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『82年生まれのキム・ジヨン』、女に我慢強いる社会の空気を代弁

Bestsellers 世界の書店から
Photo: Nishida Hiroki

Photo: Nishida Hiroki

小説が総合ベストテンを席巻するのは久しぶりだ。沸き立つ思いで、上位の韓国小説3冊を手に取った。

『82年生まれのキム・ジヨン』の主人公は、35歳の主婦。サラリーマンの夫、1歳半の娘と3人暮らしだ。ある日ジヨンは、婚家の家族の前で、「うちの娘はお盆のごちそう作りが終わると、いつも倒れるんですよ」と、実家の母の口調で姑に話しかけた。夫には、夫のことを好きだった大学の先輩女性の口調で話しかける。凍りつく人々。ジヨンは育児ノイローゼなのか。

ジヨンの生い立ちが、淡々と描写される。祖母は5歳下の弟だけを、「男の子だから」とかわいがる。二つしかないお菓子を、一つは弟、一つはジヨンと姉が分け合うのが当然だった。両親からもさしたる関心は払われず、志望大学の人文学部に進んだ。

大きな葛藤は感じずに育ったが、社会に出ようとしたとたん、就職の壁が立ちはだかった。何十通も履歴書を書いた末に、ようやく手にした働く喜び。しかし仕事で成果をあげても、先に昇進するのは男だ。

気の進まない酒宴で、上司のセクハラ発言に黙って耐える。憧れの女性上司は頑張りすぎで、育児休暇も取らず、後輩の権利を奪っている。

妊娠したジヨンは、夫や親族の「育児に専念するのが当然」という思い込みにあらがえず、退職する。「仕事の能力が低かったわけでも、怠慢だったわけでもないのに、すべてはこれで終わりなのだ」。失望がジヨンの心を覆う。生まれたのは女の子。劣等感で憂鬱になるジヨン。男女の就業率や賃金格差、育児休暇など、様々な統計がさりげなく盛り込まれている。

ジヨンとは、この年生まれの女性に最も多い名前だという。産児制限で女児の堕胎が増え、男女比の不均衡がピークだった時代に育った。無償保育が始まっても、願う仕事には就けないジェンダー不平等。平凡な日常を維持するために、女たちはいつも我慢を強いられる。そして次第に心が壊れていく。

「ジヨンは私のこと」と、広く共感を得た。「国会議員が必ず読むべき本」と言われる。映画化も決まった。

喪失感を抱きながら、だれもが危うい日常の中をなんとか生きのびている。そんな感覚が、今の韓国社会には濃厚に漂っているようだ。

小説家には、社会の空気を代弁する役割がある。韓国の文学賞を次々と受賞した、気鋭の作家2人は、そう自覚しているらしい。2人の新作短編集の素材は、まるで連動しているかのようだ。

『ただ二人』(キム・ヨンハ)の「子どもを探しています」は、4歳の息子が誘拐されてから、歯車が狂い始める夫婦の話。11年後に見つかった息子は、あたかも赤の他人。失われた時間は、戻っては来ない。

『外は夏』(キム・エラン)の「立冬」にも、4歳の息子を交通事故で亡くした若い夫婦が登場する。ようやく手に入れたマイホーム。二度と戻っては来ない息子。

キム・ヨンハの「ただ二人」では、だれとも対話のできない言語が母国語だという人の孤独について、主人公が思いをめぐらしている。

キム・エランは「沈黙の未来」で、その素材をまとめている。絶滅危機言語を操る者を集めた博物館の話だ。「ここの患者たちは、腫れ物や関節炎、認知症、白内障のほかにも、心の病を病んでいた。それは言葉に対する強い郷愁病だ」。だれとも言葉の通じない孤独は、言葉を紡ぐ作家にとって、絶望的で最大の喪失に他ならない。

キム・ヨンハはあとがきで、3年前のセウォル号沈没事故の以前と以後とで、自身の作品に明らかな違いがあると述べた。「完璧な回復が不可能なことが、人生には厳然と存在する。ただその日以降を、耐えることしかない」

それぞれの作品の中で、主人公が失うのは伴侶、親、友人、あるいは犬。かけがえのない存在を亡くす苦しみ。そしてそれ以降の日々を、生き続けることのつらさ。危うい日常の中で、そろりそろりと世の中に向かって足を踏み出す人々。しかし外の世界に、理解者は少ない。傷つきながら、生きていくしかない。

キム・エランの「隠す手」では、赤子を乳離れさせながら、母が涙をこぼす。「慣れたものから離れることは、大人でもたやすくはない。子どもに愛情を注ぐことと同じくらい、拒絶と喪失を経験させることも、重要な義務なのだと学んだ」


ソウルのベストセラー(総合)
7月第1週 インターネット書店アラジン集計



※『 』内の書名は邦題(出版社)

1. 오직 두 사람  ただ二人
김영하  キム・ヨンハ
父と娘、同級生、社長と社員。関係の中で傷つきもがく人々を描く七つの短編。

2. 바깥은 여름  外は夏
김애란  キム・エラン
人気女性作家による、5年ぶりの短編集。李箱文学賞受賞作を含む7編の新作。

3. 82년생 김지영 82年生まれのキム・ジヨン
조남주  チョ・ナムジュ
平凡な女性が少しずつ精神を病んでいく小説。これは現実か、フィクションか。

4. 기사단장 죽이기1
『騎士団長殺し第1部 顕れるイデア編』(新潮社)
무라카미 하루키  村上春樹
集計時点で、まだ書店には並んでいない。韓国のハルキファンたち待望の新作。

5. 기사단장 죽이기2
『騎士団長殺し第2部 遷ろうメタファー編』(新潮社)
무라카미 하루키  村上春樹
ネットの先行予約だけで堂々のベストテン入り。7月半ばに発売された。

6. 잠1 眠り1
베르나르 베르베르  ベルナール・ヴェルベール
医大生の息子に夢を操る方法を説く母。夢の中で過去や未来に行ったなら……。

7. 원피스85
『ONE PIECE85』(集英社)
오다 에이치로 尾田栄一郎
世界中で大人気の日本のマンガシリーズ。発売と同時にベストテン入り。

8. 운다고 달라지는 일은 아무것도 없겠지만  泣いたって変わることは何もないけど
박준 パク・ジュン
一人で泣くよりも、誰かがそばにいた方がいい。34才の詩人の初エッセー集。

9. 잠2 眠り2
베르나르 베르베르  ベルナール・ヴェルベール
韓国人の最も愛する外国人作家と言われるのが、フランス人のこの人だ。

10. 자존감 수업   自尊心授業
윤홍균 ユン・ホンギュン
自分に自信を持ち、自分を愛することを説いた精神科医のエッセー。