■大衆から個人へ 1世紀以上の歴史
私たちが見ている動画には、130年ほどの歴史がある。
最初は映画だった。19世紀末に米国でエジソンがキネトスコープ、フランスでリュミエール兄弟がシネマトグラフを開発した。
前者が箱の中をのぞき込んで見るタイプ、後者がスクリーンに投影して見るタイプの観賞装置。前者は箱を1人でしかのぞけず、撮影装置が大型で移動が困難だった。一方、後者は一度に大勢で観賞でき、装置が映写も撮影もできて運搬も容易で、次第に世界中に普及した。フィルムの複製が可能なことから、出版物やラジオなどとともに、マスメディアの一翼を担った。ニュース映画も上映され、戦時には各国が戦意高揚のプロパガンダ映画を盛んに作った。
続いて現れたのがテレビ放送だ。日本では1926年、浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)の助教授だった高柳健次郎が世界で初めてブラウン管受像に成功した。日本では戦後、放送がスタートし、60年にはカラー放送が始まった。プロレスラー力道山の試合が始まると大衆が街頭テレビに群がって見たように、視聴者が同じ時間に同じコンテンツを見るのがテレビ視聴の特徴だ。その後は地上波に衛星放送が加わり、アナログからデジタルに発展していった。
日本では昨年、4K8K衛星放送が始まった。高画質化の到達点とも言われるが、ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツTV事業本部の小倉敏之(59)は「コンテンツをどう楽しむかというところに進化の軸をもっていかなければならない」と語る。
テレビ放送が主流だった動画の世界を根本的に変えたのが、インターネットの登場だ。iPhoneに代表されるスマートフォンなどの機器の性能や通信速度の向上で、人々が動画を見る時間は急速に増えている。英ゼニスメディアによると、ネット動画の視聴時間は過去5年間で年平均約3割増えた。
米国や韓国では今年、次世代の高速移動通信方式「5G」が始まり、日本でも来年始まる。通信速度が4Gの最大100倍ほどになる。5Gが本格的に広がれば、動画の世界をさらに後押ししそうだ。
世界中で拡大しているのが、ネットを通じた動画配信サービスだ。放送時間に縛られることなく、テレビやパソコン、タブレットを用い、ストリーミングなどで場所を選ばず見たいコンテンツを観賞できる。スマホで簡単に動画を撮影し、ユーチューブといった投稿サイトに即投稿。誰でも「送り手」になれる時代にもなった。
テレビ側も放送にネットを一層活用しようと躍起だ。
NHK放送技術研究所(東京都世田谷区)では、テレビ放送の映像や音声と、ネット配信の3次元実写AR(拡張現実)を高精度に同期させる技術を開発中。タブレット端末をかざしてテレビの映像を見ると、端末の画面上では、番組の演者が実際にテレビの前にいるかのように見える疑似体験をしながら視聴を楽しめる。
■なぜ人を魅了するのか
脳科学分野で国内有数の研究拠点である情報通信研究機構(NICT)脳情報通信融合研究センター(CiNet、大阪府吹田市)。主任研究員の西本伸志(41)は、目や耳から入ってくる情報に脳がどう反応するか研究している。刺激を受けた脳内の活動を「暗号化された脳のことば」と呼び、これらを解読することで、逆に人が見たり思い浮かべたりした映像を脳内の活動から推定する研究も進めている。
脳は、静止画を見ている時より、音声と映像がセットになった動画を見ている時の方が、広い領域が活発に活動する。処理する情報の量が多いためだ。また「何も起こらない」日常の風景を眺めているより、物語性のある映画を見ている時の方が、広い領域で多くの人に共通した活動が見られるようになる。
つい睡眠を削ってドラマを「まとめ視聴」してしまうのはなぜなのか。西本は「動画コンテンツは一般的に、没入感が高く、登場人物への共感といった認知機能に作用して、続きが気になるように作られているからかもしれない」という。
その一方で、コマーシャルなどの短い動画なら、最後まで見続けるか、途中でやめるかは、脳内活動を利用して学習を行った人工知能(AI)を使うと、一定の精度で予測できるという。
興味深いことに、テレビやコマーシャル業界でよく使われる、年齢層や男女の別は、人の行動を予測するのに「最適な分類ではなさそうだ」と西本は考え始めている。脳活動を被験者ごとに調べると、趣味や学歴など特定の経験や社会経済的背景によっても反応が違ってくるためだ。
「その人の普段の生活や欲求に近づいた方が、その人の知覚や行動の予測に役立つ」と西本。動画投稿サイト「ユーチューブ」の人気チャンネルは、特定の傾向を持つ集団を引き寄せた結果といえるのかもしれない。(大室一也、渡辺志帆)