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海がどんどんうるさくなっている 騒音で生態系はどうなる

ニューヨークタイムズ 世界の話題
カナダ・ブリティッシュコロンビアのバンクーバー沖に浮かぶ船の船尾。船舶の航行は増え続けており、騒音が海洋生物に悪影響を及ぼす可能性がある=Alana Paterson/©2019 The New York Times

ゆっくり動く巨大な何隻もの船が、何マイルにもわたって芝刈り機をかけているようなパターンで海を行き交い、12基から48基のエアガンが圧縮空気を海中深く繰り返し撃ち込む。

音波が海底にあたり、戻り、何マイルか下の地層の境目で跳ね返って戻ってくるのをハイドロフォン(水中音波受振器)で受けとめるのだ。音響のパターンが原油やガスの埋蔵の可能性を示す3次元地図を描いていく。

人間が水中で定期的に使う音の中で最も大きな騒音をつくりだすのが、おそらくこのサイズミック・エアガン(訳注=seismic air gun。海底資源探査に使う装置で、圧縮空気を開放して人工地震波を発生させる)だ。そして大西洋で、その騒音は一段とひどくなろうとしている。

米トランプ政権は原油・ガス探査の沖合掘削を認める計画の一環として、ここ30年間で初めて、フロリダ中央部からノースイーストにかけてのイースタンシーボード(Eastern Seaboard)沿いでエアガンを使った人工地震波による地図作成事業の許可を五つの会社に与えた。大西洋での探査はまだ始まっていないが、沖合掘削が解禁されたことで、企業にはメキシコ湾や太平洋での探査許可も与えられる可能性がでてきた。

現在、企業による海底地図づくりで最も一般的に使われているのがエアガンだ。

「エアガンは、おおむね10秒ごとに、何カ月にもわたって四六時中発砲されている」。米デューク大学の海洋保全テクノロジー教授ダグラス・ノワチェックは、こう述べ、「その音波は4千キロ離れていても検波できる。きわめて大きな衝撃がある」と指摘した。

環境保護活動家らは、海洋の騒音問題をますます悪化させている最新事例として水中での絶え間ないソニックテスト(音波深傷試験)を挙げ、それが産業界の一部や政府を告訴する要因になっており、同時に海洋生物の危機についての研究の取り組みにも拍車をかけているとしている。

エアガン、船が出す音波、一般的なタンカーの航行。そうした音が海の生物――クジラやイルカ、魚類、イカ、タコ、さらにはプランクトンといった大きな生き物から小さなものまで――を徐々に、あるいは即座に、死に至らしめる原因になると指摘する科学者もいる。動物の聴覚損傷や脳内出血をもたらし、生存を左右する交信音をかき消すといった悪影響を及ぼす可能性がある、と専門家は言う。

世界各地の海洋で響きわたる音があまりにもひどくなっており、専門家たちはそれが海の生態系を根本的に乱し、摂食や生殖、社会的行動を害し、個体の減少を招くことを懸念している。

たとえば、2017年の研究では、大きな爆発音――その音はサイズミック・エアガンの音よりもやわらかい――によって、半径4分の3マイルに生息する動物性プランクトンの3分の2近くが死んだことがわかった。食物連鎖の底辺に位置し、巨大なクジラからエビに至るまで、あらゆる生き物のエサになる微生物が動物性プランクトンなのだ。オキアミは、クジラなどの動物が生きていくのに必要な甲殻類だが、ある研究によると、そのオキアミがとりわけひどい打撃をうけた。

「研究者たちは、エアガンが使われた周辺には生き物がまったくいなくなったことに気づいた」と天然資源防衛評議会(NRDC)の海洋哺乳動物保護部長マイケル・ジャスニーは言う。NRDCは地震波方式による資源探査をやめさせるため米連邦政府を相手取って訴訟を起こしている環境保護団体の一つである。

エアガンが発する人工地震波は260デシベル(訳注=デシベルは音や振動の強さを表す単位)に達すると見積もられている。コンテナ船などが起こす騒音は最大190デシベルになる(対比すると、スペースシャトルの打ち上げによる近隣の騒音は約160デシベルだ)。

カナダ・バンクーバーのライオンズゲートブリッジの下を航行するコンテナ船=Alana Paterson/©2019 The New York Times

強度は10デシベルごとに1桁ずつ違ってくる。260デシベルの爆発音の強度はコンテナ船がたてる騒音の1千万倍になる。水は空気よりもはるかに密度が高いから、水中の音は海面上と比べて約4倍の速さで伝わり、その到達域もより広範囲だ。

ノワチェックが言うには、原油やガスの探査や地質研究のため、「常時、世界各地で20、30、あるいは40件の人工地震波を使った調査が行われている」。

新たに許可された探査の初年には、米国の東海岸線沿いで500万回以上の大規模爆発があると言われている。

米コーネル大学鳥類学研究所の生物音響学課程の上級研究員クリストファー・クラークは40年間、クジラのコミュニケーション(交信)を研究しているが、音を絶妙に調律している水中生物にとって騒音は「生き地獄」であると表現した。

環境保護グループの連合体は、米海洋大気局(NOAA)の海洋漁業部(NMFS)を相手取り、提訴した。爆発許可が絶滅危惧種保護法(ESA)など野生生物保護を定めたいくつかの連邦法に反するとの訴えだ。さらに、10州の州知事は沖合での掘削許可に抗議し、法的な対抗措置に加わることを検討している。

海洋動物を危険にさらしたり傷つけたりすることは、海洋哺乳動物保護法(MMPA)で禁じられている。NOAAは2018年11月、人工地震波を使う資源探査会社5社に許可を与えたが、「それが海洋哺乳動物を困らせることになるのは偶然であり、意図したものではない」としている。(トランプ政権により)政府機関が閉鎖されたため、探査を始めるために必要な政府手続きは少なくとも3月1日まで延期された。

探査事業に関わる各社は、探査が害をもたらすとの訴えに強く反発している。「過去50年以上にわたる大規模な調査や科学研究は、海洋哺乳動物に直接、物理的な危害を及ぼす危険性はきわめて低いことを示している」。探査業界の国際的な団体「IAGC」のコミュニケーション担当副会長ゲイル・アダムス=ジャクソンは声明で、そう述べた。彼女は、環境保護グループの取り組みはもっぱら沖合掘削や開発阻止を狙ったものだと言うのだ。

探査会社各社とNOAAの海洋漁業部門は、海洋生物への影響を最小限に抑えるよう慎重な監視や緩和策を続けると言っている。この措置には、哺乳動物の発声を検知する音響モニタリングや、絶滅の恐れがあるタイセイヨウセミクジラなど敏感な生物種が観察された場合は探査作業を閉鎖するといったことが含まれるという。

しかし、長年にわたる絶え間ない爆発は非常に有害で、その影響はセミクジラにとどまらないとの指摘もある。海中で音が反響するため、音は容赦がない。

「何であれ、慢性的なストレスが長く続くことは良くない。生殖に必要なリソース(資源)を遠ざけてしまうからだ」と海洋保全テクノロジー教授のノワチェックは言う。「アドレナリンやストレスホルモンを分泌する副腎を圧迫し、体重が減ったり免疫不全を引き起こしたりする」

カナダ・バンクーバーの貨物船=Alana Paterson/©2019 The New York Times

2001年の米同時多発テロ事件直後は海上での船舶の往来が著しく減ったが、その時期に行われた画期的な研究で、調査員たちはカナダ大西洋岸のファンディ湾に生息するセミクジラの排泄(はいせつ)物からストレスホルモンの有意な減少が見られたことに注目した。これは、船舶が出す騒音がクジラに慢性的なストレスを与え得る最初のエビデンス(科学的根拠)だった。

さらに、視界に限界がある海洋の生態系においては、音響によるコミュニケーションは最も重要だ。クジラの多くの種は高度に知的で、社会性があり、クリック(舌打ち音)やうめき声、鳴き声、独自の言語による呼びかけで交信をしている。ある種のクジラやシャチ(別名でKiller Whale=「殺し屋クジラ」とされているが、イルカの仲間では最大の種)は、自然の水中音波探知装置ともいえるエコーロケーション(反響定位法)でエサを捕食している。

「音はすごく遠くまで非常に速いスピードで伝わるが、クジラはそれを活用するよう進化してきた」。米バージニア州の海岸からアイルランド近くまで、クジラが出す音に耳を傾けてきた前出の生物音響学者のクラークは、そう話し、「クジラは1千マイル離れた場所の暴風の音も聞くことができる」と指摘した。

人工地震波の騒音とは別に、コンテナ船やネイビーソナー(海軍艦船が搭載している水中音波探知装置)が出す複合音も海洋生物に支障をきたす。世界中を航行する船舶の数は近年著しく増加しており、船のスクリューによる泡の発生と消滅が同期して起きる騒音のキャビテーション(cavitation)やエンジン音はますます大きな問題を引き起こしている。

最近の研究によると、船舶が出す騒音は2030年までに倍増する可能性がある。 そうした騒音はクジラ同士の交信音を遮蔽(しゃへい)してしまい、方向感覚や摂食、若い個体のケア、エサの探知などに影響を及ぼし、攻撃性を増すことすら起き得る。生物学者のチームが算定したモデルによると、ある種のクジラのコミュニケーションはすでにその80%が騒音で妨害されている。

約2万種の魚類が聴覚を持つことがわかっており、800種ほどはエサを捕ったり、交尾したり、進路を探ったり、交信したりするのに独自の音をたてることが知られている。

別の研究によると、アカボウクジラ(訳注=クチバシのようなアゴを持つクジラの総称)は騒音にきわめて敏感で、サイズミック・エアガンやネイビーソナーの音から逃れようと必死になり、潜水パターンが狂って海面に出てきてしまう。このため、減圧症で死ぬケースもある。

また、大きな騒音は海洋生物の進行方向を変化させ、行動パターンや生態系に影響を及ぼすこともある。カナダのバフィン湾(訳注=大西洋北西部の北極圏にある)で2008年、長いらせん状の牙を持つクジラの一種のイッカクは人工地震波による探査試験の影響で南下移動が遅れ、海氷に囲まれてしまった。その結果、1千頭以上が死んだ。

爆発音は、平衡胞と呼ばれる無脊椎(せきつい)動物の感覚器官に大きな打撃を与える。タコやイカ、ロブスターその他の無脊椎動物の平衡胞は方向やバランスをつかさどる器官だ。それがダメージを受けると、方向感覚を失い、捕食されてしまう危険性が生じる。

海洋の騒音は経済的な悪影響ももたらす。ノルウェーでの研究によると、資源探査作業が行われている海域の近くで操業する漁業者は、通常の40%から80%の漁獲量しか得られず帰港することがわかった。

水中の騒音の規制はきわめて少なく、専門家たちは解決の道を探っている。国連は最近、騒音公害と海洋生物に関する1週間のシンポジウムを開いたりしている。

科学者や環境保護の活動家たちは、音や船舶の航行が海の生き物に及ぼす影響をもっと理解するため、調査研究の必要性を訴えている。(抄訳)

(Jim Robbins)©2019 The New York Times

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