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87歳の市民運動家が「立ち上がる民の物語」を書いた

Bestsellers 世界の書店から
西岡臣撮影

珍しく、手書きで書かれた作品が目についた。『ポソンバルの物語』は、87歳の今も現役の市民運動家、白基玩(ペク・キワン)の小説だ。労働運動の現場にも、政権交代を訴えたろうそくデモの先頭にも、いつも韓服をまとい白髪の、この人の姿がある。外来語は一切使わない主義。この作品では漢字語も使用せず、古くから民間で使われた言葉だけで書いた、とある。見慣れぬ単語が多くて、巻末の解説を幾度もひっくり返した。辞書にない言葉は、方言か造語か区別がつかない。

ポソンバルとは裸足のこと。5歳の主人公の名だ。山奥で母と暮らす。代々続く農奴の身分から一生逃れられないのが朝鮮時代の習わしだが、母は息子を世のしがらみから放とうとする。ポソンバルは偶然出会った男の子たちと、初めて海へ出かける。追っ手から逃れて雪山で倒れ、猟師に命を救われた。他人との出会いが、ポソンバルの目を社会へと開かせる。

しかし追っ手に捕まり、沼地の干拓工事に駆り出される。10年続いた休みない重労働の中で、幼なじみのケアミと再会し、彼の言葉に啓示を受ける。「この土地は、俺らの命で埋めた墓だ」。両足を棒でたたき折られ捨てられたケアミを抱き、逃げるポソンバル。山奥に隠れ住む貧しき人々には、見知らぬ他人を助ける人情、歌や踊りで苦しみを紛らわせる文化があった。

一握りの土地も持てないと嘆いた母の恨みを晴らさんと地面を踏みつければ、怒りの足踏みは岩をも砕き、ついに神通力を発揮する。3月1日、ポソンバルの足踏みで海が割れ、広大な土地が出現した。農奴だった民は、自分が地主になる、自分の王国をつくると大騒ぎ。海の命をなぜ奪ったかと責める老人。土地争いの心労で白髪になってしまった幼子たち。人の心に巣くう果てなき欲望を知る。ポソンバルこそ不条理な世をひっくり返す人だと、うわさは広まる。共に汗を流し、共に豊かになる「ノナメギ」の世を勝ち取ろうと、民衆は立ち上がる。

冒頭、「80年にわたって自分の中に流れる涙のような物語」とある。大手術の病床でも原稿整理を続けた。登場人物に著者の人生が投影されている。民主化運動の生き証人はみじんの揺るぎもなく、今も抑圧や差別と戦い、自然と人とが共にある喜びをうたう。

■現代史を鉛筆でつづる

小説家の金薫(キム・フン)は、手書きの作家の代表格だ。新作はその名も、『鉛筆で書く』というエッセー。発売直後の4月第1週のリストに登場した(アラジン総合リスト第3位)。

母におぶわれて逃げた朝鮮戦争。中学生のとき4.19革命があり、角材で頭を割られた学生を目撃した。「しばらくの間、国家権力が怖くて、学校に行くときも警察署や洞事務所の前を通らず遠回りした」

軍隊での経験や民主化闘争。飢寒の恐怖からはい上がった記憶は、まさに韓国の現代史だ。

反共のシンボルとして小学校の校庭に据えられた少年イ・スンボクの銅像の話。女が字を知ったら婚家の悪口を手紙に書くと、文字を教えてもらえなかったおばあさんたちが、老いて文字を習う喜び。「愛国」を生業とする勢力が自由を抑圧し「自由民主主義」を唱える欺瞞など、過ぎた時代の闇や真相がつづられる。

綿密な資料調査に基づいた歴史小説を得意とする作家は、その執筆の過程にも触れた。

『孤将』(新潮社)では、食糧不足を朝廷に幾度上訴しても聞き入れられなかった李舜臣(イ・スンシン)将軍の心の闇をのぞきこんだ。『弦の歌』で琴の名人、伽耶国の于勒(ウルク)を描いたとき、鉄を溶かして物を作る人の営みに注視した。「武器と楽器と道具が同じ時代の同じ場所に登場する。人間は難解だ」

今年71歳。友人の葬式を描写し、老いを考え、さりげない日常をいとおしむ。「赤ん坊の口の中で言葉が乳歯のように芽生えていた。私はうれしくて笑った」

鉛筆で書いては消しゴムで消し、夕方には机の上にカスの山ができるという。筆圧をかけて紡がれた深き言葉に、読者は酔う。「方言とは母国語の空に光る数多くの星たちだ」「落葉は凋落ではない。木の時間の中で、落葉は新生に向かう流れなのだ」

■生前、1冊も出さなかった詩人

1960年生まれの早世の詩人、奇亨度(キ・ヒョンド)の『道の上でぶつぶつ言う』。生前には1冊の詩集も出せず、死後に遺稿が編まれて出版された。

「……崩れる物が残っているのはなんて楽しいのだろう、過程を楽しむのはなんて退屈なんだろう……『午後4時の回想』より」

大学時代から詩作を始め、新聞記者になっても書き続けた。

詩の中には、憂鬱な記憶、暗闇、霧、黒いコートの男などのイメージが登場する。70~80年代のソウルの、くたびれた路地や下水の臭いが漂う陰気な建物が目の前によみがえってくる。

今年、30周忌を記念して詩集が出た。町の色も道行く人の姿もすべてが変わってしまった今、彼の暗い絶望が自分の慰めになると言う読者がいる。空の上からそれを見下ろして、詩人は笑うだろうか、それとも顔をしかめるだろうか。ネットの中に、ペンを握る記者時代の古い写真があった。

韓国のベストセラー(文学)

2019年3月第5週 インターネット書店アラジン集計

『 』内の書名は邦題(出版社)

1 인어가 잠든 집   『人魚の眠る家』(幻冬舎)

히가시노 게이고  東野圭吾

韓国語訳出版と同時に1位に躍り出た。映画は韓国では公開されていない。

2 천국보다 성스러운   天国よりも聖なる

김보영, 그림/변영근    キム・ボヨン、イラスト/ピョン・ヨングン

夕暮れ時、光化門に神が降臨した。美しいイラスト付きの人気SF作家の小説。

3 Re:제로부터 시작하는 이세게 생활 17 『Re:ゼロから始める異世界生活17』

(KADOKAWA)

나가츠카 탓페이, 그림/오츠카 신이치로  長月達平、イラスト:大塚真一郎

ウェブで連載中の人気ライトノベル。発売前の予約販売だけで3位に。

4 가장 예쁜 생각을 너에게 주고 싶다  最もかわいい考えをおまえにあげたい

나태주 ナ・テジュ

ナ・テジュの詩集がまた、テレビドラマで取り上げられて人気だ。

5 길 위에서 중얼거리다  道の上でぶつぶつ言う

기형도     奇亨度(キ・ヒョンド)

時代を超えて読み継がれる、早世の詩人の30周忌を記念した詩集。

6 내가 있는 곳   私のいる場所

줌파 라히리     ジュンパ・ラヒリ

インド系アメリカ移民の作家がイタリア語で書いた小説。原題はDove mi trovo。

7 역시 내 청춘 러브코메디는 잘 못됐다 13  『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。13』(ガガガ文庫)

와타리 와타루, 그림/퐁칸8    渡航、イラスト/ぽんかん8

人付き合いの苦手な高校生を描いたライトノベル。日韓若者の意識は近い。

8 버선발 이야기  ポソンバルの物語

백기완   白基玩(ペク・キワン)

民主化運動の闘士が命がけで書いた物語は、実に難解で手ごわい。

9 버드 스트라이크  バードストライク

구병모   ク・ビョンモ

高原で暮らす「翼人」が都市にとらわれた。現実を刺す刃が光るファンタジー小説。

10 꽃을 보듯 너를 본다   花を見るようにおまえを見る

나태주   ナ・テジュ

世代を問わず愛され続ける、野の花を歌う詩人。読者が選んだ詩選集。