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「らしさ」の呪縛、ともに乗り越えるには 男女の対立構造、解きほぐす視点を聞いた

World Now 更新日: 公開日:
多賀太さん=高橋健次郎撮影

世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数2020」で153カ国中121位と大きく世界に遅れを取る日本。「女性の地位向上」や「女性が抱える課題の解消」はいま、非常に重要なテーマだ。一方で、こうしたテーマを議論するとき、男女間や世代間の対立構造があらわれてしまうこともある。対立を乗り越えて、誰もが性別にもとづく「らしさ」の呪縛から解放されるためには何が必要だろうか。ジェンダー学が専門で、男性の生きづらさについても研究する関西大学文学部の多賀太教授に、詳しく聞いた。(澤木香織)

■既得権益を奪われるわけではない

――ジェンダーギャップの是正というと、女性が議論の中心になることが多いです。男性はどのように関わっていくことができるでしょうか。

ジェンダーギャップの是正に対して、「女性の地位を男性並みに引き上げる」というイメージを持ち、「既得権益を女性に奪われるのではないか」と考える男性もいるかもしれません。そうではなく、これまで性別によってくっきり分けていた「壁」を低くし、役割を「相互浸透」させていくことができると考えています。

近代社会は、「公」(おおやけ)と「私」(わたくし)の領域をくっきり分けて、公の領域に男性を割り振り、私の領域に女性を割り振って社会を作ってきました。男性が公の領域でお金を稼いだり、社会を動かしたりできたのは、女性が私の領域でたくさんの責任を負ってきたからです。

一方で、私の領域にも楽しみや生きがいはある。男性は公の領域で責任を果たすという「男らしさ」の期待にこたえるため、私の充実を制限されてきました。稼ぐことや活躍することと引き換えに、長時間労働を強いられ、家庭や地域に関われなかったり、健康を害したりする代償も払ってきたと思います。ジェンダーギャップを是正することは、男性が私の領域を充実させる可能性を開くことにもつながります。そう考えると、一方的に利益を失うのではなく、「新たな人生の選択肢が広がる」と考えることができます。

重要なのは、「男なんだから、稼がなければいけない」という規範も、同時に薄れることです。これまでの社会は、そうした規範によって「男らしさ」の期待にこたえられない男性が苦しむ状況を生んできました。格差だけが縮まり、規範だけが残れば、ますます生きづらさを抱える男性が出てきます。

女性についても同様です。「女が家のことをする」という規範のもと、多くの女性が家事を一手に引き受けながら、「仕事もがんばれ」と言われ、二重の負担に苦しんでいる。ジェンダーギャップの是正と同時に、固定的な役割規範の解消を進めていくことが、双方の生きづらさの解消につながると思います。

■男女の「らしさ」は時代によって変化してきた

多賀太さん =高橋健次郎撮影

――男性が期待される「男らしさ」について言及がありました。そもそもこの「男らしさ」「女らしさ」とは、どういった概念でしょうか。

何を「男らしさ」と定義づけるかは、「社会や時代によって変化してきた」と考えるのがジェンダー研究の基本的な考え方です。例えば、貴族が支配する社会であれば、男らしさの要素として「高貴であること」があげられました。武士が支配する社会や戦争が起きているときには、身体的な強さや戦闘能力が重視されてきた。

そういった要素を持つ男性が、そういった要素を持たない男性と、女性を支配する社会がずっと作られてきた。「男らしさ」はその時々の社会の中で、男性が支配的な立場にいるためにふさわしい要素として称讃され、それが男性優位の社会の維持につながってきたと言えます。

女性の場合は、支配者としてふさわしい男性を補ったり支えたりする要素が「女らしさ」と呼ばれてきました。女性がリーダー的なことをすると「女らしくない」と言われ、女らしいことをすると男性を支える側に回ることになり、いずれにしても社会の中でリーダー的な位置には就きづらいというジレンマに置かれてきました。

生まれによって差別される、人生を左右されることは近代の理念からすれば不当です。日本も戦後、生まれによって差別されないことを目指してきたけれど、実態がともなっていないというのが現状だと思います。

■男女平等「アクセルとブレーキ同時に踏んできた」

――男女平等が進んできた国では、女性の地位向上という視点と、男性を過度な男らしさから解放するという視点とが、同時に進んだのでしょうか。

例えば男女平等が進むスウェーデンでも、1970年代までは男女の役割分業意識は強く、その点ではそれほど日本との違いはなかった。しかし、日本よりも先に少子高齢化と労働力不足が問題化しました。男だけが働き、一家を養う「男性稼ぎ手モデル」で社会を回すという従来のやり方では、やっていけない状況がいち早く訪れたのです。

そこでスウェーデンは、「女性の経済的自立」と「男性の育児参加」にセットで取り組みました。男性の育休は当初、いまの日本のように利用者が少なかった。男性に権利を与えても、男性がたくさん稼げて女性が稼ぐチャンスがないままであれば、子どもが生まれたときにたくさん稼いでいる方が働き続け、稼げていない方が休む選択をした方が合理的です。だから、共働きを基本とした女性の経済的自立も同時に取り組みました。すると、短期間で男性の育児参加が増えたんですよね。

日本でも色々な形で働き方改革をしていますが、男性の方が稼ぎやすく、正規雇用でいたければ長時間労働を避けられないという働き方の仕組みが変わらないまま、「男性も育休を取って下さい」、「女性も男性並みに活躍できます」、と言われても難しいですよね。

日本は1980年代半ばに女性差別撤廃条約を批准し、男女雇用機会均等法を作りましたが、同時期に、配偶者控除や国民年金の第3号被保険者制度など、働かず主婦(夫)であることで経済的な便益が得られる制度を導入した。

男女平等を進めようというアクセルを踏みながら、ブレーキを踏むようなことをしてきたと思います。こうした初期対応の遅れを、いまだに引きずっているのではないでしょうか。

世界との差は、男女平等への文化的な違いというよりも、この50年ほどの経済的な状況の違いと、それに対する政策の違いによって作られたものだと思います。

■リーダー層が思い切った改革を

――どうすれば変えていけるか、いくつかポイントを教えてください。

意思決定できるポジションに女性を増やしていくことは、すごく大きなインパクトがあると思います。女性の視点が入ることで、男性だけでは気づけなかった色んなことが見えてくると思います。

あとは、少子高齢化が急速に進んで労働力が足りず、男女の役割をくっきりと分けてきたこれまでの社会では、もうもたなくなっていることを社会のリーダー層がしっかりと認識し、思い切った改革をやっていくことが重要です。

従来の男女平等政策に足りなかったと思うのは、経済学が前提とする「個々人は自分の利益を最大化するために行動する」という側面への配慮です。

女性に活躍の「機会」だけを開き、男性に育休の「機会」だけを開き、啓発だけをしていても、個人や世帯にとって「損」になるなら通常はその機会を選びません。

男性が正社員として残業もいとわず働いた方が、世帯収入が多くなるなら、それ以外の選択を取らないのは自然なことです。男女の格差が縮まる方向に個々人が選択をした方が、経済的に得になるといった仕組み作りを工夫する必要があると思います。

――男女がそれぞれに抱えていた「らしさ」のプレッシャーから解放されるためには、まずは「らしさ」にもとづく価値観を転換しなければいけないと感じました。

男女の問題を語るときに気を付けなければならないのは、性別によって共通する側面もありますが、同じ性別でも人によって境遇が異なる面もあって、その両方に目を向ける必要があるということです。

例えば、世代間の違いに注目すると、若い男性たちは、祖父や父世代の男性に比べて、一般により男女平等な意識を持っていますし、上の世代の男性たちと同じほどの特権は今後多分得られない。また、世代にかかわらず、男性の中にも様々な困難を抱えて苦しい生活をしている人や、ジェンダー平等の実現に向けて行動している人も少なくありません。男性も様々です。とはいえ、そうした男性たちでも、「男である」というだけで優遇される場面はまだまだあるでしょうし、社会全体で見れば、日本は圧倒的に男性優位の社会であることは忘れてはなりません。

こうした多様な視点から丁寧な議論を積み重ね、「つらいのは女か男か」といった水掛け論に陥ることなく、女性にも男性にも困難をもたらしている社会の仕組みを理解して、男女がともにその改善に向けてできることから取り組んでいくことが重要だと思います。

男女の役割が大きく変わろうとしている今、自分の中で古い価値観と新しい価値観の両方が混ざり合っている人も多いと思います。そういった葛藤や迷いも含めて一人ひとりがお互いに気持ちを伝え合えるようになれば、社会からの「らしさ」の期待を必要以上に感じて自分を縛り付ける必要もなくなるのではないか、と思います。

●多賀太(たが・ふとし)さん 関西大学文学部教授。一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン共同代表。専門は教育社会学、ジェンダー学。1990年代半ばから男性の生き方を問い直す「メンズリブ」の市民活動に参加。2016年、女性に対する暴力防止の啓発に男性主体で取り組む「ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン」を設立し共同代表に就任。主な著書に『男子問題の時代?』(学文社)など。