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新鮮な魚を地元で味わうレストラン 日本ではよくある話、でも北欧では貴重な体験

マイケル・ブースの世界を食べる 更新日: 公開日:
北村玲奈撮影

食べに行くにも通りかかるにもどこからも遠い、人里離れたところにあるレストランは、どこかロマンチックで気高い感じすらある。純粋にその味だけを求めて人々に足を運ばせる、たどり着くために一層の意気込みが必要な、そんな場所だ。

ケビン・コスナー演じる主人公がアイオワのど真ん中に野球場をつくる映画『フィールド・オブ・ドリームス』の有名なせりふにならい、「それをつくれば、彼はやってくる」ようなレストランとでも言おうか。

岐阜の森に囲まれた山腹に位置し、囲炉裏のある店として名高い柳家もそうだし、北海道・洞爺の火口湖の近くにミシェル・ブラス(フランス料理界を代表するシェフ)がかつて構えたレストランもそうで、私は幸運にも『英国一家、日本をおかわり』という本の取材でどちらも訪ねる機会があった。そして最近訪れた「メッドウィンド」というレストランもそうだ。風が吹きすさぶ北欧の海岸沿いの、だだっ広く質素で殺伐とした漁港にその店はある。

デンマーク語で文字通り「風とともに」という意味を持つ、デンマークのユトランド半島に新しくオープンしたレストランだ。

これは飲食業の開発・コンサルティングを手がけるエマ・ミルナーとシェフのエミリー・クヴィストによる新しいプロジェクトだ。エミリーはニューヨークの「ブルーヒル・アット・ストーンバーンズ」やコペンハーゲンの「アマス」といった有名なミシュランの星付きレストランで経験を積んできた。

目指すのは、北海と、より遠洋を漁場とする船が捕った魚を、卸売業者を介さずに直接店の食卓まで届けること。その地域ならではの魚介類を季節ごとに、持続可能な手法で扱うというのは、このかいわいではかなり先鋭的な試みなのだ。

■新鮮な魚がエサになるなんて

デンマークでは、大半の魚介はごく限られた数の水産加工港に送られる。メッドウィンドのあるハンストホルムはその一つ。一番鮮度のいい魚はフランスやイタリア、スペインなど良質な魚介を好んで味わう国へと売られることが多く、そうなると残りは加工・冷凍されて世界各国へ売られるか、サーモンやトラウトといった養殖魚のエサに加工されてノルウェーやスコットランド、チリにまで送り出されるかとなる。これは恥ずべき事態だ。何の問題もなく食べられる新鮮な魚を養殖魚のエサとして使うなんて、持続可能な環境モデルではない(今度安い回転ずし店でサーモンの握りをレーンからつまむときにでも考えてみてほしい)。

メッドウィンドは、ささやかなやり方でそれを変えようとしている。たとえばヴィーガンワッフルとキムチを合わせたシーフードサラダやノルウェー産ロブスターのグリルによって。店自慢の一品は、魚一匹丸ごとのグリルかポシェ(低温で煮る料理)だ。何を提供するかは、基本的には前夜に何が水揚げされたかで決まる。私たちがいただいたのは、スプラットというニシン科の小ぶりな魚(アンチョビのような)にパン粉をまとわせたフライ。スペインの海辺のレストランで出てくるような料理だ。店のソーシャルメディアではあん肝料理を提供しているのを見かけることもあり、それもうれしかった。ヨーロッパでは捨てることがほとんどなので……おかしな話ですよね。

全員が女性というメッドウィンドのチームは、不毛の地に胃袋の安息所をつくり上げた。しかしこれはロマンチックな冒険などではない。パステルカラーの内装や趣向を凝らしたノンアルコールワインの陰には地に足の着いたビジネスプランがあり、たとえば営業は4月から10月のノルウェーやスウェーデン、ドイツからのバケーション先としてデンマークの海岸エリアがにぎわう期間に限られていたりする。コロナ禍にあっては、コペンハーゲンなど国内の反対側からの客も来ているという。

日本の食事情からすればなんら革新的とも言えないだろうが、北欧では貴重な存在だ。それはもう、手際よく下処理されたあん肝のように。(訳・菴原みなと)