青く輝く海面から漆黒の深海までの間に、謎に包まれた暗い海がある。海面から660~3300フィート(約200~1千メートル)の中深層だ。言ってみれば、「海のトワイライトゾーン」。ようこそ、この世界に!
中深層には、現在の世界中の漁獲量を上回る魚が生息していることを最近の調査結果は示している。いったいどんな魚が、どれだけいるのだろうか。
ここにすむ不思議な魚たちをもっとよく知ろうと、2018年8月からハイテクを駆使した調査が進められている。狙いは、持続可能な漁業の実現だ。より海面に近い表層には、豊かな魚の世界がある。これをとり過ぎて漁獲が減ってしまう前に、もっと深い層の可能性を探り、全体の維持に役立てようという発想だ。
「手遅れにならないうちに、今こそきちんと取り組まねばならない」とハイディ・ソシクは言う。米ウッズホール海洋研究所の生物学者で、この「海洋トワイライトゾーン研究プロジェクト」のリーダーを務める。「これまで本格的に研究されたことがない分野で、調べるほどに関心が深まる。生態系全体の中で果たす役割は、考えられていた以上に大きいようだ」
以下は、今回の初の航海調査で判明した主なポイントだ。
〈音で探る〉
海の生物には、固有の音紋がある。だから、音波を出してはね返ってくるパターンで、識別もできる。ホエールウォッチングで、ザトウクジラを見つけるのにも使われている。
しかし、これが中深層となると、そうはいかない。船に積んでいる音波探知機が、これだけ深いところにすむさまざまな生物の音紋を認知できるだけの性能を備えていないからだ。深海生物の生息密度がすごく高いと、発した音波が海底と間違えて(訳注=実際の海底より浅いところから)はね返ってくる。深海音波散乱層として知られる現象だ。そんな障壁もあって、いまだにここトワイライトゾーンの謎は多い。
この音波散乱層を形成するのは、ハダカイワシ(英名lantern fish)の約250種にも上る仲間たちであることが多い。巨大な群れになれば音波探知機を欺くほどだが、個体としては人間の人さし指の大きさを超えることはない。
今回の調査は、大西洋で10日間続けられた。米国海洋大気庁(NOAA)所属のヘンリー・B・ビゲロー号が引く「ディープ・シー(Deep―See)」と呼ばれる装置を、深海音波散乱層に垂らして計測した。すると、一定の範囲でいくつもの固有の周波数が見つかった。これが、この世界の住民の写真とDNAに符合する「音紋辞典」になるのではないかと期待されている。
「音響測定が、最も強力な武器になる。でも、それには、こうした生物の反響音がどう聞こえるかを知らねばならない」と「ディープ・シー」の開発を率いたアンドン・ラベリーは話す。
生物そのものは、最終日にトロール網で採取した。網の一つに小さな水槽をとり付けて捕獲し、船上で生きたままうまく撮影することもできた。
〈小さな魚体〉
この世界に多いヨコエソ(英名bristlemouth)は、地球上で最も多い脊椎(せきつい)動物でもある。
「そのいくつかは、まるですごい怪物のよう」とリーダーのソシクは、光を発するこの細長い魚を形容する。
しかし、「中深層のほとんどの魚は小さい」と指摘する。エサが少ない環境で生きるには、体の大きさがカギとなる。小さければ、エサも少なくてすむからだ。
〈凶悪者〉
大きなキバを持つ怪物、ホウライエソ(英名Sloane's viperfish)は、(訳注=人さし指の大きさの魚が多い中で)手のひらほどの大きさになる。
「こいつが、大型の凶悪な肉食獣のような存在なのだろう」とウッズホール海洋研究所の生物学者で、今回の撮影を担当したポール・カイガーは例える。
キバ(歯)の長さと体の大きさの比率は、動物の中で最大規模だ。口を閉じても、キバは長すぎて収まらず、檻(おり)のようになる。そこに、獲物を閉じ込めて平らげる。
「数日間もエサにありつけないこともあるだろう。だから、ひとたび見つければ、絶対に逃さないようにする」とカイガーは見ている。
〈海の忍術〉
ムネエソ(英名hatchetfish)の腹部には、発光器官がある。中深層の生物は、さまざまな形と大きさの発光器官を通して化学変化を起こさせ、自分で光を確保する。
それを点灯し、明るさを調整しながら、ムネエソは身を守っている。海面から差し込む光と自らの発光をうまく混ぜて自分のシルエットを消し、下の方から獲物を探す敵から見えないようにしているのだ。「カウンターイルミネーション」と呼ばれるこの隠遁(いんとん)術は、海のトワイライトゾーンで見られる生物発光現象の最も一般的な活用法だ。
それだけではない。ムネエソは、自分の体を鏡のように使って隠れたり、場合によっては透明にして見せたりすることすらある。
〈感触つかむ体当たりも〉
薄暗い中で、周りを見たり、感じたりするにはどうするか。ハダカイワシの場合は、わずかな光でも逃さないよう、目が巨大なレンズになることもある。
荒っぽいのは、オニキンメ(英名fangtooth)。「真夜中のような暗がりで見極めたいものがあれば、それが何なのか、体当たりするようにして感触をとる」と先のカイガー。体に沿った突起部に圧力センサーがあり、自分の体長の数倍の範囲なら、こうした体当たり行動で動いている物体や動物などを感じ取ることができると見られている。
〈究極の護身〉
こぶしの大きさのサメハダホウズキイカ(英名glass squid)は、敵に遭遇しても、スミを吐き出すようなことはしない。丸見えの状態で姿を隠してしまう。触手や頭を、粒々の突起で覆われた丸いホオズキ状の体に引き込んで、自分のスミで満たす。「食指のまったく動かない、膨らんだボールができあがる」とカイガーは笑う。
〈海の各層を日々移動〉
海軍が海の中を探るのに、音波探知機を使うようになったのは1930年代のことだった。中には、音がたくさんはね返ってくるので、海底にあたっていると考えられた事象があった。ところが、その深さは、夜と昼とで違っていた。
この「ニセ海底」は、生物の大きな群れが何百、何千フィートと、海の深いところから海面に向けて毎晩移動している姿だった。しかも、地球のいたるところで見られた。
昼は、表層にすむサメやマグロなどがこの群れを追って捕食していることが、最近、裏付けられるようになった。
「海の各層は、それぞれが独立しているのではなく、相互に密接に関連している。だから、ある層の生物は、別の層の生物から影響も受ける」とソシクは解説する。
この重層的な食物連鎖に取り組む学者は、海の中でのこの連鎖が炭素を海洋の中に閉じ込め、気候変動を抑えることに大きく貢献しているのではないかと考えるようになった。これが、通常は目視できない深海を研究することの意義を支える新たな柱になってきた。
「もし、このトワイライトゾーンから生命を消し去ってしまえば、海洋全体と地球がすぐに影響を受ける」とソシク。実際には、消し去ることのできない、驚くほど興味深い世界がそこに広がる。だから、「目をそらすことなど、とてもできない」と言うのだ。(抄訳)
(Joanna Klein)©2018 The New York Times
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