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偶然の発見から世界へ レアメタル不要の新触媒でエネルギー革新、仙台発AZUL Energy

スタートアップワールドカップ 更新日: 公開日:
スタートアップW杯東北予選で優勝した「AZUL Energy」の伊藤晃寿社長(右)=2025年8月、仙台市内、玉川透撮影

8月に仙台市内で開催された「スタートアップワールドカップ2025」東北予選を制した「AZUL Energy」(アジュールエナジー、本社・仙台市)は、希少金属(レアメタル)に頼らない革新的な触媒技術で注目を集めています。燃料電池や空気電池など次世代のエネルギーデバイスの課題解決に向け、東北大学発のスタートアップはどんな未来を描くのか。伊藤晃寿・代表取締役CEOに、起業の経緯から事業化への苦労、今後の展望を聞きました。(聞き手・玉川透)

――まず、2019年に起業した経緯について教えてください‎‎。

私自身は前職が富士フイルムで、長年にわたり東北大学材料科学高等研究所の藪浩教授(現取締役・最高科学責任者〈CSO〉)と共同研究をしていました。

そんなとき、藪教授がまったく別の分野で新しい触媒技術を発明し、その技術の事業化について相談を受けたのです。東北大では研究者が自ら会社の代表になることを認めていないため、外部に経営者を探していました。

藪教授からお話をうかがったとき、正直、悩みました。勤め先の富士フイルムとして事業化をめざすべきか、あるいは、当時増えつつあったスタートアップを立ち上げて取り組むべきか。悩んだ末、この技術が持つ大きな可能性を信じて、富士フイルムを辞めて社長としてチャレンジすることを決意しました。

――長年勤めた大企業を辞めて起業するのは勇気がいったのでは?

2018年10月頃に藪教授から相談を受けてから、わずか1、2ケ月でお返事しました。

私も東北大学工学部出身で、修士時代に電池の研究室にいたため、電池素材のイノベーションが持つ大きな可能性を理解していました。お話を聞いて1ケ月ほどの間に論文や過去の研究を徹底的に調べ、自分で納得できたので決断しました。それでも、いま振り返れば1カ月ほどで決めたのは、短かったなあと思います。

スタートアップW杯東北予選で優勝した「AZUL Energy」の伊藤晃寿社長=2025年9月、東京都内、玉川透撮影

じつは、私自身はそれほど起業に興味があったわけではありません。ただ、富士フイルム時代の最後の5年間は米国の大学と共同研究をしていました。そこでは研究者が当たり前のようにスタートアップを立ち上げ、学生たちも一緒に取り組んでいました。

そういう文化を間近に見てきたので、特別なことじゃないのだという意識はありました。一方、日本ではまだスタートアップはそれほど多くありませんでした。

他国に比べても技術自体は負けていないのに、スタートアップを生むエコシステムが日本にないことにモヤモヤも感じていました。高い技術とチャンスがあれば、日本からでも戦える。そう考えました。

また、2019年当時、東北大にはすでにBIP(ビジネス・インキュベーション・プログラム)というスタートアップの支援プログラムがあり、その後押しも大きかったと思います。

――燃料電池における触媒とはそもそも、どのような働きをするものですか?

そもそもの話をすると、次世代エネルギーとして期待されている燃料電池には、反応を効率的に進ませる「魔法の粉」として触媒が欠かせません。その原料には、白金などのレアメタル(希少金属)が使用されています。

ですが、白金は世界の年間生産量が200トンほどしかなく、その約90%が南アフリカとロシアで生産されています。もともと地政学的リスクがあるうえ、最近はウクライナ侵攻に伴うロシアへの経済制裁の影響などで、ますますリスクが高まっています。

さらに、燃料電池車には通常の排気ガス用の触媒よりも1桁多い20~数十グラムの白金が必要です。単純計算すると、世界の白金生産量をすべて使ったとしても約1000万台分の燃料電池車にしか対応できません。

それに対して、世界の自動車生産量は年間約1億台。触媒問題を解決しない限り、どんなに水素社会を実現しようと主張しても「机上の空論」に終わってしまう。エコな社会をつくるうえでも白金に代わる触媒、レアメタルを使わない触媒の開発が望まれてきたのです。

――触媒は、東北大学の研究の過程で偶然見つかったそうですね。どのように発見されたのでしょうか?

これはまさに、セレンディピティ(思いがけない発見や偶然の幸運)に当たるものなのかなと感じています。

藪研究室ではもともと、インクジェットやディスプレイなどに使用する青色顔料の研究をしていました。当時、その同じ研究室に、たまたま電池の研究にも精通しているメンバーがいたのです。そこで、色の研究で見つかった化合物を電池の方にも応用してみたらどうか、という考えに至ったのです。

スタートアップW杯東北予選で優勝したAZUL Energyの森崎景子CBO(最高事業責任者、左)と伊藤晃寿社長(右)=2025年8月22日、仙台市の東北大学百周年記念会館川内萩ホール、玉川透撮影

じつは、それまでにも触媒をレアメタルでない物質に置き換える研究はいろんなところで行われていました。藪研究室の顔料の研究で見つかった「フタロシアニン」という化合物についても、レアメタル代替触媒として研究されていることは知られていましたが、電池の研究者が化合物のライブラリー(サンプル群)のいくつかを試してみたところ、偶然にも高性能な触媒が見つかったのです。

さらに、通常なら何百、何千もの化合物を根気強くスクリーニングしてもようやくたどり着くかどうかという代物なのに、この時はたまたま、化合物のライブラリーの中から、最初の10個程度の試行で当たりを引いたのです。これも、まさにセレンディピティといえるかもしれません。

この触媒はフタロシアニン分子の中心に鉄原子を配置したもので、ヘム鉄(人間の血液中のヘモグロビンにも含まれる)と似た構造を持っています。ライブラリーには銅や亜鉛など他の金属を中心に持つ化合物もありましたが、鉄を使ったものが最も性能が良かったのです。

――開発から事業化に至る過程で最も苦労したことは何ですか?

会社を早く立ち上げた方がいいと思った理由は、その時点ですでに興味を持ってくれる企業がいたこと、そして、大学の研究室では規模に限界があったことが大きかったと思います。

大学の研究室では1グラムにも満たない量の触媒しか作れませんでしたが、企業にサンプルとして提供するには、その100倍、1000倍の量が必要でした。これには企業の力が欠かせません。

大企業では予算確保や上司の説得に時間がかかりますが、スタートアップであれば資金さえあれば意思決定が早くできます。まずはスケールアップして量産体制を整え、顧客に試してもらうことが重要なポイントでした。

スタートアップW杯東北予選で優勝した「AZUL Energy」の伊藤晃寿社長(右)と森崎景子CBO(最高事業責任者)=2025年9月、東京都内、玉川透撮影

――会社立ち上げから6年、現状と課題は?

現在は50社以上の企業と取引があり、量産体制も整ってきました。現在の課題は、顧客側での実証フェーズです。製品への組み込みは、小型電池では性能検証ができていますが、大型蓄電池などでは実証に時間がかかっています。 

ウェアラブルデバイス向けの小型電池は1、2年以内に届けられる見込みです。大型蓄電池は2030年頃の実用化を目指しています。

――「空気電池」への応用も検討しているそうですね。そもそも空気電池とはどのようなものでしょうか?

空気電池はリチウムイオン電池の次世代電池として期待されているもので、燃料電池の仲間です。水素と酸素が反応する燃料電池と違い、金属(亜鉛、マグネシウム、アルミニウム、リチウムなど)と空気中の酸素が反応して電気を生み出します。正式には「金属空気電池」と呼ばれます。リチウムイオン電池よりもエネルギー密度が高いのが特徴です。 

高容量で小型化でき、長時間放電ができるため、補聴器などウェアラブルデバイス向けや、ドローン用の軽量で航空時間を延ばす次世代電池に使えるのではないかと期待されています。我が社では、ドローンの飛行時間を現在の15~20分から1時間近くまで延長できる空気電池の開発を進めています。

――課題は何ですか?

空気電池はリチウムイオン電池に比べるとまだマイナーな電池で、研究を行う企業や研究機関が少ない状況です。その理由は、空気電池は充電が技術的に難しいことにあります。

現在使われているものは充電できない一次電池(使い切り)がほとんどです。例えば補聴器の電池として広く使われていますが、充電式ではありません。充電可能な二次電池として開発するには、サイズが大きくなってしまうという課題があります。

電池の性能を上げるには、白金などの触媒が必要ですが、そこでもAZUL触媒が大いに役立つと期待しています。これまでは高価な白金を使うため開発に尻込みしていた企業も、安価なAZUL触媒を使えば、より大胆に開発や事業展開に踏み出すことができます。

また、これからAI(人工知能)の普及が進むことで、AIに特化したデータ処理を行う「AIデータセンター」の電力需要が爆発的に増加するといわれています。このため将来、安くて、大型の空気電池の需要が高まるとみられていて、そこでも我々の技術が力を発揮すると考えています。

現在、空気電池を手がけている企業の多くは、北米系のスタートアップです。米国では1000億円以上の資金調達をしてチャレンジをしている会社もいますし、欧州やカナダの企業も頑張っています。

そういった所に触媒を供給して、性能を高めることに貢献できればと考えています。日本では、シャープがフロー型亜鉛空気電池の開発を行っていることを発表しています。

スタートアップW杯東北予選で優勝したAZUL Energyの森崎景子CBO(左)と主催者のアニス・ウッザマン氏=2025年8月22日、仙台市の東北大学百周年記念会館川内萩ホール、玉川透撮影

――チームは多彩なバックグラウンドを持つメンバーで構成されているそうですが、優秀な人材を集めるのに苦労した点は?

創設メンバーは3人でしたが、現在は役員と従業員を合わせて14人います。 

日本ではスタートアップはまだ特殊な仕事と見られているため、仲間を集めるのは苦労しています。個人のコネクションや人材紹介会社を活用しています。 

例えば、今回のスタートアップW杯東北予選でプレゼンを務めた森崎景子CBO(最高事業責任者)は1年半前くらいに声をかけ、脱炭素系の人材紹介プラットフォームを通じて入社しました。

――大学発のスタートアップとして、重要なポイントやコツはありますか?

日本には大学や大企業の中に眠っている技術がたくさんあります。しかし、しがらみの中でなかなか世に出せないことが多く、それを実現するためにはスタートアップという仕組みが必要です。

思いのある人にとっては、大企業で守られた立場よりもチャレンジしやすい環境があり、それは6年前より整ってきていると感じています。

そういう意味で、スタートアップW杯は、ディープテック企業の価値を伝える貴重な機会として、とても素晴らしいプラットフォームだと思います。