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浅草名物の人力車、都心の高級ホテルでも かつてはフランスやイギリスにも存在した

World Now 更新日: 公開日:
外国人観光客を乗せた人力車
外国人観光客を乗せた人力車=2025年1月28日、東京都台東区、中川竜児撮影

春の日本列島に外国人観光客が押し寄せている。大人気のスポットのひとつ、浅草・雷門では、多くの人力車が行き交う。人力車の歴史をたどってみると、廃れてしまった時期もあったようだが、今では晴天の日は乗車待ちするほどだという。若い女性の引き手も増えて、乗り場はいつも活気に満ちている。人力車の魅力はどこにあるのか、体験してみた。(中川竜児)

座席がすっと上がると、目線がぐっと高くなった。

「人によりますが、180センチくらいになりますから」。人力車を操る梶棒(かじぼう)を後ろ手に持ち、こちらを見ながら鈴木芳昭さん(42)が説明する。

東京・浅草の路地をゆっくり進むと、車道が見えてきた。鈴木さんは前を向き、様子をうかがう。半纏(はんてん)の背に「俥」の文字。少し色あせた紺地が年季を物語る。

自動車の流れを見極め、そろり車道へ。「行きます」。テッテッテ。足袋風スニーカーが音を立て、加速していく。歩くより速く、自転車より遅く、顔に当たる風が心地いい。と思ったら、赤信号だ。スピードを落としつつ、鈴木さんはまたこちらに向き直り、街の話を始めた。

時代屋の車夫、鈴木芳昭さん
時代屋の車夫、鈴木芳昭さん=2025年1月28日、東京都台東区、中川竜児撮影

細やかな運転技術と配慮

「人力車はストップとゴーに体力を使います。先の信号が赤に変わりそうになったらスピードを落として、なるべく止まらないように調整します」と事前に教えてくれた通りだ。でも、言うのは簡単でも実行は大変だろう。自動車や自転車、信号、横断歩道、路上のでこぼこ……。気をつけるべきものが次々現れる一方、背後の乗客にも話しかけないといけない。「人の力で人を運ぶ車」は仕組みこそシンプルだが、こまやかな技術と配慮が必要だ。

浅草寺の東側にある小さな路地に入ると、外国人観光客にスマホを向けられた。思わず手を振った。乗る前は恥ずかしさがあったのに。鈴木さんは「浅草では人力車は当たり前、風景の一部です」。自分もその場にとけ込み、受け入れられたような気持ちになるのが不思議だ。

人力車は日本ならではの移動手段と思われがちだが、「くるまたちの社会史」(齊藤俊彦著)によると、17、18世紀のフランスでもほぼ同じ仕組みの車が使われていた。英国にも伝わったが、引き手は馬に代わり、車夫は横を走ったという。

日本では明治以降、急速に普及。1896(明治29)年には全国に21万台を数えた。小回りが利き、かごと違って1人で引くから安上がり、と歓迎されたようだ。しかし、路面電車や自転車、自動車と「速くて便利」な移動手段が広まると、衰退したという。

転機は1970年代、名所案内を兼ねた「観光人力車」が脚光を浴び、再び各地に広がった。鈴木さんが勤める「時代屋」は横浜で創業し、1997年から浅草で本格的な営業をスタートした。

2006年に加わった鈴木さんは「今、外国人観光客の数は過去一番。人力車を走らせる会社も浅草だけで十数社あります」。雷門近くの人力車専用駐車レーンは、地図を手にした若い車夫たちでにぎやかだ。女性の車夫もちらほら。

旅の目的は「速さではない」

人力車を体験したオーストラリアからの観光客、ミラ・ウォーカーさん(17)は魅力をこう語った。「遅いからこそ、風景とおしゃべりを楽しめる。旅は速く移動するのが目的じゃないでしょう?」

鈴木さんが人力車を引き始めた理由は、半纏だったという。家族の仕事で高校まで東北各地を転々としていた。周囲にまだなじめなかった時期、友達が夏祭りで神輿(みこし)を担ごうと誘ってくれた。

「衝撃でした」。鈴木さんは振り返る。仲間とそろいの半纏で、声を出し、汗をかき、そして地域にも受け入れられた感覚。「全てがあったんです」。大学進学を機に東京に出て、一度は就職したが、半纏を着て体を動かしたいという思いが募り、転職を決意したという。

鈴木芳昭さんは今も、初めて参加したお祭りの手ぬぐいとお守りを大切に身につけている
鈴木芳昭さんは今も、初めて参加したお祭りの手ぬぐいとお守りを大切に身につけている=2025年1月28日、東京都台東区、中川竜児撮影

今はベテランになり、仕事もデスクワークが増えた。この日、久しぶりに車を引いたという鈴木さんは「やっぱり楽しいですね」と笑顔を見せた。長い時間をかけて復活を遂げた人力車が、これからも生き残るために何が必要か。鈴木さんは「言葉ですかね。外国語も同じですが、言葉をどう選び、案内を楽しんでもらえるか。それと、浅草という街への感謝を忘れないことだと思っています」と語った。

オフィス街を走る人力車も

観光地以外でも、人力車は復活している。東京都心の高級ホテルとして知られる「アマン東京」(千代田区)。車寄せに、ピカピカに磨かれた人力車が2台あった。

「アマン東京」の車寄せに置かれた人力車
「アマン東京」の車寄せに置かれた人力車=2025年2月17日、東京都千代田区、中川竜児撮影

世界各地のリゾートでホテルを展開するアマン初の都市型ホテルとして2014年にオープン。専用の船で送迎するイタリアのベネチア、原付三輪自転車を寺院ツアーに使うカンボジアのシエムレアプなどを参考に、「東京の文化、伝統を感じてもらえる移動手段」として目をつけた。

ホテル近辺を巡る週1回朝30分の無料体験(先着順、冬季休み)のほか、有料の1時間体験(通年)もあり、ガイド付きで皇居や日本橋周辺を異なる目線で楽しんでもらう趣向だという。担当者は「私たちも実際に乗ってみて、こんなに楽しいのかと驚きました。是非多くのお客様に体験していただきたい」と話している。

「アマン東京」の人力車
「アマン東京」の人力車=アマン東京提供