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AI浸透の韓国、体育にも 個人情報の収集・蓄積に懸念

World Now 更新日: 公開日:
ソウルの小学校のAI体育教室。床に映し出されたゲームで体を動かす先生ら
ソウルの小学校のAI体育教室。床に映し出されたゲームで体を動かす先生ら=2026年3月、ソウル市立ソウルウィレ小学校、山下知子撮影

ソウル市立ソウルウィレ小学校。校舎の一角に「AI体育教室」はある。中にはセンサー付きの運動器具がずらり。懸垂バーに挑戦すると、回数やかかった時間を数えてくれる。床に映し出された電卓を足で踏んで掛け算をするゲームや「モグラたたき」も、かかった時間や正答率、退治できた数などのデータが積み上がっていく。

心拍数などを測るスマートウォッチも常備している。担当の男性教諭は「各児童の状態の把握が、根拠を持ってできる。データが蓄積していけば、どういう運動がその子に必要か、カスタマイズした提案ができる」。4月中旬に保護者の同意などを得て、これから本格的にデータを集めていくという。

AI体育教室のスマートウォッチ。心拍数測定などに使われる
AI体育教室のスマートウォッチ。心拍数測定などに使われる=2026年3月、ソウル市立ソウルウィレ小学校、山下知子撮影

AIを使った教育は韓国で広がる。

ソウルの小学校5年生の授業風景
ソウルの小学校5年生の授業風景=2026年3月、ソウル市立ソウルウィレ小学校、山下知子撮影

ソウル市教育庁は今年度、プラットフォーム「SENスクール」(SENはSeoul Education Networkの略)を本格的に運用する。AIを搭載しており、「誤答をもとに新しい問題を出す」「質問にAIが回答」「英語の発音をチェック」などの機能がある。ソウル市では小学3年生以上が各自1台のタブレット端末を持つ。

ソウルウィレ小のキム・ジンジュ教諭は「データをもとに一人ひとりにあった課題を出すなど、各児童に先生が一人つくような教育が実現できる」と言う。

ソウル市立ソウルウィレ小学校のキム・ジンジュ教諭
ソウル市立ソウルウィレ小学校のキム・ジンジュ教諭=2026年3月、ソウル、山下知子撮影

それなら在宅授業にもできそうだが、学校に来る意味とは何なのか? キム教諭は「デジタル機器が媒介し、人前で話すことが苦手な子も授業に参加できる。クラスメートのアイデアを共有し、協力して問題解決策を探ることができる」と言う。

教科書にもAI搭載したが

2025年3月から始まった昨年度、韓国政府は小中高校で「AIデジタル教科書」の導入も試みた。しかし、使用は広がらなかったばかりか、導入への批判と政権交代が重なって、5カ月後の8月には「教育資料」に格下げされた。

どのような「教科書」だったのだろう。

英語で導入したというソウル市立ソンレ中学校で、アン・ヨンウォン教諭がデモ画面を見せてくれた。表示された本文を読み上げる機能や、問題を出して「誤答を分析して次の問いを出す」機能がついている。

韓国の「AIデジタル教科書」の教師用デモ画面
韓国の「AIデジタル教科書」の教師用デモ画面=2026年3月、ソウル市立ソンレ中学校、山下知子撮影

「Let's write(書いてみよう)」のページでは、生徒が書いた英文の文法やスペリングの間違いをAIが指摘する。マイクのアイコンを押せば、音声入力もでき、「こういう表現をしてみたら」とAIが文字や音声で提案してくれる。

やり取りは教員にも共有され、アン教諭は「生徒のレベルの把握がしやすくなった」と言う。ただ、パスワードの管理はクラス担任しかできず、教科ごとに教員が替わる中学校では煩雑さもあった。教科書であれば無償だが、教育資料になると英語だけで生徒1人あたり年10万ウォン(約1万1000円)かかる。昨年度の1学期だけで使うのをやめた。

ソウル市立ソンレ中学校のアン・ヨンウォン教諭
ソウル市立ソンレ中学校のアン・ヨンウォン教諭=2026年3月、ソウル、山下知子撮影

AIデジタル教科書の導入までがあまりに急だったため、教員からは戸惑いと反対の声が上がった。保護者からも「画面を見ている時間が増える」との批判が出て、2024年夏には5万筆の反対署名が集まった。

憲法違反だとの指摘もある。韓国国会調査処のキム・ボムジュ調査官は「憲法上、教育に関する基本事項は法律で決める。教科書にAIデジタル教科書を含むかは国会での丁寧な議論が必要だ」とする。

韓国国会立法処のキム・ボムジュ調査官
韓国国会立法処のキム・ボムジュ調査官=2026年4月、ソウル、山下知子撮影

そのデータは誰のもの?

メディア教育の専門家、京仁教育大のチョン・ヒョンソン教授は、教育分野でのAI利用に疑問を持ってきた。一番の懸念点は、蓄積されていくデータの取り扱いだ。

データ提供に同意しなかった子の学習権は保障されるのか。後からデータ提供を撤回することは可能か。公立学校で集めた情報を民間企業が保有することの問題は――。「学習の進度や集中度合い、運動能力のデータは究極の個人情報。住民登録番号でさえ流出している社会で、本当に守られるのか。その丁寧な説明と議論がない。学校は徹底的に安全な存在であるべきだ」

韓国の京仁教育大のチョン・ヒョンソン教授
韓国の京仁教育大のチョン・ヒョンソン教授=2026年4月、韓国・安養市、山下知子撮影

その上でこうも語る。「休み時間に友達とドッジボールをしたり、消しゴムなど文具を使った即席のゲームで遊んだりすることからも、子どもは多くのことを学ぶ。データ化されない学びがあることを、この社会が忘れてしまう懸念もある」