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「聖なる輝き」取り戻せ! 絶滅危機に瀕するホタル、バリ島で始まった新たなエコ循環

ニューヨークタイムズ・マガジンから 更新日: 公開日:
2026年7月9日、インドネシア・バリ島のタロ村で光を放つホタル。バリ島では、ホタルの「聖なる輝き」を取り戻そうとする取り組みが行われている。現地の文化で崇められてきたこの昆虫は、観光業による急激な土地開発など、さまざまな要因で姿を消しつつある。(Ulet Ifansasti/The New York Times)

10年ほど前、休暇で故郷のバリ島へ帰省したイ・ワヤン・ワルディカは、自分の村の変わり果てた姿に愕然(がくぜん)とした。川はごみで埋め尽くされ、水田は化学合成農薬にまみれていた。かつてホタルの光に満ちていた夜も真っ暗になっていた。

バリ島の田園地帯では、幾世代も前から、ホタルの柔らかな光は夜の営みの定番だった。しかし今日、気候変動、観光業を目的とした急激な土地開発、化学物質を多用する農業、繁殖行動を妨げる人工の光によって、その姿は消えつつある。

「かつては何千匹ものホタルが暗闇を照らしていた」と、電気が通る以前の1990年代にこの村で育ったワルディカは語る。「私が経験したようなホタルの魔法を、未来の世代が知らずに育つかと思うと、胸が張り裂けそうです」

バリ島の文化(注釈:イスラム教が大半を占めるインドネシアにあっては珍しいヒンドゥー教文化)において、ホタルはサンスクリット語の「トリ・ヒタ・カラナ(幸福をもたらす3要素)」、すなわち、「人間」「自然」「神々」の三つが調和して存在するという神聖な哲学を体現する存在なのだ。こうした崇敬の念は、光を放つこの生き物を現世の共同体とその祖先をつなぐ聖なる使いとする現地の信仰に深く根ざしている。

「ホタルには祖先の魂が宿っていて、迷える魂を導くことができると信じられています」とワルディカは言い、ホタルは祖先の「爪」と考えられているとも説明した。「私がホタルを捕まえて瓶に入れると、祖母にいつも叱られたものです」

2026年7月9日、インドネシア・バリ島のタロ村でホタルを入れた瓶を持つ「ホタル保護ハウス」の創設者イ・ワヤン・ワルディカ。かつて、ホタルを捕まえると祖母に叱られたと、ワルディカは語る。ホタルの活動を妨げないよう、屋外では赤い光を使用している。(Ulet Ifansasti/The New York Times)

しかし、その神秘的な魅力に加え、この発光する甲虫は、生態系の重要な「メッセンジャー」としての役割も果たしている。ホタルは通常、化学物質に汚染されていない手つかずの環境で生息・繁栄する。その繊細な体は環境の変化にきわめて敏感だ。光を明滅させるその姿は、清浄な水と健全な土壌があり、光害がほとんどないことの証しなのだ。

インドネシアの一部であるこのバリ島では、観光業の発展が多くの場所を変容させ、ホタルがかつてほど普通に見られなくなっている。

ワルディカはクルーズ船の給仕係として10年以上働いたあと、2018年、緑豊かな自然と伝統芸術で知られるバリ島ウブドの北約20キロに位置する古村、タロへ戻ってきた。実家の敷地の一角を改装し、バリの伝統と厳密な科学を融合させたインドネシア初のホタル保護施設「ファイアフライ・コンサベーション・ハウス(ホタル保護ハウス)」を設立した。

同施設の生物学者チームは野外で行う生息域のマッピング(地図化)や個体数の調査から、管理下での飼育と繁殖に至るまで、幅広い研究を行っている。研究者たちは「ハネムーン・スイート」と呼ぶ小さなガラス製のテラリウム(飼育容器)も作製している。求愛行動のために特別設計された小さな生息環境のことだ。研究施設で育てたメスと野生で捕獲したオスをその中で交尾させることで、最良の繁殖結果が得られるという。

すぐに成果が表れるわけではない。ホタルの成虫の寿命はわずか22日ほどと短く、卵から成虫へ成長するまでに(種類によって異なるが)6カ月から2年近くかかる。

2026年7月10日、インドネシア・バリ島のタロ村にある研究施設で作業を行う「ホタル保護ハウス」の科学者たち。同センターに勤務するある生物学者は、バリ島で育ちながらホタルを見た記憶がまったくないと話す。(Ulet Ifansasti/The New York Times)
2026年7月10日、インドネシア・バリ島のタロ村にある「ホタル保護ハウス」の研究施設で見られる半水生ホタル。成虫の寿命は22日ほどだが、卵から成虫になるまでの期間は(種によって異なるが)6カ月から2年近くかかる。(Ulet Ifansasti/The New York Times)

研究者たちは日々、交尾や産卵から、脆弱(ぜいじゃく)な幼虫期に至るまで、ホタルのライフサイクルのあらゆる段階を綿密に追跡している。交尾が完了するか、メスが寿命を迎えるかしたところで卵が回収され、孵化(ふか)器に入れて孵化させる。その後、テラリウムを消毒し、陸生種なら土を、半水生種なら水を用意して、次世代のホタルが村の夜を光で彩るための土台を整える。

続いて、幼虫を隔離する。半水生種はシャーレ、陸生種は個別のガラス瓶に分けられる。生物学者のリリス・ウィディアリはいつものように、刻んで発酵させたミミズが入ったプラスチック容器とピンセットを手に、ずらりと並んだ瓶に餌をやり始めた。最初の容器から金網を慎重に持ち上げて、幼虫のそばにミミズを置き、金網を固定して、次の瓶へと移る。

バリ島の集合住宅で育ったリリスは、子どもの頃にホタルを見た記憶がないと語った。「今はホタルに囲まれています。現在、保管している瓶は1700個以上」と彼女は言う。「夜になると研究施設を真っ暗にするので、幼虫が放つかすかな光もはっきり見えるんです」

2026年7月9日、インドネシア・バリ島のタロ村にある研究施設で作業を行う「ホタル保護ハウス」の科学者たち。多くの保護活動家にとって、ホタルを復活させるための取り組みは神聖な側面と生態学的な側面を併せ持つ。 (Ulet Ifansasti/The New York Times)
2026年7月9日、インドネシア・バリ島のタロ村にある「ホタル保護ハウス」の研究施設で、ホタルの幼虫に餌を与える生物学者のリリス・ウィディアリ。現地の文化で崇められてきたホタルが観光業による急激な土地開発など、さまざまな要因で姿を消しつつある。(Ulet Ifansasti/The New York Times)
2026年7月9日、インドネシア・バリ島のタロ村にある「ホタル保護ハウス」の研究施設で見られる半水生ホタルの幼虫。現地の文化で崇められてきたホタルが、観光業による急激な土地開発など、さまざまな要因で姿を消しつつある。(Ulet Ifansasti/The New York Times)

国際自然保護連合(IUCN)によると、調査対象となったホタル全種のうち、およそ10分の1が絶滅の危機に瀕(ひん)している。東南アジア原産の数種が「危急種」(注釈:日本の環境省の分類では「絶滅危惧II類」)に分類され、ひと握りの種は絶滅の危機に直面している。ホタル全種の半数以上には十分なデータが得られておらず、絶滅危機にある種の実際の数ははるかに多くなる可能性があると、研究者らは警告している。

タロ村ではワルディカのグループが、周辺の管理された自然区域へ数千匹の幼虫を戻してきた。また同グループは8種類の在来種も特定した。

「ここへたどり着くまでには、試行錯誤の数々とたくさんの涙がありました」と、生物学者の一人シンディ・チャヤニ・マンガンパンは語る。「私たちの中にはホタルの繁殖方法を知る者がおらず、参考にできる現地の研究事例もなかったのです」

研究施設内でのホタルの飼育は、道のりの半分に過ぎない。ホタルが帰ってこられる安全な環境を確保するため、ワルディカは地元の農家に「環境再生型有機農業」への転換を働きかけている。使用される化学農薬を減らすため、自家製の堆肥(たいひ)や、果実発酵肥料、タバコ由来の天然成分を使った殺虫剤を提供してきた。

これまでに4軒の農家が転換に踏み切った。ワルディカの目標は、65エーカー(約26万平方メートル)以上にわたる土地で35軒の農家を巻き込み、研究施設から半径2キロメートルほどの範囲を「合成化学物質ゼロ区域」にすることだ。

2026年7月10日、インドネシア・バリ島のタロ村で田植えに向けて水田の準備をしている農家の人。「ホタル保護ハウス」の創設者イ・ワヤン・ワルディカは地域住民に化学薬品の使用を控えるよう働きかけてきた。(Ulet Ifansasti/The New York Times)
2026年7月11日、インドネシア・バリ島のタバナンにある棚田を上空から撮影した様子。「ホタル保護ハウス」の創設者イ・ワヤン・ワルディカは、自家製堆肥、果実発酵肥料、タバコ由来の天然成分を使った殺虫剤などを配布してきた。(Ulet Ifansasti/The New York Times)

この保護区は、収益源となるエコツーリズムの場としても機能している。

先日の木曜日の午後、施設内の活気あふれる様子から、そこできわめて重要な研究と教育活動が行われていることが伝わってきた。床から天井近くまである棚には、ホタルの幼虫が入ったガラス瓶がずらりと並び、部屋の一角ではシンディがインターンをサポートしながら、ホタルの卵を採取して慎重に新しい容器へ移していた。

観光客のグループが作業台を取り囲んで、ホタルのライフサイクルに関するリシスの説明に熱心に耳を傾け、さまざまな標本を観察したり、ウォーターレタス(和名ボタンウキクサ)の葉の裏に隠れている小さな幼虫を虫眼鏡で探したりしていた。

やがて暗闇が迫ってきて、地面で小さな光がちらちら揺らめいたり、ときおり暗闇の奥へ飛んでいったりするたび、来訪者は声をひそめながらも「おお」「ああ」と感嘆の声を上げていた。成虫の入ったガラス瓶を手渡されて、ホタルを屋外に放つ体験ができた人もいた。

「ホタルは私たちに知恵を授けてくれるのです」と、ワルディカは言う。「生態系を乱すことなく自らの行動を律する知恵を」

(敬称略、抄訳)

(Muktita Suhartono)©2026 The New York Times

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2026年7月9日、インドネシア・バリ島のタロ村にある研究施設で来訪者に説明を行う「ホタル保護ハウス」の生物学者、リリス・ウィディアリ。同施設はエコツーリズムの拠点としても機能し、それが収益源となっている。(Ulet Ifansasti/The New York Times)
2026年7月10日、インドネシア・バリ島のタロ村で光を放つホタル。バリ島ではホタルの「聖なる輝き」を取り戻そうとする取り組みが進められている。現地の文化で崇められてきたこの昆虫は、観光業による急激な土地開発など、さまざまな要因で姿を消しつつある。(Ulet Ifansasti/The New York Times)