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費用は5000万円超、近所からは好奇の目 自宅をエコ住宅に改築し続ける大学教授 

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
フォレスト・メガーズと、自宅に設置した環境にやさしい冷暖房システムの一部
米プリンストン大学教授のフォレスト・メガーズと、彼がニュージャージー州プリンストンの自宅に設置した環境にやさしい冷暖房システムの一部=2024年10月23日、James Estrin/©New York Times

米ニュージャージー州の学園都市プリンストン。2年前、街路樹が立ち並ぶ通りに面した2階建ての変哲もない家にトラックが立ち寄り、削岩機が荷台から降ろされた。その目的は何だろうか。――前庭に深さ500フィート(約152メートル)の穴を掘ることだ。

外見は石油掘削装置に似ている奇妙な機械だったが、もっとクリーンなエネルギー源を探ることになっていた。それは「水」だ。プリンストン大学建築工学部教授のフォレスト・メガーズ(43)が自宅に地熱冷暖房システムの設置を進めており、住宅の徹底的な改築によって、環境にやさしい生活のモデルハウスを実現しようとしていた。

メガーズは「持続可能なシステムの設計」コースを担当する教授で、普通の日曜大工ではない。サーファーのような間延びした話し方をする人で、お菓子の家のような派手な形になり始めた家に住んでいるが、社会全体が化石燃料にしがみつくなかで、温室効果ガスの削減には全力で取り組んでいる。

「私たちはいま、車のシートベルトを着けないまま時速100マイル(約160キロ)で運転しているようなものだ」と彼は言った。

近所の人たちの好奇の目を浴びながら、彼は自宅を住居兼実験室にしている。3年前から続いている改築で、家族6人は忍耐心が試されてきた。だが、この家が気候変動対策のリアルタイムのモデルでもある今、リスクもリターンも倍増し、プロジェクトは無限に続く様相を呈している。

改築費は30万ドル(約4500万円)の予算を、すでに4万ドル(約600万円)上回った。メガーズと妻のジョーゼット・スターン(43)は、1年間にわたってベッドルームを地下室に移し、そこに仮設の台所をつくらねばならなかった。スターンはホットプレートやスロークッカー(緩速調理鍋)を使って家族の食事を調理することになり、「たいへんだった」と振り返った。

フォレスト・メガーズの自宅で続く改築工事。家族や友人も作業を手伝う
米プリンストン大学教授のフォレスト・メガーズの自宅で続く改築工事。家族や友人も作業を手伝う。右端は妻のジョーゼット・スターン=2024年10月23日、ニュージャージー州プリンストン、James Estrin/©New York Times

スターンは「夫は自分の理想と妥協しない面が少しある」と語る。メガーズと同時に工学博士号を取得したが、夫妻の4人娘の長女が生まれた際に学界を離れた。「私たちが可能だと思う以上のことを彼は求めてくる」とし、「私は時々、線を引いて限界を伝えなければならない」とも述べた。

メガーズは米アイオワ大学の学部時代に機械工学を学び、当初は環境問題の観点から自転車の設計に取り組む考えだったという。しかし、その後、気候変動の影響をさらに知り、「私は気づいた。『あー、何ということだ。建物はこんなにひどい』とね」。そこから徐々に、彼は焦点を建築工学に移していった。

プリンストン大のメガーズ研究室はCHAOS(冷暖房建築最適化システム)と呼ばれ、彼が自宅でも随時実験している冷暖房技術の開発に、学生たちとともに取り組んでいる。建築を独習したメガーズは、最先端の技術とともに、より伝統的な断熱方法も採り入れてきた。

地熱は数世紀前から利用されてきた自然エネルギーで、プリンストン大学のような大学キャンパスを含め、全米各地で復活しつつある。しかし、メガーズにとってはほんの手始めにすぎない。

地熱エネルギーを利用する方法は多種多様だが、メガーズのシステムでは、常にカ氏約50度(セ氏約10度)を保つ地下深くの水を活用する。そして、ヒートポンプによってこの水が床下に広がる配管を流れ、屋内の随所に届く。これは輻射(ふくしゃ)式暖房システムとして知られている。夏にはヒートポンプの機能が逆回転し、家の中の熱を吸収して送り返し、屋内を涼しく保つ。

このプロジェクトでは、家の大きさを変えずに、家族が利用する屋内スペースを最大化することにも重点を置いた。この構想はメガーズにとって重要と言える。米国の異様に大きくてエネルギーの消費量が過大な家屋を忌んできたからだ。一方、スターンはこの計画の実用性を評価している。「子どもが4人いて、家が小さいから」

そして、9歳から13歳までの4人娘は、かつてはベッドルーム2室しかなく窮屈だった2階に、今は1人ずつ個室を与えられた。2階の改築で屋根と床を取り換えた際、輻射式システムの配管を設置した。これで空調用の配管を取り外すことができたので、スペースが広がって、娘たちの個室ができた。

配管を覆う床には、虫害で枯死したトネリコの廃材を利用した。ベッドルームのドアは切り倒されることが決まっていた地元産のアカガシワで作られ、アイオワ州でメガーズの家族が営む農場の羊の毛が断熱材に使われた。そして、トイレのタンク上部にはシンクがついていて、手を洗った水はトイレを流すのに使われる。

タンクの上にシンクを取り付け、手洗いに使った水をトイレを流すのに使えるようにしたゲスト用バスルーム
タンクの上にシンクを取り付け、手洗いに使った水をトイレを流すのに使えるようにしたプリンストン大学のフォレスト・メガーズ教授宅のゲスト用バスルーム=2024年10月23日、ニュージャージー州プリンストン、James Estrin/©New York Times

エイベル・スミスは地元の省エネ住宅の建築家で、メガーズの改築を助け、毎年、省エネ住宅をめぐるツアーを共同で企画している。スミスによると、プリンストンにはほかにも環境にやさしい住宅がある。しかし、メガーズの家は持続可能性にかかわる機能をすべて備えている点で「傑出している」と評価する。「彼はすべてをやってのけた」

もっとも、すべてが円滑に進んだわけではなかった。夫が際限がないと感じられるほどのエネルギーをキッチンの改修に注ぎ始めると、スターンはブレーキをかけざるをえなかった。「あれには頭に来た。調理をするのは私なんだから」

メガーズが高価なヒマラヤスギの板を屋根に使うことを主張した際、スターンは妥協点を探った。その結果、ヒマラヤスギは屋根窓の部分に使い、屋根の他の部分はアスファルトで覆った。アスファルトの屋根板は価格を比較すると安いが、環境へのやさしさでは劣る。

家族は冷房システムについても疑問をぶつけた。床の下を流れる冷たい水を利用しており、結露が生じる状態になったら、床下の温度を露点よりも高く保つセンサーで調整する仕組みだ。しかし、ニュージャージー州の夏は露点がカ氏70度(セ氏約21度)を超え、床が温かくなってしまう可能性がある。

「私たちの家を環境にやさしくしようとする努力はわかる。でも、他の家のようには涼しくない」と双子の1人、メイリン(11)が10月のさわやかなある日に話した。父は妻や娘たちの幸せを守るために、コイルと扇風機を使い、うだるような猛暑の日々に空気を冷やしてくれるシステムをつくり上げた。

家の外縁には、自然環境を利用した冷暖房を可能にするもう一つのシステム、つまり太陽の熱や光を活用して室内環境を快適に保つパッシブ・ソーラー・シェーディングを採り入れた。家の南側にはひさしがある窓を並べた。冬の低い日差しはひさしの下にあたって家を暖め、夏の高い日光はひさしに遮られて家は影に入る。

「アナサジ岩窟居住民(訳注=米南西部に紀元前から13世紀ごろまで存在した先住民の文化で、断崖をくりぬいて住居を造った)が山の側面に洞窟を掘った時代から、人々がやってきたことと同じだ」とメガーズは話す。

この家の改築でやるべきことのリストにはソーラーパネルの設置も含まれる。これが完了して家が送電網から独立した状態になると、蓄熱タンクを従来と異なる方法で改造した約2千リットルの貯水容器2個を利用することで、バッテリー電源を使う必要性が低下する。この小ぶりで柔軟な容器は地下の狭い空間に据え付けられ、多量の電気を消費するヒートポンプを使わずに、冷暖房を屋内に供給できる。

メガーズのCHAOS研究室が開発中の専門性がさらに高いプロジェクトには、ゾーン別のセンサーの微調整や、家から湿度を除去する複数種の乾燥剤の試験が含まれる。この2種類のプロジェクトには、メガーズが浪費型の機能と指摘するエアコンを使わずに、屋内を冷却する作用がある。

「アイデアが出てこなくなったらすぐに、これは終わりにする」とメガーズ。もっとも、娘たちが自分の部屋を持ち、浴室やキッチンも使われているのだから、この住宅はすでに暮らしのある家になっていると彼は補足した。

2024年、プリンストン大機械工学科の学生たちがメガーズ宅を訪れた。4年生のヘレナ・フルーディットは印象深かったこととして、持続可能な事業がこんなにも数多く成し遂げられた場所が、「電力網からはずれたへき地」ではなく、都市部に近い街路にあったことだと指摘した。

「環境に良い家を手に入れるために、森の真ん中に行く必要はないということを彼は教えてくれた」(抄訳、敬称略)

(Hilary Howard)©2025 The New York Times

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