激変したラトビア国民の意識、18年ぶりに徴兵制再開 ウクライナは「他人事じゃない」

2月、零下の首都リガを訪ねた。いたるところでウクライナ国旗が目に入る。
長くロシア帝国の支配下にあったラトビアは1918年の独立後、1940年から1991年まで旧ソ連に併合された。国境地域を中心に多数のロシア系住民を抱える一方で、ロシアへの警戒心は強く、ウクライナ侵攻は決して「人ごと」ではない。ウクライナへの二国間支援の国内総生産(GDP)比は1.53%(約5.7億ユーロ)で、エストニア、デンマーク、リトアニアに続く4位だ(2022~2024年、キール世界経済研究所)。
とはいえ、これまで徴兵制のない社会で育った若い世代は、新たな義務をどう捉えているのか。雪がちらつく中、昼休み中の地元の中高生らでにぎわう旧市街のファストフード店で、話を聞いた。
少し上の世代にはなかった義務を負うことになって不公平だとは思わない? 級友5人で昼食をとっていた男子高校生のヒューゴさん(16)は「ロシアの脅威があるから、徴兵制は必要だ」。2年後、18歳になったらどうするのかと尋ねると、「志願者が多いから実際に徴兵される人数は少ない。志願した方が倍の報酬をもらえるから、状況によっては志願しても良いと思ってる」とエルネストさん(16)。ヴィエスルスさん(16)は「抽選で選ばれなかったら、志願はしないで進学すると思う。でも徴兵されても問題ない」と話した。
ラトビアが徴兵制から志願制に移行したのは2007年。2004年には北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、より専門的な職業軍人による防衛政策が基本となった。「ロシアともいつかパートナーになれる、NATO加盟もあり得るかもしれない、と考えていた時期があった。しかし、完全に間違っていた」。国防省で徴兵を担当する部門のディレクター、クリステルス・グラウゼさん(32)はそう振り返る。
2023年4月の法改正で、18~27歳の国民を対象とする徴兵制を再導入。女性も志願できる。志願者で定員に達しなかった場合、18〜24歳の男性から抽選で招集する仕組みだ。兵役は11カ月間で、志願兵には月600ユーロ(約10万円)、徴集兵には月300ユーロが、さらに任期満了で1100ユーロが支払われる。
2024年1月には初の抽選が行われ、インターネット中継される中、2004年生まれの男性に割り当てられた数字をコンピューターがランダムに選抜。選ばれた300人のうち、健康条件などを満たした64人が実際に徴兵された。
グラウゼさんによると、2014年のクリミア半島への侵攻の際も、徴兵制再開の議論があったが、「ソ連時代の徴兵制の記憶もあり、当時は社会の大多数が反対だった」という。このときは段階的な兵員数の増加や待遇拡充が決まり、2018年からは高校で国防に関する講演を始めた。いずれも、志願制の中で国防に携わる若者を増やすための試みだった。
状況を一気に変えたのが、2022年2月の全面侵攻だ。「現代のロシアが自国の経済や資源をリスクにさらしてまで侵略戦争を起こすことはないと思っていたが、そうではなかった。ラトビア国民の国防に対する意識が劇的に変わった。もっと兵士が必要だ、そのためには徴兵制が必要だ、と」
兵員の増強を加速するために徴兵制が導入され、2024年には志願者を含めて約600人が入隊。2025年に1040人、2026年に1580人を見込み、2028年に4000人をめざす。
人口約188万人のラトビアで、徴兵対象の18歳を迎える人口は年約2万人。男性が約1万人として、健康上の理由などから実際に入隊できるのは「およそ半分」という。「年間4000人という野心的な目標を実現するには、実質的に可能なほぼ全員を徴兵することになる」とグラウゼさんは言う。
定員が増えるほど、抽選による徴集兵も増えることが見込まれる。兵役でその後の社会生活でも役立つ知識やスキルを身につけられるよう、様々な専門分野を選択する機会や、質の高いカリキュラムを整え、ソ連時代の徴兵制への悪いイメージを払拭(ふっしょく)すべく、積極的な情報発信にも力を入れているという。
現在、国外在住者は免除されているが、今後の見直しも検討されているという。「あるグループだけ免除の権利を持っていれば、早かれ遅かれ、別のグループもその権利をほしがるでしょう。しかし、ラトビアのような小さな国では、徴兵できる対象者の数は限られている。兵役を果たさなくてもいいグループをつくるような余裕はありません」
大学3年生のアトゥルス・リエパさん(21)は昨秋、自ら国境警備隊の訓練に志願した。「ウクライナ戦争がなければ、おそらく参加しなかった。同じことがラトビアで起きてほしくないし、万一のときに傍観者になりたくなかった。NATOの応援が到着するまで、自分たちで国を守らなくてはならない」
今年1月、訓練のために初めて招集された。一緒になったのは、チームメートが軍に入ったからというラグビー選手の男性や、引退したが何もせずにはいられないと参加を決めたという元警察官の女性ら、志望理由もさまざまな20~50代の男女11人。リエパさんは最年少だった。今後、射撃や無線の使い方などの訓練を受ける予定だ。
リエパさんの祖母やガールフレンドは志願に反対だったという。「有事の際に真っ先に前線に送られる可能性があるから、気持ちはわかる。でも僕はそれが自分の使命の一部で、義務だと思っている」
ラトビアの調査会社などが行った世論調査によると、徴兵制への賛成は2022年5月の45%から、2023年6月には61%に増加。徴兵される可能性のある若い世代(18~24歳)でも34%から50%へと、徴兵制復活への支持が広がっている。
「戦争のリアリティーがすぐ近くにある」とリエパさんは言う。「僕たちZ世代を含め、多くがラトビアにとって徴兵制が必要不可欠だと理解していると思う。万一何かが起きたら、できることすべてをしたい」
でも、と付け加えた。「もし本当に戦争が起きたらどうするかは、誰にもわからない。自分の考えは変わらないと信じているし、そうであってほしいと願っている」