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オーストラリアで幼稚園から英語を学ぶと……私立小を訪ねてみた

バイリンガルの作り方~移民社会・豪州より~ 更新日: 公開日:
英語がネイティブでない1年生の英語力向上を狙った「取り出し授業」。子どもたちはいずれも中国生まれ=シドニー西部のトリニティ・グラマー・スクール、小暮哲夫撮影

大きなスライドに犬が猫を追いかけるお話の文章が絵付きで示されている。

“The cat ran through the tall grass of a meadow. The cat leapt over a wall“ (猫が草原を駆け抜け、壁を跳び越えた)

先生「meadow の意味は何ですか? field のことですよ」

次のスライドは……

“She(cat) hid under a car “ (猫が車の下に隠れた)

先生「hidとは何ですか?」

子どもたち「Past tense of hide」(hide の過去形です)

“The dog growled, the cat escaped , the dog sat there and howled”(犬がうなった。猫が逃げ切ると、犬は座って遠吠えをした)

先生「glowled , howled とは何?」

子どもたち「Shouting!」 (大声で叫んでいます)

先生「犬は、いい気分で叫んでいますか」

……………………

シドニー西部にあるトリニティ・グラマー・スクールは、創立から105年の伝統を持つ私立男子校だ。この連載では以前に中高校の様子を紹介したが、今回はそこから車で5分ほどのところにある、幼稚園と小学校のキャンパスを訪れた。

中国人の子どもたちが多いため、校内には保護者向けに中国語の表示も。受付の前には办公室(事務室の意味)とある=シドニー西部のトリニティ・グラマー・スクール、小暮哲夫撮影

ESLD(第二言語としての英語)教育を専門にするダニエル・ジョンソン教諭が教えていたのは、小学1年生の4人だ。4人とも中国生まれ。英語が母語でない子どもたちが語彙を増やし、時制や前置詞の使い方を理解するために、一般のクラスとは別に行うことがある「取り出し授業」を見せてくれた。

スライド教材は「The Chase (追いかけっこ)」という絵本をもとにジョンソン教諭が作ったもの。絵と文章を通じて犬や猫の動きを追体験するなかで、through ,under, overといった前置詞の使い方を、視覚的なイメージとともに覚えることを狙う。

また、「跳び上がる」なら、私のような日本人ならぱっと、jump しか思い浮かばないが、このお話ではleapという単語が出てくる。犬が吠える、といえば、bark にとどまらず、growl , howl と、ネイティブスピーカーなら幼いころから自然に覚えていくであろう、違った言い回しを、時制とともに学んでいく。

スライド教材は絵を豊富に使う。猫が車の下に(under a car)のように、視覚的に前置詞の意味や使い方が身につけることを狙う=シドニー西部のトリニティ・グラマー・スクール、小暮哲夫撮影

私立校でもノンネイティブ多数

幼稚園から小学校までの500人が学ぶ校内には、白人以外の子どもたちの姿が目立つ。実は500人のうち8割は、英語を母語としない家庭の生まれだ。大半が中国人で、韓国人、ベトナム人もいる。学校のあるストラスフィールド地区は近年、アジア系の移民が増えている。

2016年の国勢調査では、2万6千人近い人口のうち、家で英語以外の言語を話す人は70%に上り、なかでも中国語(北京語・広東語)を話すと答えた人の割合は18%を占めた。そんな土地柄なので、中国人の留学生も集まりやすいようだ。両親が仕事でオーストラリアに来ている場合もあるが、我が子の教育のためにと、父親は中国で働き続けながら、母親だけ子どもといっしょに来て暮らす、といったケースもある。

「多文化社会」を誇る豪州で、とくに移民が多い大都市のシドニーならば、決して珍しくない環境とも言えるのだが、州立の小学校ではなく、この学校のように年間の授業料が2万豪㌦(約160万円)ほどかかる私立小にも、これほど多くの中国人の子どもたちが学んでいることに、改めて驚いた。熱心な裕福な両親たちには、そもそも我が子をオーストラリアで高校まで学ばせるつもりで、幼稚園からこの学校に入れるケースも少なくないという。

教材のお話を一通り説明し終えた後は、絵の描かれたカードを使ってその場でおさらい=シドニー西部のトリニティ・グラマー・スクール、小暮哲夫撮影

教室にもう1人の先生 ノンネイティブを支援

「取り出し授業」は英語の力がまだ足りない生徒たち向けだ。大半の時間は一般のクラスでネイティブの子どもたちといっしょに学びながら、英語を身につけていくことを基本にしている。1クラス20~25人のうち、サポートが必要な子どもたちは5、6人。クラスの担任の先生が英語で教える教室に、ジョンソン教諭らESLDの教員も入り、ノンネイティブの子どもたちの横について、授業の内容を補足して教える。ジョンソン教諭の担当は、幼稚園から2年生まで。支援が必要な子どもたち全員を同時に見てあげることはもちろん不可能なので、複数の教室を行き来する。また、算数の計算など、言葉の問題があまり生じない授業は割愛する。

「小さいので、友達同士では自然と母語を使ってしまいがち。だから、学校では、英語だけを使うように強く言う。すると、ネイティブの英語にもっとたくさん触れるようになり、言葉も、そしてオーストラリアの文化も身につけていきます」(ジョンソン教諭)
「取り出し授業」に出ていた1年生のアダム君は中国から来て、まず幼稚園で2年間通った。今では、「中国人の友達とも英語で話すよ」と話す。別の1年生のルイ君は、ここで幼稚園に1年ちょっと通い、今では家でも別の小学校に通う4年生の姉とは、英語で話すようになったという。授業でのやりとりを見ても、2人とも、抵抗なく英語を使い始めている様子がうかがえた。

ダニエル・ジョンソン教諭・幼稚園から低学年のノンネイティブの子どもたちの英語を担当する=シドニー西部のトリニティ・グラマー・スクール、小暮哲夫撮影

「幼稚園や小学校入学時から入れば、子どもたちは発音や時制に苦労しながらも、3年生か4年生が終わるころには、ネイティブ並みの英語力になっています」とジョンソン教諭。やはり、小さな子どもはアタマが柔らかい、ということなのだろう。

ただ、小学校の中学年以降から学び始めた場合、英語をいかに身につけるかは、上達度に個人差が多くなるという。自分の置かれた環境に疑問をあまり抱かない低学年までの子どもたちと違い、例えば、教育のためにと、自分の意に反して豪州に連れて来られたことに抵抗する子もいる。「友達はみんな中国にいるのに」と。そんな子は、中学校に入ってもまだ、英語に苦戦しているという。次回は、小学校の途中の学年から編入した子どもたちが英語を身につけていく様子も報告したい。

(次回は12月12日に掲載します)