■政権批判で左遷、解雇 記者たちが再び集まった
――韓国社会の「タブー」に挑戦するタパに世界の報道機関が注目しています。
李明博政権に批判的な報道をして左遷されたり、解雇されたりした公共放送の記者やプロデューサーら10人ほどが集まり、2012年、動画サイト「ユーチューブ」でインターネット番組を始めたのがタパの始まりです。いまは、協力してくれているフリーのジャーナリストらも入れると、スタッフは70人ぐらいです。
租税回避地の実態を明らかにした国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)のプロジェクトには、韓国唯一のパートナーとして、13年から参加しています。最初のオフショアリークスでは、全斗煥元大統領の息子や財閥が巨額資産を隠していた疑惑、16年のパナマ文書では、盧泰愚元大統領の長男が税回避をしていた疑惑を報じました。これによって、タパの名前が世に知られるようになったと思います。
――保守政権の李明博、朴槿恵政権下で、市民はタパを「かじりつくように」観ていたと聞きます。既存メディアに対するタパの優位性とは何だったのでしょう。
韓国のメディアには、二つの大きな問題があります。一つは、政治的な圧力を受けやすく、政権に有利な報道をしがちなこと。もう一つは、商業的で、広告主でもある財閥の支配を受けやすいことです。李明博、朴槿恵と続いた保守政権は公共放送の人事を握り、番組の内容に介入したと疑われるケースが相次いでいました。政権に批判的な報道に携わった多くのプロデューサーや記者らは異動、解雇され、検察に逮捕された人さえいます。既存メディアからは、政権や財閥に批判的な報道はなくなっていました。
一方、タパはユーチューブでいつでも、誰でも観ることができます。政権や財閥の意向に左右されることもありません。最初の番組は、地方選挙で投票所の場所が相次いで変更されていた問題を取り上げました。与党が投票率を下げて選挙を有利に運ぼうとした疑いがあったからです。選挙管理委員会は取材に対し、投票所の小学校や公民館が「急なイベントで使えなくなった」と説明しました。しかし、それぞれの施設に問い合わせると、そんなことはなかった。与党の介入までは証明できませんでしたが、不自然であることは明らかになり、この番組はユーチューブで100万PVを稼ぎました。
その後、サムスン電子系列の工場で、従業員が白血病を相次ぎ発症していた問題や、大手のサンヨン自動車を解雇された約20人が自殺した問題などを取り上げました。いずれも、既存メディアは無視していました。それらを報じたことが、市民の信頼を得られるようになったきっかけかもしれません。
――タパにタブーはないと?
韓国の報道機関には、二つの「聖域」があります。情報機関のNIS(旧KCIA)と大財閥のサムスン電子です。タパでは、朴槿恵が当選した大統領選で、NISが秘密組織をつくり、ソーシャルメディアの操作をしていたことを、ツイッターの解析によって裏付けました。また、サムソン電子会長による買春疑惑(16年)では、現場のマンションが同社の役員の名前で借りられ、会社が家賃を払っていることを報じました。いずれも捜査機関が動き、事件に発展しました。タパには聖域がないことを社会に証明できたと思います。
■4万人の会費が支え
――非営利団体が運営している点も特徴的です。
放送開始当初は、言論財団の支援を受けて、記者やプロデューサーは手弁当でした。12年末の大統領選後に活動に区切りをつけようと考えていたのですが、保守政権が続くことになり、市民がネット上でタパの存続運動を始めました。支援者が2万人に達し、寄付の申し出もあったので、2013年に会費(寄付)の受け皿となる非営利団体「韓国調査報道ジャーナリズムセンター(KCIJ)」を設立しました。
ピーク時の会員は約4万2000人。現在は3万8000人ほどです。1人当たりの平均月額は1万5000ウォン(約1500円)です。学生が小遣いをやりくりして、月5000ウォン(約500円)を払ってくれる場合もあれば、月500万ウォン(約50万円)を払うお金持ちもいます。基本は口座からの引き落としですが、一時会員の制度もあり、市民が参加しやすいよう工夫しています。ただ、報道の中立性を保つために、特定の個人や団体には依存しないようにしています。
■動画、映画……新しい武器
――韓国では革新の文在寅政権が誕生し、「(左派の)タパは役割を終えた」という人もいます。
確かに一時と比べて、会員は減りました。ただ、政権交代後も、貧富の格差や若者の失業、財閥など社会の構造的な問題は変わっていません。広告に頼る既存メディアの限界も同じ。市民からの情報提供も続いています。最近では、与野党の国会議員がソウル市内に資産を貯め込んでいたことがわかりました。問題は保守、革新を問わないのです。
現在タパはほぼ毎日、番組をアップしていますが、視聴者が次を観たくなる番組づくりを工夫しています。各10分の連続番組もあれば、50分の大型番組も作ります。視聴者は、ニュースも観たいときに観るようになってきています。会員にはアラームで特報番組を予告したり、ニュースレターで番組情報を送ったりもしています。
――2本のドキュメンタリー映画「スパイネーション/自白」と「共犯者たち」は韓国で大ヒットし、日本でも公開中です。
タパで情報機関による北朝鮮のスパイ捏造事件を3年かけて追い、「自白」はその番組を再編集しました。劇場公開のためには、一般の観客を対象としたクラウドファンディングを実施し、ストーリーファンディングでは、過去最高の4億3000万ウォン(約4300万円)が集まりました。市民が、情報機関について知りたい、変えるべきだという呼びかけに応えてくれたのだと思います。
14万人を動員し、興行収入はすべて、冤罪の被害者を支援する弁護士会に寄付しました。保守政権による公共テレビへの政治介入を追及した「共犯者たち」は26万人を動員しました。昨年の収入は、会費やドキュメンタリーの上映、書籍販売や講演などをあわせて50億ウォン(約5億円)でした。映画は映像ジャーナリズムの大きな武器です。
■個人が主体的に考え、動くための情報を
――タパの社会的役割をどのようにとらえていますか。
既存メディアはニュースをいかに早く報じるかが大切です。私も、公共放送にいる時はそうでした。ただ、複雑な現代社会では、社会の裏側にある構造的な問題を掘り起こし、報じることが必要です。そのために調査報道が重要になってきます。その際、あらゆるデータを集め、分析することで、一定のパターン、新しい事実がみえてきます。
例えば今年、お金さえ払えば参加できる「ニセ国際学会」を取材した時には、ドイツの公共放送、英ガーディアンなどと協力して、データを収集しました。国の補助金を受給する多くの研究者が、京都など観光地で開催される学会に出席していることが分かり、報道後には国の実態調査も始まりました。私も主催者に適当な論文を提出して、学会に潜入したんですよ。
――政権や財閥の圧力を感じることはありませんか。
ありません。私たちは最初から権力に批判的な報道を続けているので、逆効果だと思っているのではないでしょうか。広告がないので、圧力をかける手段もありません。
ただ、「自白」の公開後、登場する検察官から名誉毀損で訴えられました。これは、民事、刑事ともに私たちが勝ちました。「共犯者」の公開前には、公共放送MBCが上映中止を求めて提訴しましたが、こちらも勝訴しました。逆に、いい宣伝になったぐらいです。大切なのは、真実を報じること。誤報には最大限注意しています。それでも、万一、高額な損害賠償が発生した場合に備えて、基金を準備していはいます。記者には「会社が必ず守るから、萎縮せずに報道しろ」といつも言ってあります。
――キムさんにとって、ジャーナリズムとは。
健全な民主主義のためには、市民である個人が主体的に考え、動くことが大切です。そのために、市民は正確な情報を知っておかなければなりません。ジャーナリズムは権力の代弁者であってはならず、調査報道によって事実を掘り起こし、検証し、報じることにこそ意義があります。
韓国の憲法第1条には「すべての権力は国民から生じる」とありますが、現実はそうなってはいません。国民が主権者として判断するには、税金の使い道が正しいか、公職にある人がきちんと仕事をしているか、その資格を持っているのか、を知っておかなければなりません。普通の人にはそんな力も、情報もありません。権力を監視し、社会を少しでも住みやすくすることこそがジャーナリストの役割だと信じています。
金鎔鎮(キム・ヨンジン) 韓国出身。1987年に韓国の公共放送KBSに入社、調査報道チーム長(局長級)の時に、李明博政権の閣僚候補者の適性調査を報道。その後、地方支局に異動になった。2013年2月に退社し、タパを運営する非営利団体KCIJの代表に就任した。