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広がる極東、縮むシベリア ロシアの行政区画変更に潜む現実

迷宮ロシアをさまよう
ロシア極東のウラジオストク駅。ここから「シベリア鉄道」に乗ることができるわけだが、かといってここは「シベリア」ではない(撮影:服部倫卓)

シベリアと極東は違う!

もしも日本の安倍総理が、ある日突然、「今日から栃木県と茨城県は関東でなく東北に属すものとする」と決めてしまったら、大騒ぎになりますよね。それに近いような出来事が、最近ロシアでありました。11月3日にプーチン大統領が署名した大統領令により、これまでシベリア連邦管区に属していたブリヤート共和国とザバイカル地方が、極東連邦管区へと所属替えになったのです。ただし、ロシアでは別に騒ぎにはなっておらず、むしろ喜んでいる関係者が多いようです。

そもそも、ロシアの地理学上、「シベリア」と「極東」は厳然と区別されています。でも、日本では両者が混同されがち。ロシア革命直後の日本軍による「シベリア出兵」も、第二次大戦後の日本人捕虜の「シベリア抑留」も、ソ連時代に日本財界が協力した「シベリア開発プロジェクト」も、実は主な舞台はシベリアというより極東だったりします。ブリヤート共和国とザバイカル地方がシベリアから極東に移ったといっても、よほどのロシア・マニアでない限り、日本人にとってはピンと来ない話でしょう。

ここでちょっと勉強

ここで、ロシアにおける行政区画の基礎を勉強してみましょう。今日のロシアは、8つの「連邦管区」に区分されています。中央連邦管区、北西連邦管区、南連邦管区、北カフカス連邦管区、沿ボルガ連邦管区、ウラル連邦管区、シベリア連邦管区、極東連邦管区の8つです。なお、一般的に「ロシア東部」といったら、シベリア+極東のことを指します。

上掲の地図と表に見るように、これまでは1~12の地域がシベリア連邦管区に、13~21の地域が極東連邦管区に所属していました。それが今回、11のブリヤート共和国と、12のザバイカル地方が、極東に移管されることになったわけです。

6のイルクーツク州、11のブリヤート共和国、12のザバイカル地方は、バイカル湖の周辺地域ということで、「バイカル圏」と総称されます。その中でもブリヤート共和国とザバイカル地方は、モスクワから見てバイカル湖の向こう側という意味で、「外バイカル圏」と呼ばれています。

さて、バイカル湖の向こうの外バイカル圏では、シベリアとの経済関係が希薄化しており、また発展の方向性も異なるので、行政上シベリアから切り離すべきではないかという議論は、ソ連時代からずっと続いていました。私は1989年に今の職場に入社したのですが、入って一番最初に命じられた仕事が、まさに「外バイカルはシベリアから分離すべきだ」と主張するロシア語論文を翻訳する作業だったので、とても印象に残っています。ちなみに、現在のザバイカル地方は、当時はチタ州と呼ばれていて、ロシア語ではChitinskaya oblast’であり、これを「チチン州」などと訳して恥をかいたのは、ほろ苦い思い出です。

バイカル圏、とりわけ外バイカル圏は、これまでも、ロシア政府の政策の枠組みでは、極東と一緒に扱われることがしばしばありました。たとえば、2017年3月にロシア政府は「極東・バイカル圏の社会・経済発展国家プログラム」を採択しており、極東とバイカル圏を同列に扱っていました。このような背景を考えれば、このたびのブリヤート共和国とザバイカル地方の極東移転に、大きな驚きはありません。一方、イルクーツクは東シベリアを象徴する中心都市であり、さすがにイルクーツク州までをも極東に編入するということにはならなかったのでしょう。

今後は、行政上はバイカル湖が「シベリア」と「極東」の境界になる(2018年6月にブリヤート共和国代表団が来訪した際のプレゼンテーション動画より)

経済的テコ入れに主眼

本年6月、ブリヤート共和国の代表団が来日し、私の所属するロシアNIS貿易会の主催により、投資プレゼンテーションが開催されました。ブリヤート共和国は、ロシアの中では、日本から比較的近い地域です。その自然はきわめて美しく、「シベリアの真珠」と呼ばれるバイカル湖も、イルクーツク州側よりもブリヤート共和国側からアクセスした方が、より絶景を楽しめるそうです。森林資源、地下資源などが豊富で、すでに三井物産は現地の製材メーカーに出資しています。このように、ポテンシャルは大きい地域ですので、6月のプレゼンテーションには70名以上の日本人参加者が集まり、盛会でした。

しかし、現在のところ、ブリヤート共和国にしても、ザバイカル地方にしても、低開発地域であることは否めません。ロシア全体の人口一人当たり総生産を100とすると、ブリヤート共和国は42.9%、ザバイカル地方は51.5%の水準に留まっています(2016年)。今回プーチン政権がこの2地域を極東に移管した理由は、ずばり言って、両地域を経済的にテコ入れするためでしょう。

極東連邦管区は、地政学的にはきわめて重要ながら、経済的には後進的で、人口も減少を続けているエリア。極東を経済発展の軌道に乗せ、アジア・太平洋諸国との関係強化の足掛かりを築くことは、プーチン政権の悲願です。その目的のために、「これでもか」というくらい、大胆な極東優遇策を採っています。極東新型特区、ウラジオストク自由港、産業向け電力料金の値引き、極東発展基金による融資、住民向け子育て支援、航空運賃への補助、外国人の訪問を促進する電子ビザ、1ヘクタール政策(あらゆるロシア国民が極東に1ヘクタールの土地を無償で取得できる制度)など、枚挙に暇がありません。

一方、ブリヤート共和国とザバイカル地方は、上述のように国家プログラムでは極東と同列に扱われていたものの、これらの具体的な優遇策に関しては必ずしも享受できないという、宙ぶらりんの状態にありました。今回の極東移管により、ブリヤート共和国とザバイカル地方は、晴れて極東優遇策を全面的に利用できるようになります。外バイカル圏と極東を結び付けたのは、皮肉にも、低開発という共通項だったのです。

ブリヤート人はモンゴル系の民族なので、日本人から見ると、あまり外国人という気がしない(2018年6月にブリヤート共和国代表団が来訪した際のプレゼンテーション動画より)