沖縄の海のかなたのどこかで生きるハゼ そのルーツを探して
「ニライカナイ」。それは、海のかなたのどこかにある、命が生まれ、やがて還(かえ)っていく場所とされ、沖縄で昔から信じられている神々の世界です。この神秘的なイメージを胸に、OISTの研究者・前田健博士は、ある小さな魚のルーツを探し続けています。
2013年、前田博士は沖縄で発見したハゼの一種を新種として記載しました。
「本種は沖縄島(沖縄本島)でしか見つかっていませんが、とてもまれで、ここだけで繁殖しているとは考えにくいのです。どこか別の場所から海を渡って来ているはずですが、その具体的な場所は誰も知りません。まるでニライカナイのように」と語ります。「それで、この種をニライカナイボウズハゼ(Stiphodon niraikanaiensis)と命名しました」
ハゼ類は世界で2000種以上が知られるとても多様な魚のグループです。
沖縄にも、体長わずか1センチで成熟する「ミツボシゴマハゼ(Pandaka trimaculata)」から、体重1キロを超える「オウギハゼ(Bunaka gyrinoides)」、滝を登る「ボウズハゼ(Sicyopterus japonicus)」、干潟を歩きジャンプする「ミナミトビハゼ(Periophthalmus argentilineatus)」まで、個性豊かなさまざまなハゼたちが生息しています。
サンゴ礁や深海、川や湖など、暮らす場所も多岐にわたり、砂利の隙間や泥の中に住むものもいれば、水中を自由に泳ぐものもいます。
川と海の間を行き来する(回遊する)両側回遊性のハゼは、川で卵からふ化するとすぐに海へ流されます。海で成長する仔魚期の間に、海流に運ばれ、広大な海を渡る冒険の旅に出るものもいると考えられています。
ある程度成長すると、川をさかのぼり、新たな環境でさらに成長します。黒潮に沿って並ぶ琉球列島の河川では、こうした旅を経てたどり着いたと推測される珍しいハゼたちがしばしば見つかります。
前田博士は、科学者として30年にわたるキャリアの中で、ハゼの生活史(一生)に関する数多くの論文を発表し、ハゼたちがどのように繁殖し、回遊するのかを明らかにしてきました。
また、ハゼの分類に関する研究にも取り組み、これまでに13種の新種を記載しています。それでもなお、博士の探究心は尽きることがありません。
「沖縄のハゼ類はとても多様なので、研究すべきことはたくさんあります。研究が終わることは想像がつきません」 と、前田博士は語ります。
研究に加え、前田博士は保全のための活動にも携わっています。その一つに、環境省および沖縄県による絶滅危惧種レッドリスト策定に関わる科学委員会のメンバーの役割があります。
ハゼ類は世界で最も多様性に富む魚類群の一つですが、個々の種、特に限られた生息地に依存する種は、絶滅の危機に瀕していると、前田博士は言います。
前田博士は、ハゼたちと同様に、沖縄から遠く離れた場所から沖縄へやって来ました。
海なし県の一つ、岐阜県で生まれ育った博士が、海の生物を研究する道を選ぶのは必然ではありませんでした。琉球大学で海洋学を学んだ前田博士は、魚類を研究する研究室に所属することになりました。新しい環境に興味があって海洋学を学び始めたものの、自然と淡水魚に引かれました。そこで、川に行ってみると、そこにたくさんのハゼが生息していることに気づいたのです。
「実は、沖縄の河川に生息する魚種の30~40%がハゼ類なのです」と前田博士は説明します。
この時期に、博士は両側回遊魚に魅了されるようになりました。
定住生活に適応したハゼたちが、最も脆弱(ぜいじゃく)な仔魚期に沖へ出て回遊し、わざわざ危険にさらされるのはなぜでしょうか?
実は、生存のためだったのです。
「大陸や日本本土のような大きな陸地とは異なり、小さな島の河川は環境が不安定で、干上がったり流路を変えたりすることがあります。1カ所に留まっていたら環境が大きく変わった時に絶滅してしまいます。だから、なるべく広く分散して、多くの島々に定着したものだけが子孫を残してきたのです」
両側回遊性のハゼ類の仔魚期の分散やその起源は依然として謎に包まれているため、前田博士はしばしば探偵のように東南アジア各地を巡り、“ニライカナイの謎”を追い求めています。
「沖縄で見慣れないハゼを発見しましたが、同定できませんでした。ところが、シンガポールの博物館で観察したベトナム産のハゼの標本がそれに似ていたのです。そこでベトナムの河川を調査し、このハゼがトラフボウズハゼ(Stiphodon multisquamus)であることを確認しました。この種は中国の海南島で記載されて以来、ほとんど情報がなかったのですが、南シナ海西部に広く分布していることが分かりました。そして、強い海流による直接的なつながりがないにもかかわらず、なぜか沖縄に時折姿を現すのです」と博士は語ります。
往々にして、博士の“探偵活動”は過去の亡霊によって複雑化します。というのも、古い時代に記載された種には他種と区別するための十分な情報がないものが多いうえ、フィリピンで収集された歴史的な標本コレクションが第2次世界大戦中に破壊されてしまったからです。
フィリピンは、黒潮の源流域に近く、沖縄へ運ばれる希少なハゼの起源を探るうえで重要な地域ですが、標本の喪失により、ハゼの種の同定が困難になっています。
両側回遊性のハゼ類の仔魚の分散戦略は、種によって異なり、多様であると考えられています。前述のように広範囲に分散する種とは対照的に、一部の種は、1カ所に留まる傾向があります。
2025年7月、前田博士と共同研究者は、沖縄県内の四つの島に生息するミナミヒメミミズハゼ(Luciogobius ryukyuensis)の遺伝的多様性を調査した研究結果を発表しました。
この研究では、島と島の距離がわずか23キロであっても、それぞれの島に住む個体群が異なる遺伝子を持っていることが明らかになりました。これは、これらの仔魚が海を渡って他の島へ移動しないことを示しています。
久米島の生息地は特に小規模で、10平方メートルほどの範囲に限定されます。「この生息環境が損なわれれば、固有の遺伝子を持つ魚を永久に失うことになります」と前田博士は警鐘を鳴らします。
こうした川の魚たちにとって、人間の活動が深刻な脅威となることがあります。気候変動が洪水の脅威を増加させる時、私たち人間はその被害を軽減するために対策を行います。
博士は、人間の安全対策の重要性を認めつつも、自身の役割はハゼ類の代弁者となり、このユニークな魚の絶滅を防ぐ手助けをすることだと語っています。「ダム建設や河川の浚渫(しゅんせつ)といった洪水対策は、ハゼ類の脆弱な生息地を破壊する恐れがあります」と博士は注意を促します。
前田博士は、普及啓発活動の一環として次世代の科学者育成にも力を注いでいます。
2010年に始まった「恩納村×OISTこどもかがく教室」をはじめ、地域の博物館やビジターセンターとも積極的に連携し、講演や観察会などのイベントを行っています。「科学リテラシーの向上に少しでも貢献し、将来の意思決定に良い影響を与えられれば」と博士は語ります。
2024年からは、公益財団法人長尾自然環境財団の支援を受け、フィリピンでの新たなプロジェクトを始動しました。フィリピンの淡水・河口域の魚類相とその生活史を研究し、謎に包まれたハゼ類とその仔魚の分散メカニズムを解き明かそうとしています。
「ニライカナイボウズハゼ(Stiphodon niraikanaiensis)を命名してから、10年以上が経ちました。でも、その起源、ニライカナイは見つかっていません。それを突き止めるのが私の使命です」
前田博士の“ニライカナイ探しの旅”は、これからも続きます。
執筆: OISTサイエンスライター、エイドリアン・スコウ (Adrian Skov)