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一つひとつの名前と向き合う 「キラキラネーム」という思い込みを考える

World Now 更新日: 公開日:
子供の命名のイメージ写真
写真はイメージです=gettyimages

名前の特集の取材を始める、とクロアチア出身の妻に話した。返ってきた言葉に驚いた。そうだったのか。思い込みを排し、固定観念を取り払おう。企画の輪郭が見えた瞬間だった。

「本当は田島という姓にしたかった」

名前の取材をすると話したとき、妻から言われた。クロアチア出身の妻と結婚したのは8年前。結婚しても外国人は日本の戸籍に入れない。私か妻のどちらかが改名するなどしない限り、夫婦別姓となる。

そういうものだと分かっていたし、その方がよいと思っていた。ヨーロッパは夫婦別姓が当たり前。しかも妻は研究者として、いくつも論文を書いている。自分の姓へのこだわりがあるはずだ――。

思い込みだった。見た目からいつでも外国人扱いされる日本では、私と同じ姓の方が生きやすい。そう言われた。1歳半になる子どもと同じ姓がよい、とも。そもそもクロアチアでは夫婦同姓も多いようだった。

日本では今、選択的夫婦別姓の議論が再び盛り上がる。でも、議論にすら加われない人もいる。しかも身近にいた。そして、選べるなら、同姓を選びたいという。自分の視野の狭さと思い込みが情けなかった。固定観念を一度取り払い、名前について考えてみたい。取材方針が固まった。

日本の姓がいかに多様かを実感する印鑑売り場のイメージ写真
写真はイメージです=gettyimages

日本の名前は可能性に満ちている

名前とはこういうものだ、という思い込みがよく表れている「キラキラネーム」という言葉について、最後に考えたい。

「まず、否定的な響きがありませんか? 私はキラキラネームという用語はよくないと考えます」。そう話すのは、早稲田大教授の笹原宏之さん(59)。漢字学が専門で、命名文化にも詳しい。『氏名の史実・現実』(恒春閣)を刊行したばかりだ。「自分の常識や感覚の枠内で『名前らしいもの』を決めて、枠外の名前を否定的に見ているのだと思います」

日本の名前は可能性に満ちているという。姓はざっと20万種ある。同じ漢字圏の中国では1万もない。下の名前については、漢字であれば2999字に限られている。ただ、名前を登録する戸籍には、ふりがなを記入する必要はなかったため、多様な読み方が事実上、容認されてきた。また、「名乗り訓」も人名の幅を広げてきた。「知」や「朝」を「とも」と読ませるような人名特有の読み方だ。名前の可能性は限りなく、私たちの常識を軽々と超えていく。「名前らしいもの」など、本来、決められないのだろう。

早稲田大学の笹原宏之教授
早稲田大学の笹原宏之教授=2025年4月21日、東京・新宿区の早大、田島知樹撮影

笹原さんは法務省の法制審議会のメンバーとして、戸籍法改正の議論に加わった。改正の結果、2025年5月26日から、戸籍の氏名にふりがなも登録することになった。読み方は「一般に認められているものでなければならない」とされた。今後は命名の自由が制限されるのでは、という懸念もある。

しかし、笹原さんはさほど心配していない。研究の一環で800万人分の人名サンプルを調べているが、驚きの連続だという。例えば「翔」という漢字。「愛翔」(あい・か)や「一翔(かず・は)」など様々に読まれており、50音で「ぬ」以外全ての読み方があったという。日本の命名文化がいかに多様性に富み、しなやかに新しい名を生み出し続けているかに改めて気づいた。この傾向は今後も続いていくし、「一般」的でないと安易に線引きして制限できるものではない。笹原さんはそう考えている。

今回、様々な人に話を聞き、歴史を振り返って分かったのは、シンプルなことだった。名前に愛着や誇りを持っている人もいれば、全く異なる価値観で名前を考えている人もいる。場所や時代によっても、名前には様々な意味が込められる。名前の世界は多様で実に奥深いということだ。

だから私はこう思うようにしたい。一つひとつの名前と向き合う。でも、分かったつもりになってはいけない。そして名前の持ち主や、名づけた人たちの表情を想像する。名前という問いには、人それぞれの答えがあるのだから。