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気仙沼の民宿、突然世界とつながった 1本の動画が広げた縁

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大漁旗で客を見送る民宿「唐桑御殿つなかん」の菅野一代=宮城県気仙沼市、本間沙織撮影
大漁旗で客を見送る民宿「唐桑御殿つなかん」の菅野一代=宮城県気仙沼市、本間沙織撮影

今夜あなたが欲しい――。スマートフォンから音声が流れると、菅野一代(53)は思わずのけぞった。目の前の男性は不思議そうな表情を浮かべている。

菅野が切り盛りする民宿「唐桑御殿つなかん」(宮城県気仙沼市)では最近、外国人客とこんなやりとりが繰り広げられる。「eat?」、「sleep?」。菅野は知っている限りの単語を並べ、身ぶり手ぶりで意思疎通を図る。ある朝は、生卵とフライパンを手に「ジュージュー?」。宿泊客がうなずくと、オムレツを出した。

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民宿「唐桑御殿つなかん」を切り盛りする女将の菅野一代=宮城県気仙沼市唐桑町鮪立

困ったときは翻訳アプリに頼るが、しばしば冒頭のようなことが起こる。「アクセントの強いお客さんでね。『あなたの役に立ちたい』と言いたかったみたい」と笑う。「本当は、津波がここまで来たんだよ、とか深い話も出来たらいいんだけど…」と続けた。
新幹線の最寄り駅から車で1時間半。市街地から離れ、観光施設もない。遠洋マグロ漁で栄えた約200世帯が暮らす集落に突如、海外から宿泊客が訪れるようになった。

きっかけは今年2月。仙台在住で英国人のクリス・ブロード(28)が手がけたビデオドキュメンタリーに登場したからだ。

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「唐桑御殿つなかん」女将の菅野一代(左)とユーチューバーのクリス・ブロード=ライフブリッジ提供

「What Happened In Japan After the Tsunami?」というタイトルで、菅野らが復興に奮闘する姿を紹介。ユーチューブで公開されると、1週間で27万のアクセスがあった。つなかんのHPにもメールで海外から直接、予約が入るようになったという。これまでほぼゼロだった外国人が、宿泊客の1割を占めるようになった。

クリス・ブロードのYoutube動画

菅野は20代で100年続くカキ養殖業を営む家に嫁いだ。2011年の津波で40台のいかだなど、養殖設備は全滅。自宅も3階まで水をかぶったが、かろうじて屋根と柱が残った。避難所や仮設住宅を転々としていたある日、寝袋をもった学生ボランティアに「屋根があれば十分です。泊めてもらえませんか」と頼まれた。その後1000人以上の学生を受け入れた。「いつでもまた帰って来られるように」と12年、自宅を改修して民宿を始めた。集落の名称「鮪立」と名字の「菅野」から一文字ずつとって「つなかん」。学生たちが名前をつけてくれた。

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津波で被災した自宅を改修した民宿「唐桑御殿つなかん」=宮城県気仙沼市唐桑町鮪立

夫の和享が捕ったカキやホタテを使った料理、気さくで明るい菅野の人柄が人気を呼んだ。玄関を入ってすぐの茶の間にある掘りごたつは憩いの場。夜になると、ボランティアを機に各地から移住してきた若者や、地元の人たちが集って語り合った。「一代さんにまた会いたい」。宿泊客の8割が、リピーターになった。

動画にも登場し、昨年から気仙沼観光コンベンション協会で働く米ニューハンプシャー州出身のニシャント・アンヌ(25)は、「気仙沼はアクセスも悪く知名度も低いけれど、『つなかん』は別格。ホームと感じられるかのような居心地の良さが何よりの魅力」と話す。

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ニシャント・アンヌ

動画は、菅野のキャラクターを生かした軽妙なトーンで描かれる。最後は、夫(当時59)と長女(同30)、三女の夫(同24)が昨年3月、ワカメ漁に出たきり、帰らぬ人となったことを伝える。ロバートは「ひたむきに生きる姿を通して、東北の今を発信したかった」と話す。

「わたしが元気じゃないとみんなが悲しむから」。3カ月の休業を経て再開した民宿には、以前にも増して全国からリピーターが訪れる。加えて海外からの予約も入るようになった。相変わらず言葉は通じないけれど、少し慣れてきたのか、そんな状況も楽しめるようになってきた。以前泊まったオーストラリア人の男性客とは帰国後、SNSでやりとりするようになった。動画をみて、オランダから夫婦で訪れたマイク・ジェニングス(33)は「一代さんは目を見てうなずき、一生懸命話を聞こうとしてくれた。太陽のように明るく、パワーをもらった」と話す。

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民宿「唐桑御殿つなかん」(左)の前には、海が広がる=宮城県気仙沼市唐桑町鮪立

夫は今も見つかっていない。目の前に広がる海には目を背ける。過去も未来も考えられないけれど、海を越えて菅野に会いに訪れる人がいる。