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アジア版NATOは実現可能?元シンガポール外務次官の分析と「日米の核共有」の現実味

揺れる世界 日本の針路 更新日: 公開日:
日ASEAN首脳会議で記念写真に納まる石破茂首相(左から6人目)ら=2024年10月10日、ラオス・ビエンチャン、代表撮影
日ASEAN首脳会議で記念写真に納まる石破茂首相(左から6人目)ら=2024年10月10日、ラオス・ビエンチャン、代表撮影

石破茂首相は今年9月に行われた自民党総裁選のさなか、米保守系シンクタンク「ハドソン研究所」に論文「日本の外交政策の将来」を寄稿しました。シンガポールの外務次官を務めたビラハリ・カウシカン氏は、石破氏が訴えた「アジア版NATO(北大西洋条約機構)の創設」には時間がかかると指摘する一方、日本と米国の「核の共有」は時間の問題だとも主張します。(牧野愛博)

――石破氏は論文で、日米豪印による安保対話の枠組みの「QUAD(クアッド)」や米英豪の安保枠組みの「AUKUS(オーカス)」、日米韓協力に触れました。

シンガポールのISEASユソフ・イシャク研究所(旧・東南アジア研究所)がASEAN加盟10カ国の識者(学術界やビジネス界、政府やNGO組織、国際機関などの幹部)を対象に2023年に行った調査によれば、回答者の半数強(50.4%)が、「QUADの強化が東南アジアにとってプラスで安心感を与える」と回答し、31%が「QUADとの協力が(ASEAN)地域にとって有益だ」と答えました。2024年の同じ調査に、「有益だ」と答え人は40.9%に増え、32.2%が「QUADはASEAN自身の取り組みを補完できる」と答えました。

2024年の調査でQUADについて「中国を挑発する(7.4%)」、「ASEANにどちらかの側を選ばせる(7.9%)」、「ASEANの中心性を脅かす(11.5%)」など、(否定的に)考えていたのは、少数派に過ぎませんでした。

米デラウェア州で2024年9月21日、日米豪印による協力枠組み「クアッド」の首脳会合に参加するインドのモディ首相(左から2番目)ら=インド外務省提供
米デラウェア州で2024年9月21日、日米豪印による協力枠組み「クアッド」の首脳会合に参加するインドのモディ首相(左から2番目)ら=インド外務省提供

――アジア版NATOの創設は可能でしょうか。

集団的自衛体制が導入されれば、アジアの安定は確実に強化されるでしょう。しかし、現実には、導入のために克服すべきいくつかの障害があります。アジア版NATOが創設されても、NATOと同じようなシステムにはならないでしょう。アジアは欧州や北米よりもはるかに多様で、ほとんどのアジア諸国が中国に不安を抱いています。アジア諸国の間にも緊張があります。さらに、アジア諸国には、北京の行動の一部に懸念があるかもしれませんが、中国を完全に否定的にみている国もありません。

おそらく、日米韓をコアとして、米国と正式な同盟関係を結ぶ国々が安全保障や防衛協力を緊密化させることが、始まりになるかもしれません。2023年8月に発表され、日米韓連携の具体策を示した日米韓首脳共同声明「キャンプ・デービッドの精神」は良いスタートでしたが、制度化と強化が必要です。

共同記者会見に臨む(右から)岸田文雄首相、米国のバイデン大統領、韓国の尹錫悦大統領=2023年8月18日、キャンプデービッド、朝日新聞社
共同記者会見に臨む(右から)岸田文雄首相、米国のバイデン大統領、韓国の尹錫悦大統領=2023年8月18日、キャンプデービッド、朝日新聞社

オーストラリアとフィリピンが参加する可能性もあります。タイも公式のアメリカの同盟国ですが、残念ながら、バンコクが興味を持つとは思えません。米国と韓国が新政権になった場合の対応も見極める必要があると思います。

NATOの本質は、北大西洋条約第5条で、一加盟国に対する攻撃は、全ての加盟国に対する攻撃としていることです。現在の米国が採用するアジア同盟システム「ハブ・アンド・スポーク」方式にはそのような規定はありません。もし第5条と同様のものを導入して、すべての「スポーク」をつなぎ合わせ、真の集団防衛システムにすることができれば、強化が実現するでしょう。それはまだ遠い未来のことですが、長期的に心にとどめておく価値のある目標だと思います。

豪ASEAN特別サミットで演説するASEANのカオ・キムホンASEAN事務総長(中央)
豪ASEAN特別サミットで演説するASEANのカオ・キムホンASEAN事務総長(中央)=2024年3月6日、オーストラリア・メルボルン、ロイター

――石破氏は「アジア版NATO」と米国とによる「核の共有」構想にも触れました。

これは非常に重要な考え方だと思います。中国が核戦力を近代化し、第二撃能力(外国から核攻撃を受けても破壊されずに残った核兵器で相手に報復できる能力。抑止力となる)を向上させるにつれて、米国の(同盟国が核攻撃された場合、核兵器を含む報復攻撃を行う)拡大抑止力は確実に弱まるでしょう。ソウルや東京を救うために、サンフランシスコやロサンゼルスを犠牲にしないでしょう。

東アジアサミット(EAS)に臨む石破茂首相
東アジアサミット(EAS)に臨む石破茂首相=2024年10月11日、ラオス首都ビエンチャン、代表撮影

日本と韓国は最近、拡大抑止力に関する米国との新たな二国間対話を始めました。でも、この試みでは避けられないことを遅らせるだけです。実際、米国の拡大抑止力が弱体化するという見込みがないのであれば、なぜ対話が必要になるのでしょうか。英国とフランスが米国の欧州同盟システムのなかに独立した核抑止力を持っているように、韓国と日本が将来、米国のアジア同盟システム内で独立した核抑止力を獲得することは避けられないと思います。

実際、韓国と日本はすでに、双方が独立した核抑止力を獲得する流れになっています。日韓が核兵器保有国になるかどうかではなく、いつなるかの問題になっていると思います。

――どうしてそう考えられるのですか。

日米の原子力協力協定は、日本による核物質の再処理を認めています。これは米国が他国と結ぶ原子力協定のなかで非常にユニークなものです。核兵器保有国への道は政治的に非常に困難ですが、後戻りはありえません。原動力は、中国の核近代化計画と北朝鮮の核兵器計画です。北京も平壌も計画を放棄しないので、東京もソウルも、独自の抑止力を獲得するか中国への従属を受け入れるしか、選択肢はないのです。

日本や韓国が中国に従属するとは思いませんし、従属すれば、米国との関係が弱体化し、最終的にはアジアにおける米国の同盟体制が破壊されることになります。従って、日本と韓国が独立した核抑止力を獲得することは、実際には米国の同盟体制を長期的に維持するために必要なことなのです。

安定は強力な軍事的抑止力の基盤の上に立たなければなりません。核兵器、つまり米国の拡大抑止力がこの基盤の基礎にあたります。すでに米国の核兵器は、この地域に存在するか、少なくとも定期的に「(アジア地域に入る米国の艦船や航空機が核を搭載しているかどうかについて、アジア諸国に)尋ねるな、言うな」という基準のもとで通過しています。次のステップは、日本と韓国が、数十年前に欧州で行われたように、米国が日韓の領土に戦術核兵器を配備し、抑止力の強化を明示することでしょう。

――ASEAN(東南アジア諸国連合)諸国はそのような事態を受け入れますか。

ZOPFAN(東南アジア平和自由中立地帯)構想やSEANWFZ(東南アジア非核地帯)条約のような概念を通じて地域の安定を維持するというASEANの考え方は、非現実的です。ASEAN諸国は決して公に非現実的だとは認めないでしょうが、国レベルでは、ほとんどのASEAN加盟国がこの(考え方が非現実的だという)ことを知っています。だから、ほとんどのASEAN加盟国は、地域の安定と米国の同盟体制を維持する手段として、韓国と日本が核兵器国になることを受け入れると思います。