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外国人労働者が不満のはけ口に 襲撃事件が相次いだ南アフリカから日本が学ぶ教訓

アフリカの地図を片手に 更新日: 公開日:
2015年、南アフリカ共和国のヨハネスブルク近郊で外国人への襲撃に抗議する人々=三浦英之撮影

■南アで多発する外国人襲撃

だが、外国人との共生の仕方で苦労していない国は、この世にない。私がかつて家族と暮らしていた南アフリカ共和国(以下、南ア)もまた、外国人労働者を巡る深刻な問題に直面している。南アの問題。それは「ゼノフォビア(Xenophobia)」だ。

「ゼノフォビア」は、ギリシャ語で「見知らぬ人」を意味するXeno(ゼノ)と、同じくギリシャ語で「恐怖」を意味するphobos(フォボス)を組み合わせた言葉で、「外国人に対する嫌悪感」といった意味がある。

南アは近年、ゼノフォビアに基づく外国人襲撃の多発という、深刻な事態に直面している。2008年5月には、最大都市ヨハネスブルク郊外で発生したジンバブエ人、モザンビーク人などに対する襲撃を皮切りに、外国人襲撃が国内各地に波及した。わずか2週間で少なくとも62人が殺害され、約700人が負傷した。国連によると襲撃を恐れた外国人約10万人が避難民と化し、南ア政府が設置した避難キャンプや教会での生活を強いられ、急きょ祖国へ帰る人も相次いだ。

2008年に南アフリカ共和国で発生した外国人襲撃で、警察署の裏庭に避難したジンバブエからの移民ら=飯塚晋一撮影

2015年3月から4月にかけて、今度はヨハネスブルクと東南部の大都市ダーバンを中心に襲撃が多発した。この時は、南アの最大民族ズールー人の指導的立場にある人物が、南アの高い犯罪率は移民が原因であるとして、外国人の追い出しを呼びかけたことが襲撃多発の引き金になった。南アのズマ大統領(当時)はインドネシアで開催されたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)60周年記念首脳会議への出席を急きょ取りやめ、対応に追われた。

この2度の大規模な襲撃以外にも、小規模な襲撃は各地で散発的に発生している。2018年2月には、ヨハネスブルク大学のタンザニア人大学院生の男性が大学キャンパス内で殺害され、衝撃を与えた。捜査当局はゼノフォビアに基づくヘイト・クライムの可能性があるとみている。

南アでは、19世紀末から周辺国の人々が鉱山や農場で働いてきた歴史があるが、近年の外国人急増のきっかけは、少数の白人が多数の有色人種を支配していたアパルトヘイト(人種隔離)体制時代末期の1986年の法改正である。南ア政府はこの年、日本の入管法に相当する外国人管理法を改正し、それまで厳しく制限していた「非白人」の南アへの入国を認めた。南アへはアフリカ各国から労働者が来るようになり、その数は1994年の民主化後に急増した。

世界銀行の2018年の統計によると、南アの移民数は現在約404万人と推定され、総人口約5800万人の7%近くに達する。国別ではモザンビーク約68万人、ジンバブエ約36万人、レソト約31万人など近隣国出身者が多数を占めており、その多くが南ア国内の鉱山、プランテーション農場、飲食店、建設現場などで働いている。富裕層家庭の庭師やメイドとして働いている人も少なくない。

外国人襲撃の加害者は、多くの場合、南アの黒人男性の集団であり、刃物や棒など身の回りの品を凶器に集団で暴力を行使する。一方、標的はモザンビーク、マラウイ、ジンバブエなど近隣国出身の人々である場合が多く、近年は西アフリカからやってきたナイジェリア人も襲撃対象にされている。

南アフリカ共和国で外国人を標的にした襲撃を恐れ、母国マラウイへと向かうバスに乗り込む移民たち=2015年、三浦英之撮影

■不満のはけ口に

なぜ、南アフリカでは、他のアフリカ諸国出身者に対するゼノフォビアに基づく暴力行為が多発するのだろうか。その理由を巡っては様々な見解が示されているが、一つの有力な見解は、南アの低所得者と外国人低所得者が住宅や雇用機会などを巡って競合した結果、外国人低所得者が南ア人低所得者の不満のはけ口になっている、というものだ。

南アには欧米出身の白人、インド系住民、日本や中国など東アジア出身者も多数居住しているが、襲撃の対象になることはほとんどない。これらの国々の出身者の多くは富裕層、中間層に属しており、単純労働者であることは稀である。

一方、他のアフリカ諸国出身者は、南ア黒人の低所得者と同じ地域に住み、先述したような単純労働に従事している。南アで暮らしてみると分かることだが、強大な白人政権を相手に反アパルトヘイト闘争を戦い抜いた南ア黒人は、民主化後の今も権利意識が非常に強い。このため南アには、自国の低所得者層を単純労働者として雇用せず、その代わりに低賃金でも文句を言わず、労働者としての諸権利を主張しない外国人労働者を好んで雇用する経営者や商店主が少なからず存在する。

その結果、南アの低所得者の間には、「常に失業率が25%前後で推移しているにもかかわらず、なぜ自分たちではなく外国人労働者が職を得ているのか」という疑問と不満が蓄積しており、社会的影響力の強い人物による外国人への憎悪を扇動する発言などを契機に外国人襲撃が起きやすい、と考えられるのだ。

また、ある社会でゼノフォビアの感情が高まる時に、庶民の間に広まるお決まりの説は「外国人が増えて治安が悪化した」である。しかし、少なくとも現在に至るまで、外国人が犯罪を起こす確率が南ア人のそれよりも高いとのデータは存在しない。にもかかわらず、南ア社会では「外国人増加による治安悪化説」が強く信奉されており、こうした人々の誤解もゼノフォビアに基づく暴力の背景になっているものと考えられる。

国会の参院法務委員会で入管法改正案の採決が進められ、委員長席でもみ合う与野党の議員=12月8日、越田省吾撮影

日本が外国人労働者の受け入れ拡大に舵を切った今、私は南アのゼノフォビアに基づく暴力の多発という状況を思い起こし、他山の石にしたいと考える。

たしかに今の日本で、日本人の集団が多数の在日外国人を殺害するような事態は想像しにくい。また、多くの若年層が失業状態にある南アと、中小企業を中心に人手不足が深刻な日本の状況は異なる。

しかし、日本の人手不足は、少子高齢化による労働人口減少の結果であると同時に、現在の好景気の産物でもある。永遠に続く好景気は存在しない。やがて景気後退期に入れば、人手が余る業種や産業も出てくるだろう。その時に「日本人の自分に仕事がないのに、なぜ外国人が先に仕事を得ているのか」との不満が低所得者層を中心に拡大し、ゼノフォビアの感情が強まらない保証はないと私は思う。

多数の外国人労働者を受け入れる以上は、政府が先頭に立って精緻な制度設計と運用に注力しなければ、外国人は日本に反感を持って祖国に帰り、日本社会には増幅されたゼノフォビアが残る最悪の結果を招いてしまうことになる。現に南アの場合は、ゼノフォビアに基づく暴力の被害者の出身国政府との間で緊張が高まり、外交関係の悪化にまで発展しているケースもある。