投資するのは「エンジニア起業家」 未来のイノベーションの火、絶やさないと決意

独立系ベンチャーキャピタル(VC)の「MIRAISE(ミレイズ)」を率いる岩田真一さん(52)はエンジニアと、海外で起業する日本人起業家を重視した投資をしている。ここまで長い道のりだった。
大学の理工学部を卒業し日系の医療機器メーカーに就職したが、つまらなくて五月病になった。「誰を知っているかどうかで仕事の優劣が決まる。そこで能力をつけられると思えなかった」と振り返る。さらに本社では昼食時に30分おきにベルが鳴り、順番に社員食堂に行く。「お昼ぐらい自由に食べさせてくれよって、たまらなく嫌だった」
5月の連休中に大学の同期に片っ端から電話をかけた。1人だけ「めっちゃ楽しいよ」と声を弾ませたのが、外資系ソフトウェア企業のロータスに勤めていた友人だった。求人誌を買ったら、たまたま同社が人材を募集。受けて採用された。同社では新人でも早めに出社して机を拭く必要はない。パソコンの不具合を直そうとしたら、「君の仕事はそれではない」と言われ、もちろん昼食だって自由だ。「プロフェッショナリズムを求められるのが心地よかった」
エンジニアとしてプログラミングを担当して楽しかった。しかし、基本的に本社が決めた仕様を日本語化する仕事だった。ならば、いちから自分で製品を作ろう、とマイクロソフトに転職。やりがいはあったものの元上司に誘われ、今度はグループソフトウェアの開発をするアリエル・ネットワークの創業に参加した。
ところが、ここで大きな挫折を味わう。開発した製品の質は悪くないのに売れなかったのだ。「製品の良さをお客さんにきちんと伝える努力が足りなかった。技術力といかに売るか、今なら両方が必要だとわかる」。大手企業に売却できたが、「簿価の半分くらい。全然成功ではなかった」と言う。
その後、ネット通話の先駆けとして爆発的に成長していたスカイプに声をかけられる。「成功のカギは何なのか、自分が失敗したから検証してみたかった」と入社した動機を語る。
日本で急激に利用者を増やすスカイプの進出をめぐり、総務省や大手電話会社は大騒動。対応を担当し、総務省や電話会社に連日呼び出された。「電気通信事業者の免許を取れ」「取りません」。そんなやりとりが続いたが、データ定額制サービスが出てきたら、呼び出しはなくなった。
スカイプの創業者ニクラス・ゼンストロームさんは「電話業界をつぶしたいのか?」と問われると、「スキー場の経営者にとって春が来るのは嫌でしょう。でも春は必ず来ます」と答えていたと岩田さんは言う。「春の訪れとはスタートアップのこと。春は良い季節であり、社会を良くしたいということ。既存のビジネスが成長してインフラ化すると、独占してイノベーションが起こらなくなる。スタートアップが技術力で新たなやり方を持ち込み、大企業にイノベーションをもたらす。私たちはスタートアップの役割を果たしたと思いました」
目標だった「検証」ができ、マネジメントも学んだ。経験を生かして次は自分で起業してみたいと考えていたら、ゼンストロームさんがVC「ATOMICO」を始めていて、誘われた。「投資家からの資金調達の仕方を学べる」と参加を決めた。
そこでは投資先企業が日本に進出する際に文化の違いを助言した。「日本の組織って肩書が偉そうでも閑職の人とかいるじゃないですか。どの人に着目すればいいかなどを見極めてインフォーマルな情報を提供するのが自分の役割」だったと話す。
面白かったし利益も上げたが、「VCからすると、起業家ってキラキラしてて楽しそうなんですよ。うらやましい」。辞意を伝えると、ゼンストロームさんに呼び出された。「自分は成功したことがない。起業したい」「君はスカイプの成功の一部だ。年齢を考えろ。一つ起業してもそれだけで終わる。VCならば多くの若い起業家を育てられる」。なるほど、と納得した。ゼンストロームさんは引き留めようとしてかけた言葉だったが、これをきっかけに日本発のVCを作ることに決めた。
創業者が信じて、つくろうとしている未来。それは失敗するかもしれない。でも、リスクを取った者だけが世の中を変える——。「起きるか起きないかわからないイノベーションの火を消したくない。銀行が貸さないようなリスクマネーを提供する」と決めた。
理念あるVCになろうと二つの原則を設けた。一つはエンジニア起業家の育成だ。「ソニーもホンダもエンジニアが創業した。今はエンジニアの創業者が少なくなり、政治家にもVCにもエンジニア出身者が少なく文系ばかり。だったら自分がやるしかない」。もう一つは、海外で勝負する日本人を応援すること。「シンガポールに行くとミャンマーのニュースは流れても日本のニュースは流れない。日本って眼中に入っていない。そんな中でがんばる日本人にロールモデルになってもらいたい」。逆に、海外で起業した外国人の日本への進出も後押しする。
「クロスボーダーを図っていきたい」とミレイズを創業。「未来」と「育てる」などを意味する「raise(レイズ)」をかけた。とはいえ投資資金の確保は予想以上に苦労した。「経験者の自分なら一声かければ10億円集まるかなって思っていたけれど甘かった」
なかなか資金が調達できず、1号ファンドを立ち上げるための営業は1年半で四百数十回に上った。どうすれば響くのか考え続け「エンジニア気質が抜けず、自分が良いと思うものなら売れると思っていた。相手が何に関心があるのかを考えるべきだった」と分析。1号ファンドは、アバターを用いたオンライン上のコミュニケーションを提供するoViceなど三十数社に投資。現在は2号ファンドを運用中だ。
アイスブレークには自分の失敗談をよくする。「実はこれができる人って多くない。格好つけちゃうんですよね。でも、自分に自信があれば失敗談も言える。相手がそれを受け入れるかどうか、見極めるフィルターにもなる」。というのもVCの要諦(ようてい)は「人(起業家)を見ること」だからという。
スカイプ時代の同僚のエストニア人で、今はVCを運営するステン・タムキビさん(47)は「特に初期段階のVCは数字の分析や理論的な知識より潜在能力を予測する力が求められる」と話す。ATOMICO時代に投資を受けたスマートニュースの元執行役員で投資家の川崎裕一さん(48)も、「成功するかわからないのにお金を出すって、ある意味、狂気の沙汰。だから人を見極める能力は研ぎ澄まされるんです」。
ミレイズの投資先でオランダが拠点のブロックチェーン事業の開発会社、エルソウルラボの共同創業者、川崎文武さん(39)は岩田さんについて「技術への理解度が比べものにならない」とし、「VCには、自分たちに礼儀正しくすれば資金を出してあげる、という態度の人も多い。でも岩田さんはこちらの技術力や製品を見てくれる」。
成功する起業家とは、と岩田さんに問うと「不確定な未来や、セレンディピティー(偶然や予想外の幸運)を信じられるかどうか。行動力より行動量。仮説をたてて失敗を重ねて検証する。これをいかに早くやるか」と返ってきた。挫折しながらリスクを取り、立ち上がってきた自らを振り返る言葉でもある。