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回転寿司が食べられなくなる? 世界で「買い負ける」ニッポンの水産業 抱える課題

World Now 更新日: 公開日:
小平桃郎さん
小平桃郎さん=2023年7月25日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

単身渡った南米アルゼンチンで見た漁師たちの苦労

――小平さんが水産の世界に入ったのは、大学卒業後に渡った南米アルゼンチンでの経験がきっかけだそうですね。

父が築地市場の大卸に勤めていて、市場の目と鼻の先の豊海(とよみ)町で幼少期を過ごしました。食べることは好きでしたが、父親の仕事に憧れる気持ちはまったくなくて、むしろ毎朝23時に家を出る仕事は大変だろうなあと思っていました。

大学を卒業後、学生時代からアルバイトをしていたテレビ局で番組のアシスタントディレクター(AD)をしていたんですが、半年くらいで挫折してしまい、父親の知人のつてを頼ってアルゼンチンに渡りました。

それまで私は一度も海外旅行に行ったことがなく、パスポートも持っていなかったんですが、(南米で盛んな)サッカーも好きだし、せっかくなら簡単に帰って来られないところへ行こうと思い、スペイン語もまったくできない状態でブエノスアイレス空港に降り立ちました。

そこで始めたアルバイトが、現地の水産会社が日本向けに輸出する商品の検品とか、日本からイカ釣りに来る船乗りさんたちのアテンド(支援)業務で、当初は半年間の約束だったんですが、気づけばなじんで、そのまま2年半ぐらい暮らしました。

アルゼンチンで2002年ごろ、アルバイト先所有のイカ釣り船の食堂で、アルゼンチン人と韓国人、インドネシア人、ベトナム人の船員たちと小平桃郎さん(右端)=本人提供
アルゼンチンで2002年ごろ、アルバイト先所有のイカ釣り船の食堂で、アルゼンチン人と韓国人、インドネシア人、ベトナム人の船員たちと小平桃郎さん(右端)=本人提供

――あまり関心がなかったという水産業への思いは、アルゼンチンでどう変わりましたか。

水産がちょっと好きになったのは、生産者の立場を見た時でした。

船の上って良くも悪くも「無法地帯」なんです。港に帰ってきたら乗っていたはずの乗組員が1人減っていたりするんです。事故で亡くなることも、ワイヤーなど張る際の立ち位置を少し間違えて大けがするなどという事故も、よく話で聞きました。

そうして大変な思いで獲った魚を販売する人は、そういう人たちの気持ちもくんで、いろんな国に対して一生懸命売る。そういう姿を見ました。

だから、日本に帰国して、社員25人ぐらいのエビ輸入専門商社に拾ってもらった時、アルゼンチン産アカエビの担当にしてもらい、日本でも心を込めて一生懸命広めたい、そういう気持ちが出てきました。

――今回、「回転寿司からサカナが消える日」を出版しました。経緯を教えてください。

ブエノスアイレス時代に知り合った同年代の日本人がその後ライターになって、昨年2月ごろ、回転寿司について彼から取材を受けたんです。

当時、100円寿司というのが当たり前にありました。でも、漁師がいて、水揚げ後に工場で殻をむいたり切ったり加工して、それを日本の会社が輸入して、トラックで運んで、回転寿司側も利益を取ってお客さんに販売すると、100円にはできません。どこかで誰かが損しているんです。100円のお寿司が当たり前に食べられるというのは、ずっと前から限界が来ているんです、という話をしました。

そのすぐ後に回転寿司が値上げされて、30年以上続いていた「100円」の時代が終わりました。それがきっかけで雑誌に連載の話を頂き、この本にまとまりました。

小平桃郎さんの著書「回転寿司からサカナが消える日」書影
小平桃郎さんの著書「回転寿司からサカナが消える日」書影=2023年7月25日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

日本のビジネスが提供できるものが、どんどん減っている

――この本を通じて小平さんが伝えたかったのはどんなことですか。

まず、水産の売り手としての日本についてです。

海外のシーフードショー(見本市)に行くと、日本の企業は新聞記事や記者会見とかで「海外にどんどん売っていこう」ということを言っていますけど、実は海外のお客さんが日本に頼むものがなくなっているんじゃないかと私は感じています。

たとえば、私が水産の世界で働き始めた2005年ごろは、回転寿司の寿司ネタを世界中から集めて、中国やタイなど海外の拠点工場と組んで生産し、日本にもう一回持ってくるというビジネスが急成長していました。加工工場は日本国内にもありましたが、価格で競争できずに、寿司ネタを大量生産できる工場はほとんどなくなってしまいました。

それから15年以上たった今、何が起こったかというと、ネタの作り方もパッケージのデータもノウハウもすべて中国に持って行かれてしまいました。

水産専門商社時代の小平桃郎さん(右)。2011年ごろ香港の展示会にて=本人提供
水産専門商社時代の小平桃郎さん(右)。2011年ごろ香港の展示会にて=本人提供

お客さんが全員日本にいたり、元々の原料が日本のものだったりすればまだいいんですが、そうではない。寿司ネタを求めるアメリカやヨーロッパの人は、もはや日本に注文する必要がないんです。魚が欲しければ魚の産地に、寿司ネタが欲しければ中国とかの工場に頼めばいいわけです。

日本のビジネスが提供できるものが、「あるようで、実はない」ということを、まだみんな実感として分かっていない気がするんです。

次に、買い手としての日本です。

日本人は魚を安く食べることに慣れすぎてしまっていると思います。たとえば回転寿司だと、価格を少し上げたり、ネタが小さくなったり、質を下げたりすることにちょっと厳しすぎるんです。

海外の回転寿司の値段は日本の倍くらいします。今の回転寿司の値上げ幅は、円安や輸送費や電気代の値上げに対して十分なものではないと思います。

コロナ禍が明けて、回転寿司業界の売り上げもだいぶ復活したと聞きますが、企業努力でサイドメニューなどを強化しているためで、実際に消費される魚の重量ベースではおそらくすごく減っていると思います。そうすると日本の市場全体で扱う魚の量も減ります。

でも漁船が動いて、そこに魚がいたら漁師は魚を取ってきてしまいます。取ってきた魚を、市場機能を通じて全部なんとか売るという大前提が、今の日本では崩れてきてしまっています。

「このサイズの魚しかいらない」とか「今は在庫がいっぱいあるからいらない」とか、そうなっていくと、水産業界における日本の立場がどんどん弱くなっていきます。国際的な魚を買う客としての日本のランキングが落ちてしまっています。

一方で、日本はほかの国より魚の品質や安心・安全にも厳しいので、漁師からすれば、「うるさいくせに、たいして買わない客」みたいになってきてしまっています。 

安い規格外品を求める人に知ってほしい、水産業界の現状

――かつて日本はたくさん魚を買ってくれる上客だったのが、変わってきているわけですね。

そうです。もう一つ難しいのがSDGsでも削減が求められる「食品ロス」の問題です。

不景気になると、値段の安い「規格外品」や「訳あり商品」がもてはやされてよく売れますが、「規格外品」を売るためには「規格品」が売れなくてはいけません。

たとえばチリ産の冷凍ウニは回転寿司の人気のネタで、ここ何年かずっと供給が足りず、値段がどんどん上がってしまいました。そうすると、回転寿司で売れる量が極端に落ち込んでしまいました。でも値上げのピーク時に、産地チリでは、日本人が高く買ってくれるからとウニをたくさん取って、加工してしまった。ウニは、日本以外に買うお客が世界にほとんどいないので、中国やアメリカにも日本ほどは売れません。

南米チリで、日本のテレビ番組のロケを手伝った際の小平桃郎さん(右)。2016年ごろ水産商社時代の先輩と=本人提供
南米チリで、日本のテレビ番組のロケを手伝った際の小平桃郎さん(右)。2016年ごろ水産商社時代の先輩と=本人提供

現在、寿司屋さん向けに卸すような品質の良くコストの高いウニは在庫が余っていますが、色が少し悪かったり軟らかかったりする加工食品用の安価なウニは足りない状況です。私のところにも、よく業者から問い合わせが来ますが、加工用の規格外のウニが欲しかったら、通常の規格のウニを買ってくれないと売り手側は困るわけです。

甘エビもそうです。「グルむき」と呼ばれる軍艦巻きなんかに使われる甘エビは、元々は尻尾の加工を失敗したものなんですが、「グルむき」がほしいと言われても、加工がうまくできた甘エビが売れないと、そもそも出てこない商品なわけです。

――この問題を解決するにはどうしたらいいんでしょう。

私が全部の解決法を言えるわけもないんです。一つ一つに「こうしたらいいんじゃない」という理想論は持っていますが、何十年も続いてできた商習慣もあって、そんなに簡単に実現できる話でもない。

ただ、魚を食べる人たちに分かってほしいんです。

たとえば、お寿司屋さんで100円だったのが、120円になっていた。品質が少し落ちたことに気づいた。そういう時に思い出してほしいんです。

しょうがないなと思ったり、もっと良い寿司を食べるにはお金を払わなきゃいけないと思ったり、寿司屋に行くのはやめてお肉を食べようと思ったり、背景を分かった上でどう行動するかはみなさんの自由です。

2018年10月、築地市場の閉場前に最後に訪問した時の小平桃郎さん=本人提供
2018年10月、築地市場の閉場前に最後に訪問した時の小平桃郎さん=本人提供

魚って、さばくのも、出た生ゴミを捨てるのも面倒くさい。私もそう感じることがあります。だから「日本はもっと魚を食べないと大変ですよ」と言いたいだけでもない。

結局、日本の人ってなんだかんだ言って魚を食べるのが好きだと思うんです。でも、現状はこうなって値上げしたり品質が落ちたり、食べられなくなっている。中国が主導権を握っている。そういうことは知らない人もまだまだ多いと思うんです。

たとえば世界的な寿司人気で、ノルウェーのサーモンやサバの生産会社は、今ものすごく業績がいいんです。こうした会社は、寿司の写真をいっぱい使って自社商品の宣伝をしています。ノルウェー料理ではなく。本当は日本だって今のノルウェーになることもできたはずです。日本はいいとこだけ取られちゃった感じなんです。

ヨーロッパの展示会に行くと、寿司ネタの商材ブースは「寿司スタンド」があって、寿司職人が寿司を握っていたりしますが、日本ではなく、中国や台湾の会社だったりします。

日本の魚の獲り方にも問題がある

――漁業を政策でうまくコントロールすれば「買い負けない」日本にもできるでしょうか。

魚の獲り方の問題もあります。

著書にも書きましたが、日本の漁業は「早い者勝ち」。たとえばサバなどは、あらかじめ決められた日本の漁獲枠が上限に達しないうちに競って取り合うので、獲れ出したら小さなサイズでも水揚げされてしまいます。同じトン数で比べても、小さいサイズのうちに獲ってしまうことは環境に悪いわけです。たとえて言うなら、子どもを200人取るか、大きく成長しきった大人30人取るかというイメージです。

でも、今の日本のルールで「環境に悪いから」などと魚が大きくなるまで漁をしなかったら、その会社は漁獲枠を取り逃がしてしまうんです。結局、小さいサイズの魚は国際的な評価も低いから、こうした魚を日本はアフリカや東南アジアなどに格安で輸出し、脂がのった大きなサイズの魚は、漁期をコントロールして取るノルウェーなど外国から高いお金を払って輸入している。もちろん魚種の違いによる評価の差もありますが、本末転倒です。

私の父親を含め日本の水産業界は、長年この仕組みを変えてこられなかったわけです。でもこういうことを広くみんなが知って、こういうことになっているのか、おかしいな、とみんなが思えば、事態は変わるんじゃないかと思っています。

――日本は生産者としても消費者としても、「世界の水産の大動脈から外れてしまった」わけですね。

そうなんです。海外の展示会では、生産者では、魚資源の豊富なカナダやアメリカのアラスカ、ノルウェーやチリが大きなブースを出しています。加工工場では中国やベトナムが有名です。南米エクアドルもエビの養殖に国を挙げて投資しています。トルコもサーモンの生産に力を入れて存在感を高めている。

日本発の寿司はいろんな国が掲げるメニューに登場しているのに、日本のパビリオンはものすごく小さいんです。世界の潮流に「いっちょかみ」できていないのが、なんだか残念で寂しい気持ちになります。

小平桃郎さん
小平桃郎さん=2023年7月25日、東京都中央区、渡辺志帆撮影

買い負けない日本にするには

私は文句が言いたいわけじゃないんです。現状をみんなに分かってもらいたい。そして、応援するために魚をもうちょっと食べたり、値上げに寛容になったり、細かいクレームを入れすぎないようにしたりしてほしいんです。

別に、食べておなかを壊したのに黙って見逃せという話じゃないんです。

たとえば、エビの製品の中に、エビの「ひげ」が入っているじゃないかというクレームが(業者に)入ったりするんです。そんな国、日本以外にないんですよ。もちろん金属片や髪の毛が入っていたら問題ですが。エビを輸入する立場の私が、「エビの中にエビのひげが入っていた」なんてことを生産者側に言えるわけがないんです。やり過ぎです。 

賞味期限の問題もあります。

期限が切れたら当然だめですが、日本の会社には、冷凍水産物の賞味期間が残り3分の1を切ったらもう使えないというところがあります。賞味期間がまだまだ残っていても、賞味期間の半分以上が過ぎたらだめだとか、日付の新しいものをひとたび倉庫から出荷したら、それより古いものはもう出せない、というルールのところもあります。

おにぎりなどと違って、冷凍水産物の賞味期間は1年や2年などです。海外からの輸入コンテナの通関の遅れや、新型コロナの影響で、到着が当初の予定から1、2カ月もしくはそれ以上ずれることはしょっちゅうあるんですが、「うちは賞味期限のルールがあるので受け取れない」などと言われてしまうこともあります。

客としてうるさすぎるし、こうした食品ロスが、すべてコストになって価格にはね返るんです。

余分なコストがかかりすぎているので、漁師に提示する値段も安くなるし、求める基準はうるさいとなると、漁師からすれば「いいお客」ではないですよね。日本の厳しい基準を突破していることが、欧州やアメリカの市場に売り込む時のセールスポイントになるから日本と取引を続けているという人はいますが、昨今のこのような日本が買い負けていく状況を目の当たりにするのは、寂しくもあり残念に思います。