婚約指輪を探すとなれば、ミシェル・デマリー(38)はちょっとした冒険家のようになる。世界中をかけめぐることだって、いとわない。
ロサンゼルス近郊の高級住宅街ビバリーヒルズに4年前、ブティック「ミス・ダイヤモンドリング(Miss Diamond Ring)」をオープンした。客の求めをよく聞いて、ピッタリの宝石類をあつらえる。そんなコンシェルジュとしてのサービスが売りだ。予算の多くは3万5千ドルから6万ドルといったところ。これまでの最高額としては、45万ドルの取引をしたこともある。
宝飾ブランドの中でも最高級のハリー・ウィンストンやティファニー、ヴァンクリーフ&アーペルでの経験が、デマリーの見る目を鍛えてくれた。さらに、この道の専門家や卸売人と知り合って築いた人脈が、今に生きる。割安な仕入れも可能にしてくれるからだ。
「単に店頭で買い求めると、その店の在庫の中から選ぶことになり、自分の予算に見合った最もよい選択肢を逃してしまうかもしれない」とデマリー。「店としては自分の在庫を売りたいし、卸売りにあたるとしても、せいぜい一、二の業者だろう。私なら、世界中から最良の品を探し出す。それも、中間マージンを省いて」
不動産屋でマイホームを探すのと同じように、後から追加の料金を求められることはない。前もって決めておいた手数料か、卸売人のもうけの一部に相当する額が対価になる。
では、実際にどんなことをしているのか。ビバリーヒルズ北方のシャーマンオークスで娘のシャーロット(5)と暮らすデマリーを直撃した。
問:いま一つ具体的な仕事のイメージがわかないが。
――電話を受けると、15分ほど話して、客の求めとこちらが提供できるサービスとがうまく合うかどうかをまず見る。それがマッチすれば、さらに30分ほど話して、先方のニーズを細部まで詰める。既製品の指輪を希望なら、求めに見合った品がありそうな宝石店や卸売人にあたって、4点から8点のセレクションを作り、その中から選んでもらう。
特定の宝石やダイヤを探すときは、2週間ほどかけて40人から50人の世界中の卸売人に接触する。提案された品を5点から8点に絞り込み、このうち3点を依頼主のカップルに提示する。ほとんどは、写真やビデオを電子メールで届けての説明になる。
問:ということは、5万ドルを超えるような指輪でも、試しに指にはめることもなく買ってもらうということになるのか。
――その通り。顧客の9割はそうして購入する。GIA(訳注=Gemological Institute of America。米国宝石学会。カリフォルニア州にある世界的な宝石の鑑別・鑑定・教育機関)の保証書を付けており、これも電子メールで送る。試してみたいときは、大きな都市に住んでいれば、実物を航空便で届けている。
問:まるで狩人みたいなことをなぜするのか。
――宝石のどこに気を付けたらよいのか、普通の人には分かりづらい。例えば石の「内包物」や「個性」などといわれても、すぐにピンとくる人はそうはいない。しかも、宝石はみな千差万別だ。
だから、この仕事が必要とされる。自分の場合、希望の品の対象となる石を集め終え、整理が済んだら、個別に見ていく。輝き、活力、明るさ、全体のきらめき、動かしたときの光り方といった要素をチェックし、最後に全体としての美しさを評価する。
仕事をする上で、築くのに何年もかかった人脈が、すごく役に立っている。芸能一家のカーダシアン家や米俳優ブレイク・ライブリーが、有名な高級宝飾店と併せてどの宝飾職人を使ったかは知られていないが、私の耳にはこのルートから入ってくる。
問:オーダーメイドの指輪が持つ利点は何か。
――手作りにすると、選択肢が無限に広がる。そのこと自体が魅力的だし、できた指輪は特別なものになる。輪の部分や宝石にカップルが彫り込みを入れるのは、その一例だ。ある顧客は、「いつも、そしていつまでも」という言葉をダイヤに刻んでもらった。10倍率の拡大鏡でしか読めないが、本人はそう書かれていることを知っている。輪の部分にパートナーの指紋を刻み、常に一緒にいると感じられるようにしたカップルもいる。
問:この仕事の一番よいところは。
――どの指輪にも、物語がある。そのカップルの物語だ。仲たがいして8年間も別れていたけれど、またよりを戻したこと。高校時代の恋人同士が、15年後に再会したこと。そんな愛の物語が、買い求めるどの指輪にも込められるようになる。その一つ一つを聞かせてもらえる。そして、自分があつらえた指輪に、そのカップルのこれからの願いが宿る。
問:婚約指輪を探す場合に最も気を付けてほしいことは。
――ダイヤの形には、必ず長短がある。まず、それをおさえておくこと。透明さや色、カラットは、選んだ形によっても違ってくる。
保証書にあることをどう解釈するかのアリ地獄に陥る危険もある。そうならないためには、自分で考えてみよう。「この石なら、私を輝かせてくれるだろうか。この指輪はどんなふうに見えて、どんな気持ちにさせてくれるだろうか。目に見えない価値は、どう対価に含まれているのだろうか」と。
難しいのは、ダイヤの透明度のグレードだ。丸形のラウンドブリリアントのカットだと、多くの場合はVS1ならSI1より1万ドルも高くなる(訳注=VS1もSI1も透明度スケールの一つ)。その辺の違いになると、先のGIAの保証書に頼るしかない。
問:ダイヤで好きな形は。
――自分の好みは、毎年のように変わっている。かつてはクッションカットが好きだったけれど、それがオーバルカットになった。今、熱中しているのはペアシェイプ。ソフトで繊細かと思うと、激しく情熱的にも見えるという女性の持つ両面を備えているからだ。その幅の広がりがすごいし、輝きはとてつもなく素晴らしい。
問:最新の流行は。
――ダイヤそのものの形でいえば、オーバルカットがかなりはやっている。その次がペアシェイプで、こちらは上昇中。この二つの人気は、まだ続くだろう。
(訳注=ダイヤを貴金属で固定する)セッティングという点から見ると、(訳注=メインの石の周りを一周するようにダイヤをあしらった)ヘイローは下火になっている。古典的なソリテール(訳注=宝石を一粒だけ施した指輪)をアレンジして、石を増やしたタイプは注文が増えている。
指輪の材質でいえば、年代がかった感じのするイエローゴールドが人気を集めている。自由な暮らしに憧れた1970年代のボヘミアンルックが復活しているからだ。
問:最も大変だった客は。
――大きな石を求めた一人の女性客だろう。私も、知り合いの卸売業者も、サーカスの輪くぐりをさせられる動物のような気持ちにさせられた。
いろいろなところで、時を選ばずに会うことにこだわり、巨額な購入話を続けた。対象となる石には、保険をかけねばならないほどだった。あげくの果てに、買うのをやめたので、手元に集めた石を手放した。ところが、やはり買うということになり、再び入手し直さなければならなかった。最終的には指輪を一つ買ったが、後でもう欲しいとは思わなくなったということだった。
問:仕事で最も満たされるのはどんなときか。
――希望を満たす指輪が見つかると、有意義なことをしたという満足感に包まれる。特定の石を見つけ出したということだけではない。そのカップルが、人生の次のステージに進むのを手伝うことができたという意味も含めてのことだ。(抄訳)
(Alix Strauss)©2019 The New York Times
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