1. HOME
  2. Learning
  3. 海の酸性化が進むとどうなるか? 沖縄の無人島近くの海底で見つけたヒント

海の酸性化が進むとどうなるか? 沖縄の無人島近くの海底で見つけたヒント

美ら島の国境なき科学者たち 更新日: 公開日:
船上から見た硫黄鳥島 画像提供:Tim Ravasi (OIST)

硫黄鳥島は、沖縄県の西部、沖縄本島の真北に位置しています。琉球弧に含まれる数百の島の一つで、わずか2.5平方キロメートルの広さしかありませんが、ちょっと特別な島なのです。なぜかというと、硫黄鳥島は、沖縄県内で唯一、活火山がある島だからです。

この島の住民は、数世紀に渡り、明王朝へ進貢するために硫黄を採掘していましたが、1903年に噴火や地震が相次いで発生し、島民は一時的に220キロメートル以上離れた久米島に移住しました。しかし1958年にはそのまま避難先で定住することとなり、硫黄鳥島は現在は無人島となっています。

那覇から船で6時間ほど北上した場所に位置する硫黄鳥島。沖縄県で唯一の活火山がある。 出典:国土交通省国土画像情報(カラー空中写真)

そんな火山の島に今、かつて硫黄を求めて渡った鉱夫たちではなく、全く異なる目的を持って目指す人々がいます。それは科学者。二酸化炭素を豊富に含んだ海水が生物に与える影響について研究するためです。今年、沖縄科学技術大学院大学(OIST)の研究員が初めて硫黄鳥島を訪れました。

2020年9月、OISTのティム・ラバシ教授と博士課程の学生であるマイケル・イズミヤマさんは、琉球大学や東京大学の共同研究者らと共に那覇港から船で約6時間の場所に位置する硫黄鳥島に向かいました。、東シナ海が彼らに味方をしてくれたようで、2日間の調査航海中、穏やかな天気に恵まれました。

調査団のメンバーとして2020年9月に硫黄鳥島を訪れたティム・ラバシ教授とマイケル・イズミヤマさん。

OISTのキャンパスに戻ったマイケルに、調査航海と彼の研究について尋ねました。

去年OISTに入学したマイケルは、サンフランシスコ州立大学で海洋生物学の修士号を取得しましたが、そこで、ウミタナゴという、卵ではなく子どもを産むユニークな魚類の繁殖戦略について研究していましたが、彼が魚に興味を持ち始めたのはそれよりもずっと前、幼少期に日本に住んでいた時のことでした。

「その当時、私たち一家は漁港の隣に住んでいました。そこには魚の加工工場があり、大量の魚が運ばれてきていました。魚を観察し始めたのはそれがきっかけで、魚の種類やライフサイクル、海中でどのように生きているのか、などに興味を持つようになったのです」

魚の魅力に惹かれたマイケルは、海洋生物学を学び、特に進化と種の分化に興味を持つようになりました。マイケルはOISTの博士課研究で、海底から二酸化炭素が出てくる「CO2シープ」と呼ばれる場所周辺の魚類を扱う予定です。

マイケルを研究室で取材

OISTの海洋気候変動ユニットを率い、マイケルの研究プロジェクトを指導しているラバシ教授は、「CO2シープは”未来の気候”による自然の姿に類似しています」と説明します。「CO2シープは、おそらく世紀末の、海洋酸性化が進んだ状態を作り出していると思われています。特筆すべきは、このような極端な環境でも、まだ健全な生態系が存在しているということです。そこで生息している生物は周りの環境に適応したに違いありません。ですから、そこで見つかる魚類を研究することで、将来の海の姿が分かるのです」

調査団は硫黄鳥島で、CO2シープ周辺と、比較対象のために200メートルほど離れた場所の2カ所からサンプルを採取しました。

水中の泡がCO2シープの印。二酸化炭素が水と混ざり合い、将来の海のような状態を作り出している。このような場所では、水中の二酸化炭素濃度は500~1500ppmに達する。今世紀末までには、世界の海の水中二酸化炭素は平均で550~970ppmになると予想されている。画像提供:Michael Izumiyama(OIST)

「多くの人はサンゴに注目していますが、私の研究では、シープ付近及び対照地の魚類を調べます。魚類がどのように変化するのかを調べている人は少ないので、この研究から新たな発見があるでしょう」とマイケルは自分の研究の意義を語ります。

CO2シープで単に魚の種類を数えるだけでも、魚類について大まかに理解することもできるでしょうが、マイケルは、さらに環境DNA(eDNA)を収集するために水のサンプルを採取しました。魚の数を数えるだけだと、認識しやすい種に偏ってしまったり、小さかったり見えにくい生物を見逃したりしてしまうことがありますが、鱗や排泄物、幼虫などを含むeDNAを使用することで、より正確な全体像を把握することができます。

OISTの研究室でサンプルを見るマイケルと著者のルシー・ディッキー

「水をろ過して、そこからeDNAを抽出することができます。これから数ヶ月間は、研究室で作業をしてeDNAを分析し、水中に含まれるものを調べるつもりです。」

さらにマイケルは、水中で映像も撮影しており、これも分析する予定だといいます。

【動画】OISTの海洋生物学者らが硫黄鳥島の海底で撮影した映像。カスミアジが泳いでいるのが見える。動画提供・Michael Izumiyama=OIST

まだまだ研究の初期段階ではありますが、何かわかったことがあったかどうかを尋ねたところ、マイケルは、「サンゴ群からの移動が見られるようです。藻類が多くなっていますが、これは光合成を助ける二酸化炭素が水中に多く存在するため、起こりうることです。そして、それによって草食生物が増えていると思われます。しかし、シープ付近及び対照地の両方でアジ科の魚のような大きな捕食者も見られ、それについては今後、分析してみないと分かりません」と答えてくれました。

研究チームは今後3年間、少なくとも年に1回は硫黄鳥島に戻る予定です。また、マイケルはニューカレドニアや伊豆半島沖にある式根島でもCO2シープのサンプルを採取しています。

ラバシ教授は、「こんな珍しい場所にアクセスすることができ、本当に恵まれています。マイケルの研究は、私たちの海が将来どのような姿になるのかを明らかにする大きなプロジェクトの一環です」と言います。

プロジェクトには、香港、オーストラリア、ニュージーランド、フランスの大学など複数の機関が参加しています。これらの研究者らは、同様の実験を世界中の火山域で行っています。

ラバシ教授は「この研究では、私たちの海の将来を垣間見ることができ、海洋保護区の設計や漁業管理に役立てることができると考えます」と、その重要性を説明しています。

(OISTメディア連携セクション ルシー・ディッキー)