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デジタル時代の子育て 親として感じたこと

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秋晴れの下、ゲーム機で遊ぶ小学生たち
秋晴れの下、ゲーム機で遊ぶ小学生たち=2018年11月、東京都港区、山下知子撮影

高校3年と小学5年の男の子2人を育てている。年の差は7歳半。次男の育児が始まった2016年、最も変化を感じたことの一つが、デジタル環境だった。

乳幼児健診で保健師から、スマホ育児への注意を促す話を聞いた。その後、歩けるようになった次男と公園に行けば、ゲーム機の周りに子どもがわらわらと集まっている。え? 公園にいる意味ないじゃん!

今、幼い子を育てる30代前半の友人は「スマホは神。ソッコーで静かになる」と言う。電車内でベビーカーに乗った幼児がスマホを手にしている光景は、ぐずる子どもへの非難がましい視線を気にせざるを得ない日本では日常だ。

次男が小学校に入学した2022年、すでにスマホを持っている同級生が何人もいた。学校ではタブレット端末が配られ、日々の予定は端末で確認する。連絡帳はなくなった。漢字や計算の練習は紙のドリルもあるが、端末で問題を解く日もある。

現在住んでいる自治体は、学校配備のタブレット端末に厳しい制限をかけており、午後9時以降はアクセスすらできない。だが、他の自治体に暮らす同僚からは「制限がほぼないから、端末を家に持ち帰って動画ばかり見ている」「学校でも家でも画面、画面。近視が進む」と恨み節も。

そういえば、ソウルウィレ小の先生キム・ジンジュさんに「日本では端末を自宅に持ち帰って宿題をしている」と伝えたら、驚かれた。「学校外でも子どもはすでに長時間、画面を見ている。トータルのスクリーンタイムについて、日本ではどんな議論があるのか」

小学5年生を教えるキム・ジンジュ教諭
小学5年生を教えるキム・ジンジュ教諭=2026年3月、ソウル市立ソウルウィレ小学校、山下知子撮影

子どもの世界の中心部に存在し始めたデジタル。つきあい方に悩む一方、デジタル時代ならではのメリットも感じている。

4年前、中学2年だった長男は、英語ネイティブの人とオンラインでゲームの「マインクラフト」を楽しむ「塾」に入った。何とか意図を伝えたい、もっと英語でやり取りしたい。そんな思いが膨らんで、「土壌って何て言うんだろう?」とつぶやきながら、ネット上の和英辞典で調べていた。

2人の育児を通じて、デジタルとの向き合い方は発達段階やその子の得意な力によっても違うのだろうと感じている。しかし、どうにも不安は消えない。教育など様々な場で、日本よりもデジタル移行が進んだ国々はどうなのだろうか。社会は何を見つけ、何が問題になり、どう対応したのか。知りたいと思った。

取材で得たキーワードは「模索」だった。その子にとって、その学びにとって、何が最適かは変わる。技術も進歩する。だからこそ、社会はその都度ちょうどよいあんばい=最適解を模索し続けるし、模索するしかない。

デンマークでは、その模索をする際の軸が「子どもの幸せ」だった。日本社会は何を軸にしていくのだろう。学力なのだろうか。

UNICEF(国連児童基金)が2025年に発表した、先進国の子どものウェルビーイング調査によると、日本は36カ国中14位。精神的幸福度が思わしくなく、15~19歳の自殺率は悪化していた。

学力も大事だ。でも、人が生きていく上で「幸せ」以上の価値なんてない。究極的な「幸せ」とは何かと思考をめぐらせつつ、幸せから子どものデジタル環境を考える――。そんな視点が日本にもっとあっていいと思う。