判断をする人たちの心情が分かるようになっていたからです。これには言葉は関係ありません。片言でも、コーヒーを飲みながら雑談をし、人間関係をつくっていきました。もちろんこちらの能力も見られていたと思います。人間性や一生懸命さを分かってもらうことが次につながったと思います。

14年にコンサル会社をやめ、16年に、こちらのスタートアップに投資する会社を立ち上げました。私は日本人なので、日本とブラジルをつなぐ仕事をしたかった。でも地球の裏側ですから人を連れてきたり、モノを運んできたりするのは結構大変です。でも、お金なら連れてくることができますし、それが日本の企業がブラジルに来る足がかりにもなる。日本で会社を経営していたときにも資金調達には苦労しましたので、そうした経験も生かせると思いました。

こちらは紹介文化ですので、紹介さえあればいろんな所に入っていきやすい。起業までの2年間、人から人へと紹介してもらいながらとにかく多くの人に会いました。中にはいい加減な人もいましたし、相性が良くない人もいました。でもそうした経験が、投資先を選ぶうえでの財産にもなっています。

投資先の農業関連ベンチャー企業のメンバーらと(右が中山さん)

いまは10社ほどに投資し、経営相談などに乗っています。ブラジルで感じるのは、成長への勢いです。企業の評価額が10億ドル(1100億円)に達するような新興企業が、この2年弱で8社も誕生しています。大企業の優秀な技術者などがスタートアップに移る動きも出てきました。この1~2年で、さらに大きく変わるのではないかと感じています。

仕事が大変なのは、どこでも同じ。日本でもそうでしょう。でも、ここでこの仕事をしているのは自分だけですので、同期の出世やライバルの業績といった余計なことを考えることもありません。個人的には、それも大きなことですね。

■私のOFF

仕事ばかりしているので、なかなかオフがありません。それでも、こちらの環境をひとことで言えば「気楽」です。たとえば満員電車で通勤するといったことがありません。人もやさしく、赤ちゃんなどを見れば、みんなが話しかけています。サンパウロからでも、車で1時間も走れば、きれいな海や山といった雄大な自然を楽しむことができます。

シーフードを煮込んだブラジルの伝統料理、ムケカ

日系人のコミュニティーも大きく、日本の食材も豊富です。月に何度かは日系人街を訪れ、納豆や日本の調味料を買い込んでいます。

治安の面では路上での強盗事件などが起きていますが、抵抗せずに金やスマホを差し出せば命まで狙われることはない、と言われています。

どうしても仕事に疲れたり、悩んだりしてしまったときの特効薬は「リオ充」です。世界有数の観光都市でもあるリオデジャネイロを訪れて気持ちをリフレッシュし、「充電」するのです。

リオは何十回も訪れていますが、この街の空気は特別です。街へ出て、さらにイパネマやコパカバーナといったビーチを歩くと、一気に気分が晴れます。

ビーチで欠かせないのが「カイピリーニャ」。さとうきびからつくられるカシャッサというお酒をベースにしたカクテルです。ビーチに寝転がってカイピリーニャを飲んでいると「人生、なにか困ってたっけ?」という気分になります。

ブラジルで人気のカクテル「カイピリーニャ」

ブラジルの人たち自身が、そうやって人生を楽しんでいるようです。ビーチや街で楽しそうなブラジルの人たちの姿を見ていると、細かなことは、大したことがないんだなと思えてくるのです。(構成・西村宏治、写真は中山さん提供)