「性別の箱」から自由になるために 若者と行政をつなぐ櫻井彩乃が教える変革のコツ
1. 高校時代の悔しい原体験や途上国支援、防災の現場を通じて、性別の固定観念が若者の可能性を縛っている現状を痛感
2. お堅い行政文書を就活などの身近な話に言い換えて発信し、若い世代がパブリックコメントに参加しやすい環境づくりを推進
3. 反対意見や不安の声にも一人ひとりと丁寧に向き合い、男子学生の抱く不公平感の背景も制度の目的(ポジティブ・アクション)を丁寧に説明してひもとく
4. 無意識のバイアスへ視点を向ける:行政広報や生成AIに潜む「無意識のステレオタイプ」を意識的にチェックし、権利の上に甘んじず意思表示し続ける大切さを提唱
――ジェンダー問題に取り組む原点となったのは、高校時代の出来事だったそうですね。
合唱コンクールの日、クラスメートの男子生徒に声をかけたところ、「お前は女なんだから黙って可愛くしていればいいんだ」と言われたんです。
それまで私は、「女の子だから」という理由で何かを制限されたり、振る舞いを決めつけられたりした記憶がほとんどありませんでした。だからこそ、その一言は頭を殴られたような衝撃で、「なぜあなたと私は同じ人間なのに性別で判断するのかな」「なぜ性別によって振る舞いを決められなければならないんだろう」という強い違和感を感じました。
当時は、なぜそんなことを言われるのかも分からず、その言葉がずっと心に残りました。
――その違和感から、どのように関心を深めていかれたのですか。
母に話したことをきっかけに、世界には女性や女の子を取り巻くさまざまな状況があることを知りました。 世界には性別だけを理由に命を奪われたり、学校に通えず若くして結婚・出産の強要を受けたりする同世代がいると知り、大きなショックを受けました。
その後、プラン・ジャパンが開催した国際ガールズ・デーのイベントに参加し、ジェンダー・スペシャリストの大崎麻子さんに出会ったことが、大きな転機になりました。
大崎さんとの出会いをきっかけに、国際NGOでインターンをするようになりました。そこで、学校に行くことが許されなかったり、若くして結婚を強いられたりする状況に置かれながらも、「将来は大統領になりたい」「医者になって、こうした慣習をなくしたい」と力強く語る十代の女の子たちに出会いました。
一方、当時通っていた女子大学では、「女の人生なんて○○だよね」と、自分の将来を性別と結びつけて語る声を耳にすることもありました。
日本では、学校に通えないなど性別による制約が目に見える形では現れにくいかもしれない。でも実は、私たちも知らず知らずのうちに「女性だから」「男性だから」という“性別の箱”の中で生き、自分自身の選択肢や可能性を狭めているのではないか。そう考えるようになったんです。
――東日本大震災の関連イベントや防災会議への参加も大きなきっかけになったとか。
大崎さんに誘っていただき参加した仙台での国連世界防災会議で、東日本大震災の被災地で起きていたさまざまな問題を知りました。 避難所リーダーの多くが男性だったことで、生理用品など女性特有のニーズへの理解が十分に得られなかったり、物資と引き換えに身体を触らせるような性暴力が起きていたのです。
調べると阪神・淡路大震災でも同様の問題が発生していました。災害によって突然ジェンダーの問題が生まれるのではなく、平常時にあるジェンダー不平等や意思決定への女性の参画の少なさが、非常時により深刻な形で表れるのだと知りました。
こうした経験から、日本国内でもジェンダー平等について考え、若い女性たちが自分自身の可能性や選択肢を狭めることなく、自分の人生を自分で決められるようにするためのエンパワーメントが必要だと感じるようになりました。そこで、日本の女の子が自分の人生を自分で決められる社会をつくりたいと考え、「Torch for Girls」を立ち上げました。
――大学卒業後はソーシャルビジネス企業「ボーダレス・ジャパン」に入社されたのですね。
もともと非営利セクター志望でしたが、インターン先の上司から「ビジネスで稼ぐ仕組みを学んで来てほしい」と勧められました。
JOGGO株式会社で、バングラデシュの貧困問題の解決を目指して革製品を生産・販売する事業に約2年間携わりました。その後退職し、「#男女共同参画ってなんですか」プロジェクトを立ち上げました。
――国の第5次男女共同参画基本計画に対して行動を起こされた背景には、どのような違和感があったのでしょうか。
私は学生時代、地元・東京都葛飾区の葛飾区男女平等推進審議会に唯一の学生として関わり、行政に意見を伝え、それが反映される経験をしました。だからこそ、国の第5次男女共同参画基本計画の素案を見たときに、強い違和感を覚えました。
100ページもの難解な文書で、地方からの若い女性流出問題についても、出ていく若者側に課題があるかのように読める部分がありました。でも、本当に問うべきなのは、なぜ若い女性が地域を離れたいと思うのか、その背景にある地域側の構造ではないか。また、当事者である若者の声をどれだけ直接聞いて作られたのだろうと感じました。
国の基本計画は、これから5年間の方向性を決めるものです。だからこそ、その5年間を生きる若者自身が「これからの社会をどうしてほしいか」を声にする必要があると思い、行動を起こしました。
――そこで「政策翻訳」という手法を考案されたのですね。
国や地方自治体が計画や制度をつくる際には、案を公表し、広く意見を募る「パブリックコメント」という手続きがあります。この仕組みを使って若者の声を届けようと考えました。
ただ、意見募集の期間は1カ月ほどしかなく、難解な資料では提出のハードルが高すぎます。そこで、若者と国をつなぐ「翻訳者」になろうと考えました。
学校や就活、地方の問題など、若者にとって身近な項目をピックアップし、分かりやすい解説を添えてSNSで毎日発信しました。さらに期間中、官僚や専門家をゲストに招いたオンライン対話イベントを開催し、若者が直接疑問や意見を伝えられる場をつくったのです。
その結果、多くの意見が集まり、大臣に直接意見を届けることもできました。選択的夫婦別姓をはじめ、若者の切実な声が国会や行政を動かすムーブメントになりました。
――発信や署名活動の中で、反発や批判にさらされることもあったそうですが、どう対応されたのですか。
私は「NO」と言う方の話を聞くことが大切だと思っています。なぜそう感じるのか、その背景にある不安や懸念を知りたいからです。そのため、DMなどで意見をいただいた際には、できる限り一対一でやり取りをしてきました。
選択的夫婦別姓についても、「自分が少数派になってしまうのではないか」と不安を感じる方には、「どちらかを選ばなければならない制度ではなく、選択肢を増やすためのものです」と、制度の趣旨や現状どのような不利益が生じているのかを丁寧に説明しました。
そうしたやり取りを重ねる中で、「そういう意味だったんですね」「理解できました」と言っていただくこともありました。相手の意見を最初から否定するのではなく、まず背景を聞き、そのうえで事実や自分たちの考えを伝える。そうしたコミュニケーションを大切にしています。
――最近は若い男性の間に「不公平感」を覚える人が増えているという指摘もあります。
それは強く感じますし、きちんと向き合う必要があると思っています。以前、地方での講演で、国家公務員を目指している男子学生から「就職イベントに女子学生限定のものがあるのは不公平ではないか」と質問を受けたことがありました。
――その学生にはどうお返事されたのですか。
まず、なぜ「不公平だ」と感じたのか、その理由を聞きました。そのうえで、なぜ女子学生を対象にした取り組みが行われているのか、その背景を一緒に考えました。
身近な例として、所属するサークルの幹部について聞くと、男性が中心だと教えてくれました。社会でも、誰にでも同じ機会があるように見えても、無意識の思い込みや慣習によって、性別で役割が固定化されたり、選択肢が狭まったりしている状況があります。そうした差を縮めるために、女性の参画を後押しするなど、さまざまな取り組みが行われています。
その背景を説明すると、「そういう理由があるんですね」と受け止めてくれました。施策だけを見ると「なぜ女性だけなのか」と感じることもあると思います。だからこそ、施策を行う側も、なぜ必要なのか、どのような課題を解決しようとしているのかを丁寧に伝えることが重要だと思っています。
――日常で大人が子どもに接する際に気をつけるべき点はありますか。
東京都の調査で、家事や育児について、高校生の約5割が「女性の方が向いていると思う」と回答しています。子どもは、周囲の大人が口にする言葉だけでなく、家庭や社会の中で実際に誰がどの役割を担っているのかも見ています。
共働きであっても、家事や育児の多くを母親が担っている姿を日常的に見ていれば、「これは女性がするものなのだ」と受け止めることもあると思います。
だからこそ、家庭の中でも性別にかかわらず家事や育児を担う姿を見せることが大切です。「男だから」「女だから」と無意識に役割や選択肢を決めつけていないか、大人自身が日々の言葉や行動を点検していくことも必要だと思います。
――東京都男女平等参画推進総合計画などに関わられて、変化をどう評価されていますか。
まず、東京都の計画は、図表やイラストを取り入れながら、できるだけ多くの都民に伝えようとする工夫がされていると感じます。内容についても、男女で異なる課題やニーズを踏まえ、あらゆる取り組みに男女平等参画の視点を取り入れていくという方向性が示されていることはとても重要だと思います。オンライン上の性暴力や痴漢被害といった課題に、しっかり取り組もうとする姿勢が見て取れます。
「男女平等参画の視点に基づく公的広報物ガイドライン」がつくられたことも大きな前進です。これまで無意識に使われてきた表現や配役について、ジェンダーの視点から確認し、見直すためのツールができたことには、大きな意味があると思っています。
――企業や「生成AI」におけるジェンダー課題についてはどうでしょうか。
企業にとっても、ジェンダー平等への取り組みはますます重要になっています。就職先を選ぶ際に、男性育休の「取得日数」や「男女間の賃金差」などを確認する若者もいます。人材の獲得や定着、ESGの観点からも、企業が取り組むべき課題の一つだと思います。
生成AIについても、ジェンダーの視点は欠かせません。例えば「大学教授」の画像を生成すると男性に偏ったり、「ケアワーカー」では女性に偏ったりするなど、既存のジェンダー・ステレオタイプが反映されることがあります。
相談やサポートを目的としたAIで相手役が女性として設定されることがあります。「ケアやサポートを担うのは女性」という既存のイメージがAI上でも再生産されてしまう可能性があるのです。だからこそ、AIをつくる側だけでなく、使う側にも「どんなバイアスが含まれている可能性があるか」を意識することが必要だと思います。
――最後に行政に関わる方や若い世代へメッセージをお願いします。
若い世代には、社会に対して「こうなってほしい」「ここを変えてほしい」と思うことがあれば、ぜひ声を届けてほしいです。そして、意見を伝えるだけでなく、可能であれば意思決定の場そのものにも関わってほしいと思っています。
全国の自治体には、審議会や公募委員など、政策づくりに参加できる仕組みがあります。若い世代がそうした場に入り、政策をつくる側に加わっていくことはとても大切です。
行政の側には、まずは若い人の声を聞いてほしいです。そして、若者の声を聞く機会を一度つくって終わりにするのではなく、継続的に政策形成へ反映できる仕組みとして整えていってほしいと思います。
若者を招いて意見を聞くだけではなく、どの段階で意見を聞くのか、その声をどう施策に反映するのかまで含めて仕組み化していくことが重要です。
(日本の女性参政権運動の草分けとなった)市川房枝さんの「権利の上に眠るな」という言葉があります。権利や制度は、一度手にしたら終わりではありません。使い、守り、より良いものに更新していくためにも、声を上げ続けることとそれを受け止める仕組みをつくること、その両方が必要だと思っています。