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ミューラル(壁画)アーティストDragon76さん 本場アメリカで開花 テーマは共存

Breakthrough 突破する力 更新日: 公開日:
完成した壁画の前に立つDragon76さん
完成した壁画の前に立つDragon76さん=2023年6月、ニューヨーク、坂本真理氏撮影

ニューヨークの街中を歩くと、ビルの外壁いっぱいに描かれた、ミューラル(壁画)に遭遇することは珍しくない。

ただ、様々な壁画の中でも、日本出身のストリートアーティスト、Dragon76さん(46)=本名・藤田智さん=の作品は目を引く。鮮やかなデザインと色使い。ディテールの細かさ。SFの世界に登場するような近未来と、伝統的な世界の融合。他の壁画にはない魅力が詰まっている。

40歳からのアメリカでの挑戦はいま、その絵のように鮮やかに開花している。

今年6月、Dragon76さんは、マンハッタンの南端にそびえる世界貿易センタービルの隣で作品を描いていた。

地上から数メートル上の場所まで描くため、時には電動式のリフトに乗って移動をしながら、スプレー缶を使って丁寧に壁を塗っていく。ネイティブアメリカンのような髪飾りをつけた女性が馬と並んだ、大きな構図には、この場に「多様な人たち」が集まる思いを込めた。

道を行く人も、次々に立ち止まってはDragon76さんに声をかける。「私もネイティブアメリカンだから、先住民のような人物が描かれていることに共感する」「日本の文化が好き。絵のタッチが素晴らしい」

今回の壁画は、この近くを管理する世界貿易センターの依頼で描いた。ただ、平面のコンクリ壁ではなく、波打つトタンのようなシャッターが素材だったため、作業時間は通常の倍以上かかった。描き上げるのに、1週間以上を要した。

スプレー缶を使って壁画を描くDragon76さん
スプレー缶を使って壁画を描くDragon76さん=2023年6月、ニューヨーク、坂本真理氏撮影

滋賀県出身。子どもの頃から、絵を描くことは好きで、「ドラゴンボール」や「ジョジョの奇妙な冒険」など、人気マンガの絵をよくコピーしていた。

一方、中学の頃はスケートボードやバンドにも没頭した。「そのころから、アメリカのストリートアートに関心を抱くようになった」と振り返る。

高校を卒業後、「とにかく都会に出たい」との思いで、大阪にある美術専門学校に進んだ。専攻の油絵にはあまり関心がもてなかったが、美術にかかわる仕事を目指す仲間に囲まれ、刺激を受けた。

卒業した後はアルバイトで生活費を稼ぎながら、バンドのライブのチラシを描いたり、ライブペインティングのイベントに参加したりした。

やがて、ミュージシャンの知り合いらが増え、CDのジャケットなどを手がけるようになる。「当時はまだCDも売れていたので、美術の仕事をすることで生活できるようになった」

横浜に移住し、専門学校で知り合った妻と一緒にデザインをしたマイホームに住むなど、安定した生活を得られた。子どもにも恵まれた。「このまま、ここで生涯を過ごすのかな」と思っていた。

安定とマイホーム、捨てて

でも、「いつかは海外で活躍をしたい」との思いがくすぶっていた。「アメリカに行きたい」。40歳が見えてきたタイミングで、妻に持ちかけた。

ソーシャルメディアが発達したことで、アメリカ発のアート情報に多く触れたことも、刺激となった。子どもの頃からのあこがれだった、ニューヨークのストリートカルチャーに触れたいという思いもあった。

家族で話し合い、挑戦することに決めた。マイホームを売り払い、2016年にニューヨークへ渡った。

同じころ、壁画にも関心を持つようになっていた。それまでも、企業の中の壁やカフェの内装に描くことはあったが、多くの人から見える外壁に絵を描くことはあまりなかった。

転機は、2015年にアメリカ発のストリートアート・フェスティバルの日本版として東京で開かれた「POW!WOW!JAPAN」に参加したことだった。

「壁画のサイズや、海外から参加したアーティストのスキルに衝撃を受けた。それまでは漠然とニューヨークのアートに参加したいと思っていたが、『これだ。ミューラルで活躍したい』と思った」

だが、夢を胸に渡ったニューヨークでは、かえって自信を喪失した。

「最初は、1年間は英語を勉強して、生活をしていけるようにしようと考えていた」と振り返る。

ところが、いざ到着すると、英語を勉強する余裕もないことに気づく。仕事を得るため、色々な場所で「絵を描かせてください」と頼むことが続いた。

壁画の制作中、立ち止まった女性と一緒に自撮りするDragon76さん
壁画の制作中、立ち止まった女性と一緒に自撮りするDragon76さん=2023年6月、ニューヨーク、坂本真理氏撮影

その一環で、フロリダ州マイアミのアートフェスティバルに出向き、チャンスを得ようとした。「しかし、壁画を描いている人たちの技術やスケールに圧倒された。自分は本当に、こんな人たちと競い合えるのか、分からなかった」

自信を取り戻すきっかけの一つになったのは、ライブペインティングを競うアートバトルに出場したことだった。

ライブペインティングは、決められた時間の内に描いた作品の出来を競う。アートバトルでは、持ち時間が15分だった。

「アメリカの人はスケールの大きい作品を作り出すが、決められた時間で完成させることはそれほど求められない。それに対し、日本では何度もライブペインティングのイベントに出ていたので、時間内に作品を作り上げることには自信があった」

見事に優勝し、アメリカでの足がかりとなった。

出世作は、NYのシンボルの近くで

その後も、「他人にないスタイル」を目指し、模索を続けた。絵のタッチやスキルも当然だが、「目にすると、一瞬で立ち止まるかっこよさ」を求めてきた。

一つの到達点だと感じたのは2018年、ニューヨークの世界貿易センターの近くに描いた壁画。ギターを肩に乗せた男性が、馬を連れて歩きながら、空を見上げる構図。男性の装飾品には日本語で「共存」、英語で「COEXIST」と書かれていた。

この「共存」こそ、Dragon76が最も大切にしているテーマだ。過去と未来、自然と人間、善と悪……。世界には、様々な要因があるなかで、共存をしていかなければならない。

Dragon76さんが、2018年にニューヨークの世界貿易センタービルの近くに描いた壁画。男性の装飾品には日本語で「共存」、英語で「COEXIST」と書いた
Dragon76さんが、2018年にニューヨークの世界貿易センタービルの近くに描いた壁画。男性の装飾品には日本語で「共存」、英語で「COEXIST」と書いた=本人提供

「単に『近未来の世界』を描くのでもなければ、『自然』に特化するわけでもない。ミックスすることによって、自分のスタイルを打ち出している」

壁画を描いている場所も意識している。「世界貿易センターであれば、色々な国から色々な人が集まっている。観光客もいれば、仕事で来ている人もいる。様々な文化をミックスし、ポジティブに見える絵を目指した」

壁画をきっかけに、世界貿易センターのビル内のスタジオ提供の申し出があり、他のアーティストと一緒に使うようになった。米国での評価も高まり、様々な依頼を受けるようになった。

最近は国連の運動に関連した作品も手がけている。ヒューストンでは、「飢餓撲滅」を訴える巨大な壁画を、ニューヨークの国連本部の近くでは、SDGsの一つである交通事故の削減をテーマに描いた。電気自動車メーカー・テスラのイベントにも招かれるなど、企業からの注目も高い。

これまで、米国で描いた壁画は40点ほど。しかし、今も残るのは半分程度という。自分のスタイルの確立につながった、世界貿易センター近くの、男性と馬の壁画も最近、建物の工事のために壊されてしまった。残念ではあるが、消えていくこともストリートアートの魅力だと思っている。

「今、この瞬間だから見ることができる。そんな作品を描くことが、すごく楽しい」
       ◇

Dragon76さんの個展「NEO-URBAN CHRONICLES」が、東京・渋谷のパルコで2023年9月7〜18日、開催されている。