2019年になってもなお、乱雑にしている男性は受け入れられるというのに、乱雑な女性は認められない。最近発表された三つの研究は、多くの女性たちが本能的に気づいていることを確認した。それはつまり、家事は依然として女性の仕事だということ、とりわけ男性と同居している女性にとってはそうであるということだ。
そうした研究の一つによると、女性は一人暮らしの時よりも男性と一緒に暮らしている時の方がもっと家事をしている。もう一つの研究によると、男性は前の世代の男性たちよりも家事に割く時間が多くなったが、料理や掃除といった伝統的に女性の雑用とされてきた仕事はしないのが一般的だ。三つ目の研究は、その理由を指摘している。すなわち、家が散らかっていたり、家事をやっていなかったりすると、社会的に否定的な評価を受けるのは男性ではなく、女性だということ。
これは、個々人がどう考えていようが、社会的な道徳観がいかに行動を規制するかということを示す一例であると研究に関わった社会科学者たちは言っている。それがジェンダー(社会的な意味合いからみた男女の性区別)の問題となると、家事についての期待が最も変化のペースが遅い。
「誰もが固定観念や期待が何であるかを知っており、個人的にはそれを是認しなくても、やはりそれが行動に影響を及ぼす」のであり、本人はジェンダーの役割について進歩的な考え方をしていると言っている場合でもそれは当てはまるとサラ・テボーは指摘する。米カリフォルニア大学サンタバーバラ校の社会学者で、三つのうちの一つの研究論文の著者の一人だ。
女性が無給の家事労働に費やす追加時間が性差別の根源である。男性と女性が家庭とどうかかわるか、そして女性が有償の仕事にどれだけの時間を割くかに影響してくる。
米労働省のデータによると、1日のうち家事をする時間は、女性が平均2.3時間、男性が同1.4時間。男性が、家事を(女性と)均等に分担していると主張したとしても、データはそうではないことを示している(女性は、職場でもそうした類いの雑用を多くこなしている)。
米学術誌「Demography(人口統計学)」に掲載された最新研究の一つは、「American Time Use Survey(ATUS=米国人の時間利用調査)」のデータを分析した。それによると、男性と結婚し子どものいる母親はシングルマザーよりも多くの家事をこなし、寝る時間やレジャーに費やす時間が少ないことが明らかになった。
「女性には良き妻や良きパートナーであることが期待されているとの思いが人びとには依然として強く、誰かと同居している場合はその規範を保持している可能性がある」。米メリーランド大学のジョアンナ・ペピンの指摘だ。同大の同僚リアナ・サイヤーや南カリフォルニア大学のリン・キャスパーと共にこの論文を書いた社会学者だ。
ペピンは、男性が家事の量を増やしている、シングルマザーはもっと疲れている、あるいはシングルマザーと一緒に暮らす子どもたちが日々の家庭の仕事をすませている、などの可能性も挙げている。
研究によると、女性は、毎日の掃除や料理といった家の中の仕事を(男性より)多くする傾向がある。一方、男性の場合は、芝刈りや洗車など、さほど頻度の高くない屋外の雑用が多い。
学術誌「Gender & Society(ジェンダーと社会)」で発表された別の研究は異性間結婚をした人たちを調べたもので、都市部に住む男性は郊外や田舎に暮らす男性に比べて屋外の雑用に割く時間が少なく、その他の雑用にも時間を費やさないことがわかった。女性は、住む場所に関係なく、同じ時間を日々の家庭の仕事に費やしている。
このことは、どれだけの量の家事が女性の仕事とみなされているのかを示していると研究者たちは言う。米オハイオ州立大学のナターシャ・クワドリンとメリーランド大学のロング・ドーンだ。彼らは「ATUS」や「Current Population Survey(最新人口調査)」のデータを使って研究した。
彼らは、男らしくあるには二つの道があり、普通は男性がする家事をするか、普通は女性がする仕事を拒否するかだと結論づけている。
こうした研究は、調査データを基に、人びとがどのような行動を取るかを示している。5月発行の学術誌「Sociological Methods & Research(社会学的な方法と調査)」に載った研究は、なぜ女性はより多くの家事をするのかについての解明を試みている。研究者たちは、人びとをそうした行動に駆り立てる考え方を探り出す実験を行った。
乱雑な居間や台所――カウンター上に置かれたままの皿、雑然としたコーヒーテーブル、ばらばらになったブランケット――の写真や、これとは対照的に整然とした同じ場所の写真を計624人に見せた(この実験では、社会科学者の間でよく知られる「MTurk」という調査基盤を採用した。実験の参加者たちは相対的に教育レベルがやや高く、白人の比率が高い、よりリベラルな人たちだった)。
実験の結果は、女性は乱雑さに対し本質的に寛容度がより低いという古くからの説を覆すものだった。男性たちもちりや雑然とした書類の山に気づく。しかし、清潔さに対しては(女性と)同じ社会的基準に縛られているわけではないことが研究で判明した。
実験参加者たちは、ある女性が清潔な部屋に住んでいると聞かされると、男性がそこにいる時よりも部屋の清潔度は低いと判断し、その部屋を訪れた人たちが彼女を肯定的にみる可能性は小さく、訪問者といる時の女性自身の快適度も低いとみなした。
男性であれ女性であれ、部屋を乱雑にしていればペナルティーを科される。回答者たちは、そこが男性の部屋だと聞かされると、より大急ぎで掃除する必要があり、男性の方が乱雑にしている女性よりも責任感や勤勉さが足りないと言う。研究者たちによると、乱雑であることは無精な男性の証しという固定観念を強めるものらしい。
しかし、重要な相違がある。実験参加者たちが言うには、乱雑な男性は、女性の場合と違って、部屋を訪ねてきた人たちを不快に感じさせることが少ない。
「男性たちが乱雑にしていると、ネガティブな固定観念を引き出すかもしれないが、そのことで社会的に深刻な影響はないと考えられるから、別にどうということはない」とテボーは言う。彼女は米エモリー大学の社会学者サビノ・コーンリッチや豪メルボルン大学の社会学者レア・ルッパナーとともに今回の研究を行った。「男の子はどこまでも男の子だということだ」と彼女は指摘する。
ほとんどの場合、回答者たちは部屋を掃除するのは女性の責任であり、特に異性間結婚をしていてフルタイムで共働きをしている場合はそうだと言っている。
「それが増長されるのは、いわく言いがたい」とダーシー・ロックマンは言う。男女の不平等な分業についての新しい本「All the Rage(怒り)」の著者で、臨床心理学者でもある彼女は、「『夫の負担を軽減してあげるべきだ』と思うのはもう習慣的なのだ」と語った。
社会科学者たちはここ数十年間、こうしたプレッシャーについて調査してきた。社会学者アーリー・ラッセル・ホックシールドは1989年、「The Second Shift」(日本語版は「第二の勤務――アメリカ 共働き革命のいま」)という本を書き、共働きの夫婦の場合でも女性が男性より家事や育児にいかに多くの時間を費やしているかを立証した。また98年には社会学者のバーバラ・リスマンが著書「Gender Vertigo(ジェンダーのめまい)」で、人びとは一定の役割を果たすために男女それぞれからどうプレッシャーを感じているかについて論じた。
以来、男性の役割も女性の役割も人生における多くの部分で変化を遂げてきた。だが、家事についてはそうではない。リスマンによる昨年の研究だと、米国人たちは家庭よりも職場における男女平等を重視しているようだ。
より大きな力がこうした信念を形作っている。雇用主は従業員たちにますます勤務に即応することを要求するようになっており、共働きの親の片方(通常は母親)が家庭での要請に応えるために離職を余儀なくされている。このことは同性カップルにも起きており、単にジェンダーの問題ではないことを示唆している。それは有給の仕事のありようの問題でもある。
男性がもっと家事を担うよう奨励する政策――カナダやスカンディナビア諸国で導入されている父親の育児休暇のような奨励策――によって、男性の家事参加が増えていることは事実が証明している。
男の子たちがどう教えられて育つかによって通念が生まれる。研究者たちによると、母親が有給の仕事をして、父親が家事をこなす場合、その息子は家事により多くの時間を割く成人になる。
目下のところ、私たちは、次の世代では女の子たちが家事に(今より)時間を費やさなくなるだろうと思っている。とはいえ、男の子たちがもっと家事をするようになるわけではない。(抄訳)
(Claire Cain Miller)©2019 The New York Times
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