「秘密計算」で切り拓くデータ安全流通の新時代 名古屋発スタートアップの挑戦
――大学在学中の2018年にAcompanyを創業しましたが、いつごろから起業に興味を持っていたのですか?
もともと、テクノロジーに興味がある子どもでした。中学生の頃には、自らウェブサービスを開発するなどIT技術への関心も深めていました。
「テクノロジーの仕組みで世の中をよくしたい」。そんな思いは漠然と抱いていたと思います。
大学在学中にフリーランスのエンジニアとして活動していたのもそんな気持ちからでしたが、次第に「スキルの切り売り」をしているように感じられてきて限界も覚えました。
いつしか、より大きな社会的インパクトを生み出すような仕事がしたい。そう考えるようになりました。
周囲では、大学院への進学や就職活動が始まっていました。正直に申し上げれば、名古屋出身ですし、トヨタ自動車など大手企業への就職を考えなかったわけではありません。
転機になったのは、大学3年の長期休みに独りで決行したヒッチハイク旅行でした。
名古屋から出発して、和歌山県を経て徳島県へ。四国をぐるりと巡った後、しまなみ海道を抜けて中国地方、山陰を3週間ほどで回りました。公園などに野宿をして、とても寒かったのを覚えています。
お金がなかったので、親切な人に「お土産を買っていきな」と支援していただくこともありました。いろいろありましたが、とにかく、とっても楽しかったんです。
そして、旅路でふと思いました。いままでは、どちらかというと、レールの上を乗ってきた人生でした。でも、いちどそこから飛び出してもいいんじゃないかって。
このまま大企業に就職して、自分のやりたいことができるだろうか。経済的にしっかり自立できたら、もっと自分の選択肢が広がるんじゃないか。それが、起業を志す一つのきっかけでした。
――「秘密計算」の技術に着目した経緯を教えてください。
大学在学中に創業したAcompanyの社名の「A(エース)」には、ナンバーワンの会社になるという意味を込めました。
当時、特に関心が強かったブロックチェーン技術を使った事業でまず可能性を探りました。試行錯誤を重ねた末、その流れで行き着いたのが、暗号化したままデータを計算可能にする「秘密計算」という技術でした。
当時まだ日本ではそれほど知られていなくて、「秘匿計算」と呼ぶ人もいました。
「データ資産」は現代社会の石油と言われるほど価値があるのは周知のことですが、実際には宝の持ち腐れになっているケースが多いんです。
原因の一つは、データを活用する際に「信頼性」と「プライバシー」が最大の壁になっていること。そこを突破するために、「秘密計算」の技術は今後ますます重要になると感じました。
2019年当時、日本でこの技術はまだ研究段階であり、NECやNTTなど大手企業は取り組んでいましたが、スタートアップとしての参入は世界的にも珍しいものでした。そこで、秘密計算の分野で勝負していこうと決意しました。
――事業モデルや技術について教えてください。
我が社のコア技術は「秘密計算プラットフォーム」です。これは端的に言えば「データを暗号化・加工したまま統計的に扱える」仕組みです。
最初は大手企業の社内データの連携をする際にブロックチェーンを使った仕組みを提案したのですが、日本の大手企業の構造はピラミッド型でデータのやり取りに私たちのソリューションは必要ないことが分かりました。
一方で、外部のパートナーとデータを連携したいけれど、生のデータはそのまま出したくないというニーズがあることが分かりました。
そこに秘密計算によるビジネスチャンスがあると気がついたんです。
「信用」を勝ち取るために、最初の1年から2年は、地道に実証実験を重ねました。自治体や大企業と一緒にプロジェクトを進め、少しずつ信頼を得ることができました。
資金ショートしそうになるなどピンチも何度もあったのですが、仲間や応援してくれる投資家の存在にも支えられ、なんとか踏ん張れたと思います。
――いまや「秘密計算」の世界市場は2025年に3.5兆円規模、2032年には50兆円へ拡大するという予測もありますが、日本発スタートアップの意味は?
結果的にラッキーだったと言えますが、この分野のスタートアップを日本で展開するのは大きな意義があると考えています。もともと日本は暗号研究にとても強い国です。NECやNTTは世界トップクラスの実績があり、優秀な人材が国内にも多くいます。
そして、独自クラウドやチップ生産能力を持ち、アメリカと並ぶ数少ない強国の一つでもあります。
データ主権と規制の面では、米国の法規制のリスクを回避でき、国際的な信頼力を背景に「安全な日本発クラウド」を展開できる可能性があります。
結果として、日本は技術・市場・規制の三つの要素で優位性を持ち、アジアや欧州連合(EU)市場への展開でも強みを発揮できると考えています。
――チームメンバーは技術者だけでなく、弁護士や大手コンサルファームの出身者など、さまざまバックグラウンドを持つ専門家が在籍しているそうですね。
スタートアップの成功には優秀な仲間を集めることが不可欠です。積極的に優秀な人材に声をかけ、説得する努力を続けてきました。たとえば技術開発は、名古屋大学で自分より優秀だと思う学生たちに片っ端から声をかけました。
そんな時、私が意識しているのが、「どこへ向かうか」ではなく、「誰を同じバスに乗せるか」です。
仲間が共通のパーパスや価値観に共感し、チームとして勝つことを目指すのが重要です。そのために、評価やフィードバックの仕組みを整え、個人の利益よりも全体最適を重視する文化を育てています。
また、「この会社が存在している世界線と存在していない世界線があったときに、明確にそこに差が生まれるような、その差を生み出してくような会社である」というのが、Acompanyの存在意義だと定義しています。その考えに共感できる人材を集めているつもりです。
――背景には、学生時代に挑戦した「家庭教師マッチングアプリ」の経験があるそうですが。
じつは、大学在学中に最初に手がけた事業は、学生向けの家庭教師マッチングサービスでした。
短期間で約500人の登録者を集めるなど一定の成功を収めたのですが、私自身が事業のスケールに小ささを感じてしまったことや、顧客ニーズのズレなどもあって、約3カ月で撤退を決断しました。
このとき一緒に頑張ってきた仲間は、この事業のビジョンに共感して集まった人たちだったので、事業をやめるのは心理的にもハードルが高かったと思います。結局、最後は全員が離れていきました。
じつは、この時期が個人的には最もつらかったかもしれません。こうした苦い経験から、仲間集めの重要性や組織の存在意義を深く再考するようになりました。
――スタートアップをめざす若い世代に伝えたいメッセージは?
「失敗を恐れず挑戦すること」が大切です。
起業は1回目から成功しようと思ったら難しい。多くは失敗しますが、その経験こそが資産となり、2回目以降の成功確率を高めるのです。
大切なのは失敗を成長の糧と捉え、次に繋げる姿勢を持つことだと思います。
そういう意味で、スタートアップW杯は大きな価値があります。優れた企業と交流できる機会になるだけでなく、日本のスタートアップが世界で十分戦えるレベルにあることを確信できる貴重な場だからです。
過去には、日本チームが世界決勝で2回優勝するなど活躍しており、国内の相対的な立ち位置を客観的に把握できる点でも意義深いと思います。