「あなたの人種は?」 アメリカの国勢調査は複雑 「人種」「民族」の組み合わせで回答も
現在、米国に駐在する筆者もどう回答しようか迷うと言います。
時代とともに変遷し、時には矛盾もはらむ「分ける理由」を考えました。
「回答者の人種は何ですか」
米国で10年ごとに行われる国勢調査で、性別や年齢とともに聞かれる質問だ。しかし、答えるのは単純ではない。2020年の回答用紙では「人種」の選択肢として「白人」「黒人」「中国人」「日本人」「その他アジア系」などが並んでおり、「肌の色」と「出身国」が混在している。
個人的にも悩む。私の父親は「日本人」、母親は米国生まれの「白人」だ。「自認」で答えることになっており、複数の回答を選択することもできる。日常生活では「白人」を自認しているわけではないが、「日本人」だけを選ぶことも違和感が残る。しかも、母の祖父方の先祖は数百年前に英国から米国へと渡ったのに対し、祖母の両親は130年ほど前に東欧から移民をした。出身地も、文化も言語も異なるのに、同じ「白人」でくくっていいのだろうか。
さらに調査を複雑にしているのは、「ヒスパニック(スペイン語圏出身)か否か」という質問があることだ。ヒスパニックは「Race(人種)」ではなく、「Ethnicity(民族)」ということが理由で質問が分かれているが、わかりにくい。
ただ、次回の国勢調査から、この質問の構成は変わる予定だ。
ヒスパニック系の政治団体「NALEO」の理事長を長く務めたアルトゥロ・バルガスさんは2020年の国勢調査で、人種については「その他」を選択した。「メキシコ系アメリカ人を自認しており、白人だとは思っていない」と説明する。他の選択肢もあてはまらず、やむなく「その他」となった。
同じような判断をする人は増えている。2020年の国勢調査では約6200万人が「ヒスパニック」と区分されたが、このうち約42%の人は選択肢にあった人種にあてはまらず、「その他」となった。
「その他」がこれほど増えてしまうと、調査の目的を果たせない。そこで米政府は2024年、人種に関するデータの分類方法を変えることを決めた。新しい方法では「人種」と「民族」の質問を組み合わせ、「人種/民族」の選択肢としてヒスパニックが入る。また、これまでは「白人」に含まれていた「中東・北アフリカ(MENA)」を独立した選択肢として設ける。2030年の国勢調査からこの区分が用いられることになっている。
米政府の検討にも関与したバルガスさんは「試行の結果、回答者が自認に沿って答えられるようになり、『その他』を選ぶ人が極めて少なくなった。こうした状況を踏まえ、組み合わせた質問に賛同した」と話す。
国勢調査で集めた「人種」の情報は公民権の保障のほか、雇用の機会均等や、人種間の健康状態の違いなどを調べるためにも用いられる。「特定のコミュニティーの人数が分からなければ、差別が起きているかどうかを知る由もない」と述べるバルガスさんは、新しい質問方法に期待を込める。
一方、懸念を覚える人もいる。
ニューメキシコ大のナンシー・ロペズ教授はヒスパニックであり、黒人を自認する。社会学者として人種や差別について研究してきたロペズ教授は「人種と民族という異なる概念を一つの質問にまとめると、正しいデータが得られない」と心配する。
2000年の国勢調査から、人種は複数選ぶことが認められており、新しい質問の区分でも「ヒスパニック」と「黒人」の双方を選択することはできる。だがロペズ教授は「複数の人種の選択を認めてしまうと、その人が黒人やアジア系として、社会のなかでどのように位置づけられるかが分からなくなり、公民権の立場から意味をなさなくなる」と指摘。代わりに提案するのは、「人からどのように見られているのか」を重視する「ストリート・レース(市中の人種)」の概念だ。「人種には、見た目の要素があることを認めるべきだ」という。
新しい質問の区分によって、特に心配するのは自分と同じように「黒人であり、ヒスパニックである人たち」の実態が見えにくくなることだ。実際、ヒスパニックの白人と比べても教育水準は高い一方、収入は低く、失業率も高いという。質問の改定には「米国でまだ、人種によって左右される事態があることを直視したくない思いがあるのでは」とみる。
国勢調査で選択肢として提示されていない人種を回答する動きもある。
2020年の国勢調査で、「アルメニア系」と答えた人は50万人超いた。回答用紙にあらかじめ印刷されている選択肢ではなく、自ら書き込んだ結果だ。
アルメニア系米国人団体の幹部を務めるルーベン・カラペティアンさんによると、アルメニア系米国人の人口は名字による推定などで行われているが、十分でない。そこで国勢調査のたびに、「アルメニア系」と書き込む運動をしてきた。
「政府による医療や経済支援などは、コミュニティーのニーズによって決まることが多い。その正しい人数が分からないと、失われてしまう機会が多い」
2030年の国勢調査から設けられるMENAの選択肢の中には、レバノンやイラン、エジプト系らが具体例として示されることになった。しかし、アルメニア系の団体などが「歴史的には中東地域に住んできた」と求めたにもかかわらず、政府は選択肢に含めなかった。
ただ、州レベルの動きもある。アルメニア系が特に多く住むカリフォルニア州では今年、州の事業でMENA系の人口データの集め方を規定する法案が議会で可決され、ニューサム知事も署名して成立した。「アルメニア系」「パレスチナ系」「クルド系」など連邦レベルでは示されていない区分も列挙されている。
過去にも似たような州法案が提案されていたが、連邦とデータの集め方が異なることによる混乱への懸念もあり、成立していなかったという。カラペティアンさんは「これを機に、連邦政府への働きかけも続ける」と語る。