「時代しか映ってないぞ」 山内マリコさんが語る、映画「スワロウテイル」と予見性
――30年ぶりに劇場でみる「スワロウテイル」はいかがでしたか。
映画って、撮られた時点では時代が映り込むとは思っていないのに、30年経って見直すと、もう、なんなら「時代しか映ってないぞ」っていうくらい時代が捉えられているんですよね。架空の移民街を描いているはずなのに、日本の90年代特有の閉塞(へいそく)感をすごく思い出しました。
――95年、地下鉄サリン事件と阪神淡路大震災。98年、長銀破綻(はたん)。経済的には今よりも豊かでしたが、暗い時代でした。
まだバブル経済の余韻があって、貧困は今よりもリアルじゃないはずなのに、すごく憂鬱(ゆううつ)な空気が蔓延(まんえん)していたんですよね。生きてるリアリティーがなくて。あまりに手応えがないんで、若者たちはバックパッカーになって海外へ行くみたいな。ないものねだりなんだけど。
――三上博史さん演じる中国系移民のフェイホンが勾留中に亡くなるシーンは、今の社会問題を先取りしているように見えます。
スリランカ人のウィシュマさんが入管収容中に死亡した事件をきっかけに、日本の入管政策が深刻な社会問題として扱われるようになったのは2020年代に入ってから。
ついこの間も、「みんなおしゃべり」という映画に出演していたクルド系難民のムラト・チチェクさんという俳優が、警察による不当かつ不必要な拘束の末、7月2日に亡くなられたばかりです。1996年の時点で日本におけるこういった移民差別を描いたのは、慧眼(けいがん)だと思いました。
ただ、今の価値観で見返すと、ルーツの異なる移民たちを日本人俳優が演じることは、ハリウッドでいう「ホワイトウォッシュ」みたいなミスキャスティングなので、違和感はあります。けど、移民が主役で、移民の側に共鳴した内容なんですよね。エネルギーにあふれているタフな彼らを、格好よく撮っている。
とはいえ、公開当時は田舎の高校生だった私には、リアリティーのある映画ではなくて。「Once upon a time...(むかしむかし)」というおとぎ話のようなナレーションも相まって、当時の私はファンタジーとして受け止めていました。その引っかかりをうまく消化しきれないまま冷凍保存されていた作品でしたが、30年経つとすごく予言的な作品に感じて、違う意味でゾクゾクしました。
――今考えると「円が世界で一番強かった頃」という設定自体に時代を感じますが、アゲハたちが稼いだ千円札を燃やしてしまうなど、経済的繁栄におごり高ぶる日本人や、拝金主義に対する岩井監督の批評的な視点を感じました。
千円札を燃やすという行動に、自国のことを好きになりきれない当時の日本人のメンタリティーが映り込んでいますよね。経済的な繁栄はあるのに、それが誇りやプライドにつながらない。お金だけあってもダメだったんだなっていうのが、今になってわかりますね。
日本のビジネスマンもすごく間抜けに描かれていました。クラブのオーナーとして連れてこられた日本人は、ヘラヘラするばかりで、自分の命が担保になっていることもわかってないような感じ。車をパンクさせられたサラリーマン風の男(光石研)が、フェイホンたちに車からガソリンを抜かれたことにも気づかず、おめおめと戻ってきたり。シビアな現実を生きている移民たちからすると、日本人側はストリートのリアルに疎くて、かなり愚かに描かれています。
――30年前は、どこで見ましたか?
富山松竹という、富山市内にあった映画館に友達を誘って見に行きました。当時はまだまだスクリーンでの映画を見慣れてなくて、雰囲気とテンポに気おされた記憶しかないですが。あとでビデオで見返してから、ようやくストーリーがのみ込めた感じでした。
岩井監督は91~92年ごろ、フジテレビの深夜でとがった単発ドラマを作られていたんですが、私は子どもだったので見られてなくて。93年に「if もしも」の枠で「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」で放映されたときは、ちょっと翌日の教室がザワッとした記憶があります。私は「Love Letter」をWOWOWで見て、そこではじめて監督の名前を知ったのかな。
特集されている雑誌には必ず「日本映画の救世主」というフレーズで紹介されていました。それだけ日本映画がつまらない時代だったので、この人がまた面白くしてくれるのかもという期待感があった。手掛けたミュージックビデオや単発ドラマは、見たくてもなかなか見られないこともあって、岩井作品への飢餓感みたいなものがありました。そういうタイミングだったので、「スワロウテイル」はレンタルビデオ専門だった田舎の高校生ですら、映画館に引っ張るだけの吸引力があったように思います。
――当時、劇中のCharaのファッションと無造作なひっつめのヘアスタイルに憧れました。
ほんと、めちゃくちゃかっこよかったですね。ラブリーなワンピースの上にライダースジャケットを羽織る甘辛ミックスのコーディネート、今見ても全部素敵でした。最後のシーンの江口洋介さんの重ね着もすごく90年代って感じで。
劇中の「YEN TOWN BAND」のライブシーンで、浅野忠信さんが観客に紛れて壁ぎわで聴いてるの気づきました?
――え、いました? 見逃しました。Charaと浅野忠信が自分にとって90年代の〝it couple〟(今をときめくカップル)で、2009年に2人が離婚した時、自分の中の90年代が終わりました。
終わりましたね……。と同時に、やっと終わらせてくれた、という感じもありました。
私の体感では90年代って、2000年代に入ってもずるずる続いていたようなところがあって。2000年代後半にAKB48や「電車男」といったアキバカルチャーが台頭し始めて、サブカルチャーが一気に負けに転じていった。そこでようやく90年代に引導が渡されて、一つの時代の幕が閉じたように感じました。今はアニメとアイドルの時代で、街を歩くと「1億総オタク」みたいな感じすらしますが、それまではオタクカルチャーはダサいもので、サブカルチャーはかっこいいイメージだった。で、岩井監督の映画はその中心にあった。
――「スワロウテイル」はあくまでサブカルですよね。興行収入は、邦画が低調だった時代に12億円を超す「メジャー級」だったとしても。
そうですね、テレビにも出ていたし、メジャー級だったけど、あくまでサブカル。90年代は雑誌カルチャーが強くて、若者文化全体がサブカル的だった。私は10代だったこともあって、雑誌がもてはやすものに従順でした。日本映画界のカルチャーアイコンは岩井監督で、その周りに感度の高い俳優たちが集まってきて、Charaがいて――。音楽やファッションがクロスしたところに映画があった。そんなカルチャーの交差点みたいなところで生まれた作品だと思います。