10月下旬、赤道に近いフィリピン南部ミンダナオ島は、半袖ポロシャツで快適に過ごせる気候だった。島は日本向けバナナの一大産地。フルーツ生産販売大手ドールのパッキング場で、現地スタッフがテキパキとバナナの房を切り分け、袋詰めしていた。その過程で、「規格外」がコンベヤーで運ばれていく。
果肉に達するような深い傷があるものは仕方ないが、果皮に少し傷があるだけだったり、小ぶりだったりするだけで、ツルツルのきれいなものも。廃棄向けの袋には、そんな青いバナナが詰まっている。一部は加工にまわるが、多くは埋め立て廃棄されるという。
日本のドール生鮮第一本部バナナ部の馬場祐介さん(39)によれば、同社の扱うバナナの9割以上がフィリピン産で、年約20万トンを日本に輸入している。一方、おいしく食べられるにもかかわらず、皮に傷や汚れがあったり、大きすぎたり小さすぎたり、売れやすい4~6本にそろえた後に生じる「端数」であることを理由に、現地で廃棄されるバナナは約2万トンに上るという。
ほとんど手作業で育てる
温暖な島で、バナナは手をかけて育てられている。
バナナは、種を植えるのではなく、健康な株から育てる。菌や病気から守るため、厳重に管理された同社の培養研究施設で手作業で株分けされ、最初は密閉容器に入れられる。苗は大きさごとにグループ分け。畑に植えたときに同じ成長ペースになるよう考えているという。日光の当たり方をネットで調整しながら屋外環境に慣れさせ、いよいよ畑に出発する。ここまでで約40週間かかるという。施設スタッフのシェリル・ガドールさん(43)は「お母さんのおなかに赤ちゃんがいるくらいの間、大切に育てています」と話す。
畑でも重労働が待っている。日照を考えて等間隔で植え付ける。高いものは4メートルほどになるため、倒れないようロープなどで補強しなければならない。虫よけの袋をかけたり、バナナ同士がぶつかって傷がつかないよう、早い段階から保護カバーもかぶせる。高所の作業が多いので、はしごが必需品だ。
植え付けから約40週間後に、ようやく収穫となる。ナイフを使って房ごとに丁寧に切り取り、トレーに載せる。トレーに載せた時に傷がつかないよう、保護シートが敷いてあった。選別とパッキングを経て、週4回、専用船で日本へ向かう。季節を問わず、安定供給されている理由だ。
「プランテーションビジネスというと大規模で効率的な生産オペレーションを想像するかも知れませんが、バナナは独特の形状をしていて、生産過程で傷つきやすい。市場が求める品質基準を満たすため、ほとんど手作業になります」と馬場さんは説明する。
約1週間の船旅を経て、青いバナナは日本に到着。その後、「追熟(ついじゅく)加工」を経る。追熟は、室(むろ)と呼ばれる温度や湿度を調整できる特殊な部屋で、バナナを熟成させる工程のこと。バナナを入れて3日目の室に入ると、特有の甘い香りが漂っていた。長い月日を経て、店頭に並ぶ日がようやく訪れるわけだ。
産地での廃棄をなくすため、ドールは現地の「規格外」を減らす取り組みも始めている。その一つが、「もったいないバナナ」と銘打って、日本で流通させる試みだ。
「規格外」の流通は、長く続いた商習慣への挑戦でもある。
「見た目」の壁を破れるか
日本バナナ輸入組合によると、バナナは日本人がよく食べる果物のトップを20年連続でキープしている。手を汚さず、すぐに食べられ、朝食やおやつにも重宝する人も多いだろう。では、スーパーに並んでいるバナナをどう選んでいるだろうか。組合のアンケートで、バナナを買う基準(複数回答可)を見ると、「安さ」が約39%、次いで「見た目のきれいさ」が約35%となっている。「見た目」のハードルはかなり高い。
馬場さんは「フィリピンでスタッフ一丸となって育てるバナナを、少しでも『見た目』にとらわれず消費していただけるような文化や習慣が日本に根付いてくれるとうれしい。皮に傷があったり、見慣れないサイズだったりするかもしれませんが、中身は普段食べるものと変わらない、おいしいバナナです」と話す。
加工に回るものも含めて、「もったいないバナナ」の昨年度の実績は900トン。2万トンにはまだほど遠いが、ドールは数年かけて、5千トンまで増やしたい考えだ。
今秋からは、職場に定期的にバナナを届ける「オフィス・デ・ドール」にも規格外を使い始めた。
「バイトル」などの求人サイトを運営する「ディップ」(東京)は9月から「オフィス・デ・ドール」を利用している。
コロナ禍を経て、一部でテレワークがメインになっていたが、今春から「出社」を勧めてきた。同社のキャリア採用戦略推進室の室長、阿部雄也さん(41)は「社員が出社したい、と思うようなオフィス環境を整備する一環として食事補助を考えました」。SDGsやフードロスに貢献できる「もったいないバナナ」であれば、社会課題の解決と社員の健康支援の両方が実現できること、バナナを提供する「必然性」や「意味合い」も明確に伝えられることをメリットととらえたという。
六本木のビルに入る本社には毎週1回、火曜日に計7箱(1箱13キロ)が届く。訪れたのは水曜日だったが、オフィスの真ん中ほどに置かれた箱の中のバナナは半分ほどに減っていた。社員には朝食用として伝えているといい、阿部さんは「木曜日にはほとんどなくなっています」。
箱の中のバナナには多少傷があるものもまじるが、気になることはない。バナナ好きという阿部さんも「なんでこれが捨てられるんだろうと思いますね」と話す。ディップは本社を含め、全国35の拠点で「オフィス・デ・ドール」を利用しているという。
ドールによると、「オフィス・デ・ドール」の利用企業は現在20社。「もったいないバナナ」は一般の消費者向けにもピーコックストアや平和堂など一部のスーパーで定期的に販売しているという。
「価格の優等生」
バナナを買う基準のトップ、「安さ」についてはこんなデータもある。
日本バナナ輸入組合によると、バナナの輸入が自由化された翌年、1964年の1キロ当たりの小売価格は228円だった。2023年は314円(いずれも高地栽培などはのぞく)。この間、国産リンゴは111円から706円に、国産みかんは159円から797円に値上がりしているという。かつて「高級品」だったバナナは今、「物価の優等生」の象徴になっている。
フィリピン政府は2022年6月、日本の小売業界に対し、バナナの値上げを求めた。物価上昇や輸送費の高騰でコストが増えているのに小売価格が長年据え置かれ、産業が維持できなくなる恐れがあるという理由だった。