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デジタルの先駆者デンマークが探る学びの形 二者択一でなくバランス追求

World Now 更新日: 公開日:
プリントで「赤ずきんちゃん」を読む、デンマーク・ロスキレ市の小中学校の小学1年生
プリントで「赤ずきんちゃん」を読む、デンマーク・ロスキレ市の小中学校の小学1年生=2026年3月、デンマーク・ロスキレ市のクロスタマーク小中学校、山下知子撮影

デンマークの古都ロスキレの市立クロスタマーク小中学校。小学1年生の国語の授業では、先生が読みあげる声を聞きながら、子どもたちが「赤ずきんちゃん」を黙読していた。手元にあるのは、先生が用意したプリントだ。

2年ほど前まで、1年生も各自1台のタブレット端末を持っていた。現在では端末を使うのは4年生~9年生(中学3年に相当)のみ。2017年から教壇に立つエレン・スクット・イェンセン教諭は「一時期は、すべてデジタルでやるという流れだった。今は子どもの発達段階や授業目的で違う」。

「赤ずきんちゃん」の授業の目的は「文章の読解」。その狙いに照らすと「デジタル端末よりも紙がいい」と判断した。「端末は不具合があったり、間違ったところを押して、うまくページがめくれなかったりする。この年齢の子どもには、紙の方が授業の目的を達成しやすい」

小学1年生の授業で使う「赤ずきんちゃん」の読み物
小学1年生の授業で使う「赤ずきんちゃん」の読み物=2026年3月、デンマーク・ロスキレ市のクロスタマーク小中学校、山下知子撮影

一方で、こうも言う。「デジタル技術を否定しているわけではない」。例えば、グラフから何を読み取るのかを考える高学年の授業では、グラフを描くことよりも、その先の議論の方が大事になる。「であれば、グラフはExcelなどのソフトで作ってしまえばいい。要は『何のための学びか』なのだ」

国語の「赤ずきんちゃん」の授業で手を挙げる小学1年生
国語の「赤ずきんちゃん」の授業で手を挙げる小学1年生=2026年3月、デンマーク・ロスキレ市のクロスタマーク小中学校、山下知子撮影

デジタル一辺倒の時代も

デンマーク政府は1990年代から教育分野へのデジタル技術導入を積極的に進め、「デジタル教育のパイオニア」とも評された。グローバリゼーションが進む中、農業国から知識経済社会への転換に未来を見いだし、デジタル技術を使いこなして変革を起こせる人の育成を目指した。教員養成を行う専門職大学のイェンス・ピエトラス准教授は「2000年代まではデジタル楽観主義の時代だった。最先端技術を使っている先生が素晴らしいという価値観が教育現場にあった」と言う。

デンマークの教育とデジタルについて語るイェンス・ピエトラス准教授
デンマークの教育とデジタルについて語るイェンス・ピエトラス准教授=2026年3月、デンマークのロスキレ市、山下知子撮影

流れにブレーキをかけたのが、OECD(経済協力開発機構)による学習到達度調査「PISA」の成績が思ったほど伸びなかった点や、学校外でのスクリーンタイム(端末利用時間)増加による、デジタル技術への保護者の否定的な反応だ。加えて「最も大きな要因」に、ピエトラス准教授は「子どもの幸せ」を挙げた。

デンマーク政府が毎年、児童生徒を対象に実施している幸福度調査がある。分かるという自信や満足感を示す「学習面での幸福度」では、5段階の最上位だった子は2024年度で23%しかおらず、10年で約10ポイント減った。逆に「学びへの支援とやる気の向上」の項目では、退屈・意欲がわかないなど最低ランクにあたる子どもが、2015年度の5%から、2023年度には10%と倍増していた。

教材セット「ストップモーション」。組み立てて小さなステージを作り、動画を撮影する
教材セット「ストップモーション」。組み立てて小さなステージを作り、動画を撮影する=2026年3月、デンマークの教材センター「CFU」、山下知子撮影

高等教育・科学省の管轄下にあり、学校に様々な教材を貸し出す教材センター「CFU」のリーネ・マクセンさんも、近年の変化の理由に「幸福度調査」を挙げる。「子どもたちに聞くと、個別最適化された学習で孤独感を抱いていた。先生や友達ともっと関わり合う学校生活が求められていた」

CFUによると、子どもたちが一緒に手を動かしながら何かを作り出していく「実践教材」がここ数年の人気だという。例えば木製パーツを組み立てて撮影用の小さなステージを作り、カメラを回して動画を撮る「ストップモーション」。小説を読み、その世界を動画で表現する授業などで使われる。

空港での仕事について学ぶ教材セット
空港での仕事について学ぶ教材セット=2026年3月、デンマークの教材センター「CFU」、山下知子撮影

小学校低学年では、紙の教材の比率が上がってきている。とはいえ、「紙への回帰ではなく、デジタルと紙のそれぞれのよさをどう生かすかという模索の結果だ」とマクセンさんは話す。デジタル、紙、そして実践教材。「一度はデジタルに振り切った経験があるからこそ、リアルな関係性や、手を使って何かを作り出すことの価値をデンマーク社会は確認できた」のだと言う。

デンマークの教育に詳しい新潟医療福祉大の佐藤裕紀講師は言う。「北欧諸国は『実験国家』。とりあえずやってみよう、やってみて検証した上でうまくいかなければ引き返そう、という柔らかさがある。うまくいかなかったことは失敗ではない。そうした精神性を、日本は見習ってもいい」

一様な押しつけはしない

デンマークの学校では、3Dプリンターなどを備えた「メカスペース」が増えている
デンマークの学校では、3Dプリンターなどを備えた「メカスペース」が増えている=2026年3月、デンマーク・ロラン市のホイビュー小中学校、山下知子撮影

デンマーク南部、ロラン市の市立ホイビュー小中学校のオーレ・フレデリクセン校長は「大事な点は、学ぶスタイルは子どもによって違う、ということだ」と言う。紙の本で学びたい子、音声で学ぶことが合っている子、動画が向く子……。一様な学び方を押しつけるのではなく、デジタル技術を含めた多様な学び方を提示する。

9年生のクリスチャン・プエロップさんは「紙に書いて勉強するとよく理解できている気がする」と言う。一方、特に数学で対話型AIを使うと、思いもしなかった解法を教わることができ、理解が深まるとも実感している。「AIは自分を怠け者にするような気もするけれど……。紙かデジタルかではなく、学びやすい方法、自分が分かるやり方を、否定されたくない」

生徒の作品。3Dプリンターなどを備えた学校の「メカスペース」で作った
生徒の作品。3Dプリンターなどを備えた学校の「メカスペース」で作った=2026年3月、デンマーク・ロラン市のホイビュー小中学校、山下知子撮影

前出のピエトラス准教授は「教育へのデジタル導入が進んだスウェーデンやフィンランドも、デンマークと同じように悩んでいる」と言う。「これからデジタル導入を本格化していくドイツや日本でも、いずれデンマークと同じ模索が始まると思う」