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プラスチックごみで命を支える最貧の暮らし バリ島のもう一つの現実、変える試み

アフリカの地図を片手に
ごみ山で集めたペットボトルのラベルをはがす女性

バリ島の南部にあるデンパサール(ングラ・ライ)国際空港の北東5キロ付近に、高さ20~30メートル、広さ約30ヘクタールの巨大なごみの山がある。気温30度を超える酷暑の中、車で「山」に近付き窓を開けると、鼻をつく悪臭が一帯に漂っていた。

元々は海岸のマングローブ林だったこの場所には、多い時は1日に2000トンものごみがダンプカーで搬入され、東京ドームの約6倍の広さに相当する土地が巨大なごみの山に変わった。2018年10月にバリ島で主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開催されたのに合わせて表面を土とコンクリートで覆う工事が施されたが、それまではごみが剥き出しの状態で高々と積み上げられており、風が吹けば粉塵が拡散し、しばしば「土砂崩れ」ならぬ「ごみ崩れ」が発生していたという。

ごみ山の麓には、路上に無数のごみが散乱する小さな集落がある。その一角に、庭に青々とした芝生をたたえ、子供向けの遊具が整然と並んだひと際美しい建物があった。施設の名はスウン・コミュニティー・センター。インドネシアのNGOであるバリ・ライフ・ファンデーションが2016年9月に開設した住民向け施設で、午前中は5~12歳の子供約70人が教育を受け、午後は13~16歳の子供を対象にしたIT関連の授業などを実施している。

「住民の声を集めたところ、子供の教育を充実させて欲しいという声が大きかったので、この施設を造り活動を始めたのです」。センターのリナ先生が設立経緯と活動内容について説明してくれた。

コミュニティセンターで先生を相手に勉強する子供たち

センターが主な支援対象としているのは、ごみの山で生計を立てている住民たちだ。集落には、ごみ山から拾ってきたペットボトルのラベルを手ではがし、ボトルをリサイクル業者などに販売して生計を立てている家庭が現在100世帯ほどある。州政府がごみの搬入量を厳しく制限し始めた昨年より前には、さらに多数の世帯が同様の方法で生計を立てていたという。

ラベルをはがしたペットボトルの販売価格は、1キロ当たり約600ルピア(約4.3円)。1人の大人が1日に処理できるボトル量は約20キロが限界なので、1人当たりの1日の収入は日本円に換算すると100円に満たない。リナ先生の案内で住民の家を訪ねると、薄いトタンや板でできた暗く狭い空間に多数の人が寝起きし、万年床と化したベッドは人の体の脂で黒ずみ、泥でぬかるんだ足元には汚水が点在し、住人には申し訳ないが不衛生極まりない環境だった。

ごみの山で働く人々の住宅

リナ先生によると、住民たちはジャワ島など他の島々から移り住んできた最貧層の人々で、初等・中等教育を十分に終えていないため、企業や店舗で働くことが能力的に難しい。自分で起業しようにも初期投資に使える資金がなく、ごみ山から集めたペットボトルを売って、経済的にも肉体的にも限界に近いその日暮らしをしている。

バリ島中から持ち込まれた生ごみ、紙ごみ、焼却灰、プラスチック製品の山の中をマスクもせずに歩き回る仕事が体に良いはずがなく、呼吸器を病む人が後を絶たない。このためセンターは住民たちに3カ月に1度は看護師、半年に1度は医師による健康チェックを実施している。縫製、石鹸づくりなどの職業訓練も実施している。

住民には、この地域に移り住んだ際に転居届などの法的手続きを済ませていない人が多く、そうした人は様々な行政サービスにアクセスできない。子供の教科書や制服の代金を払えず、結果として子供が学校に通えないケースがある。

それでも子供に教育だけは受けさせたいと考える親たちの希望に応えて設立されたのが、スウン・コミュニティー・センターだ。設置母体のバリ・ライフ・ファンデーションが他の事業で得た資金や、オーストラリアの財団からの支援で運営されている。新型コロナウイルスの感染拡大で海外渡航の制限が強化される前の2月初旬、筆者が大学の同僚らと6人で訪問した日も、子供たちが元気に勉強し、幼い子供たちはブロックで遊んでいた。

ごみの山で働く人々の住居(室内)

リナ先生の話でとりわけ強く印象に残ったのは、先生が子供たちに「将来の夢」を尋ねた時に返ってきた答えについての話だった。「特にない」「親と同じごみ集め」。小学校低学年の段階で、多くの子供たちがそう答えたという。

先生は言う。「朝は6時から夕方5時近くまでごみを集めてギリギリの暮らしをしていると、疲弊して子供の教育どころではなくなってしまう。自分を卑下し、人生に希望を持てない親が多く、そういう親の下で育つ子供は、小さな時から夢を持てなくなってしまうのです。この状況を少しでも改善したくて活動しています。身体の健康は当然重要ですが、子供たちの精神面のケアが非常に大切なのです」

人間は誰もが大きな可能性を秘めていること。希望を持ち、努力すると、夢が叶うこと。そうしたことを子供たちに話しながら根気よく授業を進めていくうちに、「医者」「警察官」「パイロット」などと将来の夢を語る子供が増えてきたことが嬉しいと先生は語った。

■環境保護運動の思わぬ落とし穴

美しいバリ島の海は、実は大量のプラスチックごみで汚染されている――。そんな衝撃的な光景を撮影した水中映像が配信されたのは、2018年3月のことだった。英国人ダイバーが撮影した映像には、コバルトブルーの海の表面に大量のペットボトルや袋が漂う様子が映っており、「地上の楽園」と呼ばれてきたバリ島の海洋プラスチック汚染の実態は一気に世界へと知れ渡った。

2016年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で示された報告書によれば、世界で年間少なくとも800万トンのプラスチックが海に流出している。米・ジョージア大などの推計によると、国別の流出量は中国が年間最大353万トンで最も多く、インドネシアは最大129万トンで第2位だ。

インドネシア政府は現在、海洋プラスチックごみを2025年までに70%削減する目標を掲げている。2019年6月に朝日新聞との単独会見に応じたジョコ大統領は「観光地が海洋ごみに汚染され始めている」と述べ、バリ島の海洋ごみ対策に力を注ぐ考えを示している。

しかし、同時に、インドネシア政府が対策を講じる背景には「ドル箱リゾート地の海にプラスチックごみが溢れているとの悪評が世界に広がるのは観光産業にとってマイナス」との判断があるだろう、と推測する。バリ島にやってくるインドネシア国内外からの観光客は年間約1600万人。「悪評」の拡散を放置しておくわけにはいかないだろう。

他方、バリ島を訪れる観光客の側には「美しく青い海を求めてやってきたのに、プラスチックごみが溢れていては旅行が台無し」という思いが強くある。政府と観光客。二つの利害が一致し、かくしてバリ島の海洋プラスチック問題は、解決すべき環境問題の「花形」として国際的な注目を浴びている。

一方、同じバリ島のプラスチックに関する問題であっても、巨大なごみ山の麓で心身を蝕まれる最貧困層の人々の問題が国際的に共有されることはほとんどない。インドネシア政府にとって、こうした人々は保護扶助の対象ではあっても、国家に経済的利益をもたらしてくれる人々ではないだろう。また、彼らは観光客の視界に入る人々でもない。私たちは今回、インドネシアにおける人間の安全保障をテーマとする調査の一環としてバリ島を訪れたが、私とて家族でバリ島に観光に来ていたのなら、ごみ山を訪れることはあり得ず、そこで生きる人々の問題に気付くこともないだろう。

かくして年間1600万人の観光客が捨てた膨大なペットボトルを拾い集めてその日を生きる大人たちの存在と、その子供たちが将来への希望を失いかけている現実は、「政府」と「観光客」の狭間に埋没しかけている。海洋プラスチックごみ排出削減に向けた世論の関心の高まりは歓迎すべきことだが、バリ島では、それは同時に、最も弱い立場の人々に光が当たらないというミドル・クラス(中間層)主導の環境保護運動の思わぬ落とし穴を象徴する光景に見えなくもない。